第124話 姉の代わりにVTuber 124


 ◇ ◇ ◇ ◇


「――――これ、コーヒー……。

一先ず、飲みな?」


土砂降りの中であった唯(ゆい)に、穂高(ほだか)は半ば強引に連れられ、唯の住み始めたマンションに近かったこともあり、少し抵抗があったが、穂高は唯の家にお世話になっていた。


部屋に入るなり、穂高はバスタオルを渡され、言われるがままに、またも強引に風呂へと入れられ、着替えもTシャツと半ズボンを唯から借りている状況にあった。


「今、濡れた服は乾燥機掛けてるから……」


「――――お、おぅ……」


完全に借りてきた猫のような状態になっている穂高は、居心地悪そうに、ぎこちなく返事を返した。


乾燥機に掛ける際も、流石に悪いと感じた穂高は、お風呂を借りる時と同様に抵抗したが、その抵抗も空しく、結局は唯の好意に甘える事になり、唯一下着のパンツのみは、乾燥機に掛ける事を免れ、濡れてもいなかった為、風呂を上がっても同じものを付けていた。


「ほ、ホントに良かったのかよ……、急に異性なんか上げても…………」


「今更何言ってんの~~?

もう既に家に上げてるし……、お風呂や着替えまで貸しちゃってるじゃん~~。

――それに、よく知らない相手ならまだしも、穂高だし…………」


少し緊張した様子で尋ねる穂高に対して、唯は普段通りの様子で返事を返した。


唯にとっては、それほどまでに穂高を家に上げる事に躊躇は無く、困っていれば構わず助けるつもりでいた。


「――――ここって……、ハチの部屋なのか??」


穂高は、さきの質問の回答に納得いっていない部分もあったが、それ以外の答えを見込めないと思い、違う質問を唯に投げかけた。


「そうだよ?

つい最近引っ越した……」


「――つい最近って……、こないだ、初めてここら辺で会った時は、そんな素振りなかっただろ??」


穂高は、久しぶりに唯と再会した時には、そのような事を言っていなかったと記憶しており、続けて唯にそれを指摘した。


「あぁ~~、あの時はまだ……。

お姉ちゃんの部屋を尋ねる為に、ここら辺に来てたからね??

――――まぁ、実は言うと、穂高と久しぶりに再会したその日は、内見でここに来てたんだけどね……?

丁度、引っ越しを考えてて、お姉ちゃんの隣の部屋が空いてるって聞いたから…………」


「そ、そうか……。

じゃあ、隣はお姉さんの部屋??」


穂高の質問に、唯はこくりと頷き答える。


唯の反応を見て、穂高は唯から視線を外し、隣の部屋と隔てる、唯の部屋の壁を呆然と見つめた。


「――――――会わせないよ……?」


「いや、別に頼まないから……」


沈黙し、壁を見つめる穂高に、唯は怪訝そうな表情を浮かべて、穂高に伝え、穂高は全くそんなつもりは無かった為、何でそんな返答が返ってきたのか、不思議に思いながら、唯の問いかけに答えた。


そして、再び二人の間に沈黙が流れ、穂高はその間、出されたコーヒーを口に付けた。


コーヒーを半分ほど飲み、テーブルに穂高がコップを置くと、意を決したように、唯は穂高に話を切り出し始めた。


「――――で? 何であんなところに居たの??」


唯の質問は至極真っ当であり、穂高はここに来て、お世話になる中で、どこかで必ず聞かれると思っていた為、そこまでその質問に狼狽える事は無かった。


しかし、穂高はすぐに唯の質問に素直に答える事は出来ず、少しだけ考え込むようにして、黙り込んだ。


(――ここまでお世話になって、答えないわけにもいかないよな…………。

はぐらす事も難しい…………)


穂高は自分の中で、考えが纏まると、一息つき、唯の質問に答え始めた。


「――――ちょっと、嫌な事……、いや、疲れる出来事があってな……。

気分転換に散歩してた」


「ふ~~ん…………。

なに?」


深く聞かないで欲しいような、そんな素振りを見せた穂高だったが、唯はそれを許さず、追求は止まらなかった。


「言わなきゃ駄目か……?」


「穂高のあんな顔見たら無理」


唯の言葉にピンとこなかった穂高だったが、お世話になった上に事情も言わないのは、罪悪感を感じ、言いずらい事ではあったが、何があったのかを話す事にした。


「――――気心知れたお前だから話すけど、ここから先の話は他言無用で頼む」


「うん、絶対に言わない」


傍から見れば、守られる可能性の薄い、簡単な口約ではあったが、穂高は唯の言葉を100%に近く信用し、唯も宣言通り、言いふらすつもりはまるでなかった。


普段の穂高であれば、話すはずの無い事情ではあったが、偉大な姉や母親との事、今まで一身に受けてきた、バレてはいけないという大きなプレッシャー、そして、近々その大役から解放されるという事、様々な要因から、穂高の口は軽くなり、リムの事も含め、その全てを唯に話した。


長い話になったが、唯は穂高の話を真剣に聞き、穂高は懺悔するようにその全てを唯に話した。


「――――信じられないような話だけど、全部本当の話だ……。

幻滅したか?」


穂高はリムの事に関して、全てを話し終え、今までリムとして世間を謀ってきた事、配信を辞めるとし、唯の誘いを断りながらも、裏で正体を隠し配信していた事など、様々理由から、唯が自分に失望したかと思い、その言葉を唯に投げかけた。


「――別に、幻滅なんてしないよ……。

まさか、穂高がそんな事をしていたなんて、驚きはしたけど…………」


優しい唯ならばそう答えるだろうと、穂高の中でそんな打算的な思いもあったが、いざ唯からその言葉を貰うと、少しほっとした部分もあった。


弱っている所に、こんな懺悔をした事を、穂高はズルく感じながらも、今は全てを吐き出したい衝動に駆られ、全てを話す事を止める事は出来なかった。


どこまでも自己中心的な考えに、嫌悪感すら穂高が抱いていると、そんな穂高に対して、唯は真剣な表情のまま、穂高に話を切り出す。


「――穂高が裏でしてた事は分かった。

けど、あそこまで思いつめた表情をしていたのは、何で??

――――まだ、理由……、話してないよね?」


穂高は、リムの事情だけを話し、雨の降る中、立ち尽くしていた本当の理由までは、まだ話しておらず、誰にも話していない事でもあった為、まだその事を話すのは、躊躇っている節もあった。


しかし、目の前に居る唯は、話さない事を認める雰囲気になく、穂高は大きなため息の後、穂高の抱える悩みの一端を、唯に打ち明け始めた。

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