第123話 姉の代わりにVTuber 123
◇ ◇ ◇ ◇
バタンと音を当て、玄関を閉めた穂高(ほだか)は、目的も無く、財布と携帯だけを持ち、外へ出た。
静香(しずか)に言われた事が、グルグルと頭の中を駆け巡り、自分の中で答えが出せぬまま、頭をスッキリとさせる為に、もう辺りは暗くなっていたが、散歩をしながら、考えを纏めるつもりだった。
穂高は当ても無く歩き始め、マンションの廊下を歩き始めたその時だった。
「――あら……? 穂高さん…………??」
モヤモヤを抱え、自室から出てきた穂高に、丁度、隣の部屋に帰宅しようとしていた、月城 翼(つきしろ つばさ)が、穂高の前に現れた。
珍しい時間、そして、隣に引っ越してきて以降、穂高と話す機会が無かった翼は、驚いた様子でポツリと呟き、部屋から出てきた穂高に気付いた。
「――――ん……?」
部屋から出てきた穂高を見て、穂高が返事を返す前に、翼は目の前にいる穂高が、いつもと違った雰囲気であることに気付き、具体的に何か違いを指摘できるわけでは無かったが、いつもより表情が暗いように、翼には見えた。
そんな疑問を感じた翼であったが、その疑問について深く考える間もなく、それよりも別の事に気を取られる。
「――ちょ、ちょっとッ! 無視ですか? 穂高さん??」
声を掛けたつもりの翼だったが、穂高からの返事は返ってこず、それどころか、翼に気付くそぶりも見せず、翼の横を通り過ぎようとする穂高に、翼は少し怒った様子で、穂高の進路を塞ぎ、呼び止めた。
「あ、あぁ……、月城さん……。
すいません、気付きませんでした」
進路をふさがれ、流石の穂高も翼の存在に気付き、いきなり目の前に現れた状況に近かった事もあり、穂高は一瞬驚いた様子を見せたが、目の前の翼の表情を見て、機嫌が悪くなっているのを察し、すぐに気づかなかった事を謝罪した。
「まったく……、しっかりしてください…………。
――珍しいですね? 今からお出かけですか??」
「散歩です……」
「――穂高さんが散歩…………。
想像付かないですね?」
穂高の回答に翼は、自分の中で穂高と散歩のイメージが結びつかないのか、怪訝そうな表情を浮かべた。
「悪口ですか?」
「いいえ。
他意は無いですよ?」
明らかに嫌味を含んでそうな回答だったが、穂高の問いかけを翼は否定した。
「――――まぁ、男性ですから心配は無用でしょうけど……、一応、お気をつけて。
穂高さんに何かあれば、美絆(みき)さんが困りますので……」
「分かってますよ」
翼の言葉に、穂高は乾いた笑みを漏らし、一言告げると、再び穂高は歩み出し、今度こそ翼の横を通り過ぎた。
翼は穂高とすれ違うと、外出前に掛けた、自室の鍵を開けようとし、その間である事を思い出した。
「――あッ! 穂高さんッ! 雨がッ…………!!」
人を呼び止める為には充分な声の大きさで、翼に再び声を掛けたが、またもや穂高の耳に、翼の声が届く事は無く、既に少し離れた位置に居る穂高は、足を止める事は無かった。
「――まったくッ! また無視ですか…………。
今日は一段と、ぼぅっとしてますね」
穂高の様子に翼は再度違和感を感じ、どんどんと離れていく穂高の後姿を、少しの間呆然と見つめた。
穂高の姿が見えるまでは、引き留めようか迷っていた翼だったが、曲がり角を曲がり、姿が見えなくなると、翼の中で引き留める選択肢は無くなった。
(――まぁ、雨が降ると予報が出ていましたけど、二時間後とかの予報でしたし、散歩なら雨が降る前には戻ってくるでしょう…………。
それに、降られたら降られたで、私を無視した罰です!)
翼は雨が降る事を伝えられなかった事に、少しだけ罪悪感を感じつつも、内心ではそんな事も考えつつ、無理に穂高を追いかける事は無かった。
◇ ◇ ◇ ◇
夏に向け、段々と気温が上がっていく中、夜はまだ涼しく。
穂高はそよ風に当たりながら、静香との会話を思い返していた。
穂高が家を出る前に、静香に質問した事の殆どが、穂高の中で既に答えが出ていた事であり、このまま、成代わりが成功する事も、そこまでチャンネル登録者数、視聴者数を落とさず、美絆にバトンタッチできる事も分かっていた。
今後の算段も大方付き、予定調和になりつつある現状で、穂高は何か、静香から答えを得るために質問していた。
『――――どうすればいい……?』
穂高は、会話を思い返す中で、自分の発した言葉をふと思い出した。
「なんであんな事、聞いたんだ……? 俺は……」
美絆や浜崎 唯(はまさき ゆい)のような、真に才能ある人材に触れ、穂高はとっくの昔に、配信者としての活動、更にはラジオDJの夢までも諦めていた。
美絆や唯のようにはなれないと、とうの昔に自分に期待する事は無くなり、答えも出ていたはずだった。
自分の気持ちに整理のつかないまま、数十分が経過し、あても無く歩いているためか、あまり普段は通らない場所へと歩みを進めていた。
そして、天気予報は予定と少しズレ、段々と雨が降り始め、数分も立たない内に、辺りは一気に土砂降りへと変わる。
普段の穂高であれば、足早に家に向かうか、近くで雨宿り等の対策をしていたが、今は特に雨を凌ぐような行動は起こさず、遂に思考は滞り、足も止めた。
(――そもそも、なんで俺は姉貴の提案を引き受けたんだろう。
勿論、姉貴の為でもある事はある……。
だけど、本当にそれだけか? それだけの理由で、こんなリスクのある事を引き受けるか……?
姉貴を言い訳にして……、俺は…………)
「俺は……、どこかでまだ、自分に期待していたんだろうか…………」
ずっと押し留めていたかもしれない気持ちと、向き合い始めた穂高は、まだその気持ちに懐疑的な部分があり、どの気持ちが自分の真の気持ちであるのかも、その成否も上手く付けられなかった。
そんな穂高に、聞き覚えのある女性の声が掛けられる。
「――――え? 穂高…………??」
不意に掛けられた言葉に、穂高は反応し、声の先へと視線を向けると、そこには傘をさした浜崎 唯の姿がそこにあった。
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