第75話 姉の代わりにVTuber 75


穂高(ほだか)は、ようやく一難去ったと、ホッと息を付いたばかりだったが、思わぬ来訪者に再び、警戒レベルがMAXへと引き上げられた。


穂高の前に、現れた災難は浜崎 唯(はまさき ゆい)だった。


「げッって何よ。

会った友達に掛ける、最初の言葉じゃ無いでしょうが!」


親しみを持って近づいてきた唯に対して、穂高は嫌そうに反応を返し、そんな穂高の反応が気に入らなかったのか、唯は怒りながら穂高ににじり寄った。


(な、なんでコイツがここに……。

――ってゆうか、マズい……、やっと解放されたのに、今度はコイツに絡まれるんじゃ……)


「んん? その後ろの女の子は穂高の知り合い?

なに~~? 女連れ~~??」


穂高の予想はピタリと辺り、誤魔化す暇も無く、穂高の近くに立ち、穂高と唯のやり取りを、呆然と見つめていた翼を指摘した。


(ま、マズいッ!!)


穂高はデジャブを感じつつ、弁明の先手を打とうとした時だった。


「あぁ、穂高君……。

こんなとこに……、珍しいわね?」


絡んできた唯に少し遅れ、唯と同じ方向から来た、女性に声を掛けられる。


「佐伯(さえき)さんッ!?」


知り合いのオンパレードに、穂高は思わず声を上げ、佐伯を知っていた事に、唯が驚く。


「え? 穂高、佐伯さん知ってるの??」


「――――は……?」


一度目に尋ねた唯の質問は、佐伯の登場により保留となり、唯も穂高も、互いが互いに佐伯の知り合いであることを知らなかった為、驚いた表情のまま一瞬固まり、事情説明を求める様に、ゆっくりと佐伯に視線を向けた。


「あ、あぁ……、穂高君とは、穂高君のお姉さん、天ケ瀬 美絆(みき)と友達でね?

それで、穂高君とは面識があるの……。

唯ちゃんとは、仕事でちょっとね」


佐伯の動向と説明から、穂高は何となく佐伯の心情を察する。


(今、答える前に、杉崎と月城さんの方に一瞬視線を飛ばしてたな……。

リムの事を隠すために、杉崎の前で一度、口裏を合わせてるし、その時言い逃れた理由で答えたのか……。

月城さんは、リムの関係者……、というか生みの親だしな、何となく佐伯さんの受け答えで状況は察してるだろ。

――っというか、佐伯さんと唯が仕事仲間っていうのが意外だな……。

まぁ、唯が活躍する場所はZoutubeだし、関わらないとは言い切れないしな)


「そうだね……、仕事仲間って感じだね……。

――でも、佐伯さんと穂高が知り合いだったなんて驚いたなぁ~~」


唯の一瞬、佐伯に合わせたような話し方に、穂高は違和感を感じたが、そんな些細な違和感を気にしている場合ではない為、すぐにその事は思考から外した。


「私も穂高君と唯ちゃんが知り合いだとは……」


佐伯は少し焦っているような、気まずいような雰囲気を漂わせ、そう呟いた。


「――また、別の女の人…………、それも二人も……。

美人だし……」


穂高に声をかけた二人を見て、まだその場にいた瑠衣(るい)は呟いた。


学校の穂高を知っていれば、そこまで穂高が異性との交流があるとは思えず、イメージにない穂高が目の前にいたことに疑問を感じていた。


「佐伯さん、お久しぶりです」


瑠衣の呟きが聞こえていた春奈だったが、そのことについては深く考えることはせず、目の前に現れた知り合いに挨拶をした。


「あッ、春奈(はるな)ちゃんッ!? 久しぶり~~!

元気にしてた?」


「はい! いろいろあって、怖い思いとかもしましたけど、今は元気です!」


あの事件以降、佐伯と春奈が顔を合わせる事はなく、事件後のケア等も行えなかった佐伯は少し、心残りに感じていた部分もあった。


しかし、そんな佐伯の懸念とは裏腹に、春奈には何かトラウマが残るといったことはなく、幸いにもあの日以降も悩まされるといった事はなかった。


「そう、それは良かった!」


春奈の言葉を聞き、佐伯は優しく微笑み、安堵の表情を浮かべた。


佐伯と穂高、春奈しか知らない話題に、他の三人は首を傾げ、瑠衣は春奈が佐伯と知り合いである事に驚いていた。


佐伯と春奈の話題に一区切り付くと、佐伯は改めて辺りを軽く見渡し、この状況を異様に感じた。


そして、この状況で一番信頼における穂高へと視線を向め、偶然にも穂高と視線がぶつかった。


(――佐伯さん! どうしてここに今いるのかは分からないですけど、今は佐伯さんだけが頼りです。

そこのチビを連れてどこかに行ってください!)


翼と春奈達が出会っただけで、事態を収拾出来かねていた穂高は、もやは佐伯にしか頼ることができず、偶々視線が合った佐伯に伝われと言わんばかりに、真剣な眼差しで見つめながら、心の中で訴えた。


「――はぁ~~、もう何となく分かってくるようになってきたよ、私は…………」


穂高の強い意志は佐伯に伝わり、短い期間だが、何度も一緒に苦難を乗り越えてきた佐伯には、事情は分からなくとも、助けを求めている事だけは分かった。


佐伯は誰にも聞こえない程、小さな声で呟くと、決意を決め、話し始めた。


「唯ちゃん、会って早々だけど、私達、すぐ行かないと……」


「――え……? まだ、なんかあったっけ??」


「唯ちゃんあんまり、時間取れないでしょ?

今日中に引継ぎしときたくて……。

さっき、ちょこっと話したでしょ? 担当は私じゃないって……」


唯と佐伯は二人にしか分からない会話を繰り広げ、その場にいる二人以外の誰もが、会話の内容を理解する事ができなかった。


しかし、何か理由付けでこの場から唯を離れさそうとしている雰囲気は、穂高には伝わっており、会話の内容が分からないため、下手に加勢はできなかったが、心の中で佐伯を応援していた。


「――そっかぁ~~……、いろいろ話も出来たし、ウチは佐伯さんと一緒にやってきたかったけどなぁ」


佐伯の言葉で唯は納得し、その場を離れることを決めた。


そして、佐伯は穂高と春奈に軽く挨拶をし、翼にはわざと気づかないフリをしながら、唯を急かせるように歩き始めた。


「あぁ~~ッもうッ! せっかく穂高に会えたのにぃ~~!!

穂高ッ! こないだ電話番号交換して、Pain(パイン)の連絡先も交換したでしょ!?

返事ちゃんとすぐ返しなさいよ~ッ!」


佐伯に急かされ、唯は言いたい事を手短に、一方的に言い捨て、先を歩く佐伯についていった。


(――――すぐ行ってくれたか……。

はぁ~~、とりあえず長居されなくてよかった……)


唯がその場から離れてったのを確認すると、穂高はほっと息を吐き、翼達の方へと振り返った。


「――な、何か……?」


穂高は振り返り、自身の後ろで一部始終を見ていた翼達の表情を見て、引きつった笑顔で、軽く冷や汗を描きながら尋ねた。


「別に……、初対面の時の事を思い出しただけです」


「そ、それはどうゆう……」


「女の園に入ってくる不逞な人……、当時はそう思ってましたよ」


「なんで、それを今思い出したのかは聞かないでおきます……」


目を細め、嫌悪感漂う翼を見て、穂高は変な誤解が生まれている事を理解した。


穂高はそんな翼から視線を外し、今度は春奈と瑠衣へと視線を移す。


「天ケ瀬君ってモテるんだねぇ~~」


「勘弁してくれ……」


ニヤついた笑みを浮かべ言葉を発した瑠衣に、穂高は大きく肩を落としながら嘆くように呟いた。

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