第70話 姉の代わりにVTuber 70
◇ ◇ ◇ ◇
「はぁ~~……、ちょっと疲れました……」
お店の外に出た翼は、大きなため息とともに呟いた。
翼に命令され、同じようにお店の外に一旦出た穂高は、隣で項垂れる翼に同情するように言葉を返す。
「――完全に月城さんの独壇場でしたからね、あの場は……」
翼は、お手洗いを口実にあの集団から席を外しており、その際に視線が合った穂高に対して、アイコンタクトで穂高も付いてくるよう命令していた。
特に不思議がられることは無く、その場から離れられた二人だったが、この場で話し込む時間はあまりなかった。
「それにしても、意外にも人気ですね? 『最近のリム』も…………」
自分を助けて貰う為、連れて来たはずの穂高が飄々としているのが気に食わなかった翼は、わざと先程の集団での会話を掘り起こし、穂高に投げかけた。
「それなりに、姉貴に恥じないように頑張ってますから……。
姉貴程伸びてないですけど」
リムの運営の為、ちょくちょく連絡を取り合う様になった翼は、穂高がリムのチャンネル登録者の伸びについて気にしている事を知っており、翼の嫌味は穂高にチクリと刺さり、穂高は言い淀むようにして言葉を返した。
「――まぁ、嫌味を言っといてなんですけれど、そんなに気にするところですか?
登録者数なんて……」
翼はお店の近くに備え付けられた公共のベンチへと腰を掛け、休憩をしながら、暇つぶし感覚で穂高に尋ねた。
「元々の既存のファンは暖かい人多いですし、寄せられる感想はどれも好意的な物がほとんどで、自分が上手くやれているかの指標が無いんです。
その数字しか……」
「別に良いと思いますけど? 寄せられる感想をそのまま鵜呑みにしても……。
第一、登録者数=配信者の面白さとは限らないでしょ?
少なくても、面白い方はいますし、合う合わないもある」
「俺だけのリムであれば、割り切れるかもしれないですけど、そうじゃない。
それに、気にし無くたって気になりますよ、あの数字は……」
「そうですか…………」
穂高の考え方が変わる様子は一切なく、翼は頑固な穂高に不満を感じつつも、それ以上の言葉を飲み込み、その事に対してそれ以上口出しをする事をやめた。
「とゆうか、月城さんも、リムの話ばっかりで良いんですか?
イラストレーター同士、業界の事、絵の事に付いて深く語るために来たんじゃないんですか??」
翼の呟きから一転、今度は穂高が今日、ずっと感じていた事に関して、翼に投げかけた。
「――え? あ、あぁ……、確かに話したい話題もありますけど、仕方ない部分もあるでしょう……。
私の直近の仕事の中でも大きな仕事でしたし、今日来た皆さんはまだ経験なされていない仕事でもありますから、自然と気になるんでしょう。
別に、私もリムの事に付いて、『チューンコネクト』に付いて語るのは嫌いじゃないですし……」
「じゃあ、次もまた、同じように食事会に来たいと思えますか?」
穂高の思惑とは別に、そこまでつまらなそうに、苦に感じていないような翼を見て、穂高は質問の仕方を変え、再び尋ねた。
「そ、それは…………」
「俺は、どういった目的があって月城さんが、このお食事会に参加したのか分からないですけど、姉貴と同じような関係性を築けるような、そんな人を探しに来たんじゃないんですか?」
ここに来た時に、穂高のせいでこの食事会に参加しなければならなくなったと話は聞いていたが、何度がやり取していく中で、穂高も段々と翼の事を理解しつつあり、穂高の知る翼であれば、自分に微塵も利益の無い、興味の無い事であれば、きっぱりと断る性格だという事を知っていた。
そんな翼がこの招待に応じた事をずっと穂高は気になっており、考える中で口に述べたような見解を持っていた。
「リムの話も良いですけど、違う話題を出すのも……、それこそ、絵に付いてもっと具体的な話をした方が良いと俺は思いますけどね」
「――皆さんが聞きたい話、したい話がそれじゃないのだから、私が無理やり話題を変えるのは…………」
「皆さん、貴方と同じように絵が好きで好きで、仕方ない方ばかりなんですから、そんな事は無いですよ……。
それに、月城さんが望むのであれば、俺にいい考えがあります」
穂高はここまで織り込み済みであり、今日の自分の立場を重々理解していた為、こんな事もあろうかと、前日までに色々考え、準備をしてきていた。
イマイチ一歩踏み出せていない翼に対して、穂高は少し得意げに話し、翼はその穂高の案を尋ねた。
「――――なるほど……、確かにそれなら自然……? でも、思った方向に話は進むかもしれませんね……」
穂高からの説明を一通り聞いた翼は、感心した様子で頷き、若干の不安を残しながらも、今打てる手は他にない為、穂高の案に乗ることを決めた。
「それじゃあ、戻ったら早速決行してみますか。
あんまり長く席を外すと余計に変な心配をかけてしまいますし」
「そうですね……。
帰りも別々にしましょう。 お手洗いに行って一緒に戻るのも変ですから……」
穂高の言葉に同意し、翼は一人、先にお店へと戻ると、穂高は翼の言葉通り、少しだけお店の外で時間を置き、数分後、お店の中へと戻った。
◇ ◇ ◇ ◇
同刻、南室(なむろ)駅周辺。
「残念だったねぇ~~、ハルぅ~~~」
杉崎 春奈(すぎさき はるな)の友人、四条 瑠衣(しじょう るい)はニヤニヤと怪しげな笑みを浮かべ、集団の中、隣を歩く春奈にそう声を掛けた。
「――なッ、何がよ!?」
ある集団の中、しきりに様々な場所で会話が生れる中で、上の空気味だった春奈は、瑠衣に話を掛けられ、驚いた様子で、慌てて返答した。
「何がって……、今日は穂高君がいない事だよ~~?」
「るッ、ほ、穂高君って…………」
突っ込みたい点が多すぎる一言で、春奈は完全に言葉が詰まり、唯一指摘で来たのは、瑠衣の呼び方だけだった。
「えぇ~~? 別に普通でしょ? 仲のいい男子なら……。
春奈だって、楠木 彰(くすのき あきら)君の事、彰って呼んでるじゃん?」
「い、いや、あ、彰は前のクラスでも一緒だったし……、交流も多いから…………」
「じゃあ、私が天ケ瀬君を穂高君って呼ぶのも不思議じゃ無いわけだ……」
「――な、仲良いの…………?」
春奈は恐る恐るといった様子で瑠衣に尋ねると、瑠衣は目を点にさせ、驚いた表情を浮かべた後、吹き出す様にして笑い出した。
「ぷッ、ぷはははッ、ハルはホントに可愛いねぇ~~。
仲良くないよッ! 一年生の頃、クラスが同じだった程度!」
瑠衣に笑われた事で、春奈の顔は一気に赤くなり、恥ずかしさのあまり視線を逸らし、不貞腐れるような態度を取り始めた。
「ご、ごめんごめん!
ハル可愛くて、ついいじめたくなっちゃってさッ」
「瑠衣のあほ……」
「ごめんてぇ~~」
今まで歩幅を合わせていた春奈は、途端に歩幅を合わせなくなり、瑠衣は置いてかれそうになりながらも、自分の歩幅を変え、再び春奈の隣を歩く。
「まさかハルに気になる異性ができるとは……」
「きッ、気になってないからッ
そもそも天ケ瀬君とはそうゆうじゃないし……」
「へぇ~~? どうかなぁ~~??」
「今日の瑠衣しつこい! 面倒だし!」
春奈は瑠衣に視線もくれず、強く拒否反応を示すが、瑠衣はめげずに、絶妙な話術で同じ話題を春奈に投げかける。
「ごめんてぇ~~。
でも、やっぱりね? ハルの一番の親友としては気になるわけだよ……。
今日の集まりだって、天ケ瀬君が来れない事を知ると、露骨にガッカリしてたしさぁ~~」
瑠衣はそう言いながら、自分の周りにいる見知った人たちに視線を向ける。
今日は、菊池 梨沙(きくち りさ)が提案したように、この間ズポッチャへ行ったメンバーで、遊びに行くといった流れになっていた。
既に全員が集合し、目的の場所へと向かっている状況だったが、数日前の梨沙の提案を、用事があるからと断った穂高だけがその場にはいなかった。
「なんか、最近はあんまりないみたいだけど、先週? 先々週?くらいは何か、二人で下校してたみたいだしさ……。
自然と気になってしまうわけだよ」
尋ねて言い正当性はまるでなかったが、清々しい程の興味本位な理由を聞かされ、春奈は思わずため息が漏れる。
「――だから、それも瑠衣には説明したでしょ~~?
ちょっと、面倒なことがあってあんなことになってたって……」
春奈は心配を掛けないよう、友人である瑠衣に本当の事を告げてはおらず、ストーカー事件の一連の出来事も、適当に作り上げた嘘の話を瑠衣に伝えていた。
「あぁ~~、ハルの趣味話に付き合ってくれたとか、相談に乗ってくれてたとかって言うの?
う~~ん、まぁ、ハルがそういうなら信じるよ?
信じてるけど、な~~んかイマイチそれだけじゃないような気がして…………」
春奈が説明した時も瑠衣はイマイチ納得がいっていない様子であり、数日たった今も、春奈の話の全てをどこか疑心暗鬼に瑠衣は感じていた。
瑠衣の口調から、春奈にもそれが分かっていたが、特に強く付け加えるように嘘を連ねる事は無く、返事は返さなかった。
そして、二人は少しの間、無言のまま歩いていると、そんな静寂を破るように、瑠衣が声を上げた。
「――――え……? あれって天ケ瀬君……?」
ポツリと呟くように声を上げた瑠衣に、春奈はいい加減してよと内心思いもしたが、その気持ちをグッと堪え、瑠衣の向ける視線に穂高がいなかった時、きつく瑠衣に文句を言ってやることだけ、心に決め、瑠衣の視線を追った。
「あ……」
いるはずの無いと思っていたその場に、穂高の姿が見え、春奈は声を漏らし、何故か自然と気持ちが晴れるような、そんな気を感じていた。
しかし、そんな春奈は瑠衣の一言で、違うものが目に入ってきた。
「――あの、隣にいる綺麗な美人さんって誰なんだろ……」
瑠衣の言葉で春奈は視界が少し開け、穂高と談笑する女性の姿が見えた。
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