第69話 姉の代わりにVTuber 69


 ◇ ◇ ◇ ◇


「それじゃあ、飲み物も揃った事だし、まずは乾杯といこうかッ!」


主催である櫛田 遼太郎(くじだ りょうたろう)は、グラスを片手にそう呼びかけ、乾杯の音頭を取り始めた。


「今日、初めて集まる人がいるけれど、皆一斉に質問したりとかは無しね!

月城(つきしろ)先生も困ってしまうだろうし……。

――それでは、乾杯ッ!!」


櫛田は慣れた様に皆の前でそう告げ、さり気なく初参加である翼(つばさ)を気遣い、他の参加者へ釘を刺した。


櫛田の声に、それぞれは「乾杯」と声を上げ、今日の集会が始まると、途端に話声で溢れかえった。


突発的、各方面で会話が展開され、初参加である穂高(ほだか)と翼は一瞬戸惑ったが、自分はどうしようかと考える間もなく、穂高も翼も会話を振られ始める。


「ねぇねぇ、lucky先生!

お話いいかな?」


「え……? はい……、えっとぉ…………」


「あッ! ごめんね? 自己紹介まだだったよね!

私はイラストレーターやってますッ! 永井 雪(ながい ゆき)です!

雪ん子って言えばわかるかな?」


「は、はいッ……、存じております」


「存じておるって、どんだけ堅いのよ!

普通にため口でいいよ! 年齢も近そうだしさッ」


翼に話しかけてきた女性は、とても気さくであり、人と接するのが苦手な翼に対しても、あっという間に距離を詰め、会話をしていた。


「はいはいッ! ウチは、谷 穂乃華(ほのか)って言います!

lucky先生の昔っからの大ファンです! Amy(エミー)って名前で活動してます!

――それで、こっちが秋山 千菜月(あきやま ちなつ)ちゃん。

春山 太陽(はるやま たいよう)先生だね!!」


翼と永井の会話をし始めると、同じように初参加の翼に、興味津々であった他の参加者の女性陣が一斉に集まり、永井と同じかそれ以上に気さくな谷は、会話に割り込み自己紹介をした。


そして、谷の隣にいた秋山も自然と紹介し、少し緊張の面持ちで秋山は、翼に挨拶をする。


「――今日はよろしくお願いします…………」


「こ、こちらこそッ、今日は新参者ですが、よろしくお願いします」


「堅いよ~~、二人とも~~。

――――まぁ、これから沢山話して慣れていけばいいかッ!

早速だけどさぁ…………」


簡単にお互いの自己紹介を済ませると、今日の為に持ってきたと言わんばかりに、永井は話題をその場の全員に投げかけ始めた。


そんな、未だ慣れない様子でたどたどしい、翼を尻目に、穂高もまた別の参加者に話題を振られていた。


「穂高君は、一応先生の弟子……、なんだよね??

――どうゆう経緯で教えてもらうような立場になったの?」


「――え、えっと……、特に深い理由は無いんですけど……、先生の家系と俺の家系が、遠いですけど親戚で…………。

俺が将来イラストレーターになりたいっていう事を、先生の耳に偶々入って、なら手伝いも兼ねてって感じで…………」


先程、乾杯の音頭を取っていた白ゴマ先生事、櫛田 遼太郎は穂高、そして今は女性陣に囲まれてしまっている翼に興味がある様子で、穂高に質問を投げかけていた。


穂高は今回の集まりは、自分が聞き手に回る立ち位置、あるいは翼に気を使い、自然に会話が回るように振舞う立ち位置になるのだろうと、推測していた為、まさか自分が質問攻めに合うという事を、予想しておらず、少しテンパっている部分があった。


事前に今回の件で、翼とは打合せをし、二人の関係に関して設定を決め、裏で話を合わせて来ていた為、質問の答えに詰まるといった事は起きなかったが、それでも不安は拭えなかった。


そして、数分に渡って穂高や翼は質問攻めに合った後、話題はイラストレーターらしい話へと移っていった。


「月城さんって、私達……、他の先生の絵とか見てたり、参考にしてたりするの??」


「――え、えぇ、勿論。

雪ん子先生、Amy先生、太陽先生の作品も見て回ってます。

よく、ズイッターなんかで絵を上げてくださっているので……」


「ホントにッ!? 嬉しいぃ~~~ッ!!

lucky先生って、あんまり他の先生とかと話したりしてないから、知って貰えてるかちょっと不安だったんだよねぇ~~」


永井の質問に、翼は嘘偽りなく素直に答え、永井と同じ不安を抱えていたのか、秋山と谷の表情も自然と明るくなった。


「lucky先生って、少し絵師の中でも角が違うというか……、

受ける仕事の依頼もウチなんかよりも全然量が違うから、忙しいのも相まって知られてないと思ってた…………」


「私もです……。知名度なんかも私よりも全然凄くて……」


「い、いえいえそんな……、Amy先生も太陽先生もよくご存じですよ。

お二人とも、よくライトノベルの表紙なんかもご担当されてますし……。

私の絵とは系統も違うので、良い刺激に成ったり、勉強にもなります」


谷と秋山の言葉に、翼は腰低く返事を掛けし、そんな翼に秋山は更に丁寧に返事を返す。


「――そ、そんなッ……、私こそ、勉強させて貰ってます…………。

最近だと、あの……VTuberの絵をご担当されて……。

流石としか言いようがないです」


秋山は直近で、翼の活動で大きかった物を例に挙げ、讃えるように話すと、秋山の言葉に引っ掛かった谷は、話に急に食いつき始めた。


「あ、あッ! そうだッ! それだッ!!

――ウチ、今日、lucky先生に一番聞きたかったんだ」


「私もッ! 実は結構~~、気になる…………」


興味津々に食いつく谷に続き、永井も勢いよく話に食いついた。


「き、聞きたい事……とは…………?」


意図せず、Vtuberの話題になり始め、翼は少し離れた位置で会話をしている穂高に、一瞬視線を向けた後、恐る恐るといった様子で、谷たちの質問を伺った。


「――じ、実はさぁ~~、私、結構前からVtuberのファンで……、特に翼さんも担当してる『チューンコネクト』のファンなんだけどさ……。

――――そのぉ~~、や、やっぱりね? こういう仕事をしてるとさ?? 嫌でも気になるというか……。

本音を言うと凄く羨ましいッ!」


「は、はぁ…………」


今まで堂々と話していた谷は、急にもじもじと言葉に詰まりながら話し、最後には本心をぶちまけるようにして話した。


そんな谷に、質問を聞いたはずであった翼は生返事しか返す事が出来ず、増々困惑気味に呟く。


「ま、まぁ! 何が言いたいかって言うと……、どうしたら『チューンコネクト』のお仕事って貰えるのッ!?

――で、できれば……、翼さんと同じような仕事……、新しい世代の子のモデルを描いてみたいなぁ~~って……」


長々と話し、ようやく谷の口から質問が出てきたが、返答に困る質問であり、翼はすぐに答えを返す事は出来なかった。


「――ど、どうなんでしょう……。

お仕事に関しては、縁の部分もあるでしょうし……、Amy先生にだって依頼が来てもおかしくは無いと思いますけど…………」


「え、縁かぁ~~……、ウチ、昔から運は無いからなぁ~~~」


「――わ、私から直接掛け合うのは難しいですけど、今度『チューンコネクトプロダクション』の方とお話しする機会があれば、ほんのりとAmy先生がやりたがっていたとお伝えしましょうか?」


「ホントにッ!?!? お願いします! 翼様~~ッ!!」


「さ、様って……」


翼の言葉に谷は深々と頭を下げ、初対面にここまで頭を下げられ、様付けまでされて、翼はどうしていいか分からずにいた。


「千菜月だけズルいぞ~~~! 

月城さん、初対面でこんな事、ホントに失礼だとは思うけど、私の名前もほんのり出してくれないですかね?」


「え、えぇ……、別にそれくらいなら」


「ありがとうございますッ」


思わぬ方向に話が進み、翼も困惑する場面もあったが、出来ないお願いでは無かった為、谷や永井の願いを断ることはしなかった。


そして、二人の願いを聞き受け、翼の視線は必然的に残ったもう一人の絵師へと向けられる。


「――――え、えっ、えっとぉ……、私も一ついいですか?」


「――え、えぇ、もう一人増えたところで変わりませんから…………」


「あ、あっ、そうじゃなくてですね…………。

べ、別のお願いと申しますか……」


話の流れから、谷たちと同じ願いかと翼は決めつけていたが、秋山の願いは他二人とは違い、秋山も言いずらそうに、頼みずらそうにしながら、続けて話した。


「じ、実は……、私、六期生のファンでして…………。

中でも堕血宮(おちみや) リムちゃんの大ファンでして……、難しいとは思うですけど、さ、サインなんかを…………」


「な、なるほど……」


六期生は他のメンバーと比べればまだまだデビューしたばかりであった為、熱狂的なファンは他のメンバーと比べればまだ少なかったが、秋山はその数少ない人の中の一人であり、どんな偶然か、翼の担当をしたキャラクターのリムのファンだった。


翼はお世辞や、社交辞令で言っているように最初は思っていたが、秋山の目を見るうちにそうは思えず、言いずらそうに、頼みずらそうにしている秋山であったが、目だけは本気の眼差しをしていた。


「――わ、分かりました……、リムだったら、よく話しますし、そう難しくないと思います。

どこかのタイミングで貰っておきます」


「あッ、ありがとうございます!」


翼の言葉を聞き、秋山の表情はパァっと明るく変わり、最終的には、初対面にして、同性の全員から翼は頭を下げられる事になっていた。


初対面で奇妙な光景にも思えたが、腹を割って話せた節もあり、谷たちは打ち解け始め、他人に対して苦手意識を持つことが多い翼も、谷達に対しては悪い印象を受ける事は無く、彼女達と会話をする事が楽しいとも感じつつあった。


今までの会話と、谷達のぶっちゃけトークにより、増々女子グループの会話は弾みつつあったが、そんな翼に違う方向から声が掛かった。


「――ご、ごめん、悪いとは思ってたんだけど会話聞こえちゃって……。

ついさっきリムちゃんの話してたでしょ?」


翼は違うグループ、穂高や櫛田達と話していたはずの、一人の男性に声を掛けられ、突然の事に翼はびっくりしたが、邪険に扱う事は無く、丁寧に返事を返す。


「え、えぇ……、つい先ほど話してましたけど……」


少し困惑気味に応える翼に、声を掛けた男は翼に本題を切り出す。


「じ、実は、俺もリムちゃんのファンでさ……、そ、そのぉ~~、今日来たのもlucky先生にその話をしたくてね?

さ、サイン俺も欲しいかな~~なんて……。

とゆうか、下さい! お願いします」


翼に話しかけた男は頼み込むように頭を下げ、男が一人、女子グループに話しかけ始めた事で、穂高を含めた他の男性陣も女子グループの話題へと加わり始めた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る