第66話 姉の代わりにVTuber 66


「――は、はぁ~? そんなの楽しいに決まってるじゃん。

そうじゃなきゃ、今の今まで続けてないわけだし……」


穂高(ほだか)の言葉に唯(ゆい)は少しだけ言葉を詰まらせながら答える。


「どんどん視聴者も増えてくれるし、CDだって…………、楽しくなきゃ、嘘だよ……」


唯の言葉をここまで黙って聞いていた穂高だったが、唯の話し方で大方、推測だが、唯の気持ちを何となく察せていた。


しかし、これといった確信を持てる材料は無く、配信を止めてから、唯の配信を追ってはおらず、正直なところ、穂高は詳しく唯の現状を知らなかった。


(関係が切れたわけじゃ無いけど、一年もろくにやり取りをしてないし、関係も薄まってる……。

ハチの現状もよく知らねぇしな……)


唯の踏み込んだ問題に、首を突っ込む踏ん切りが穂高には付かない。


そして、そんな足踏む穂高に、唯は取り繕う様にして話題を逸らした。


「――と、とうゆうかッ! ウチの話題はいいんだよッ!!

問題は穂高でしょ~~?? ほらッ! 早く復帰する事決めちゃなさいよッ」


笑い飛ばす様に、唯は笑顔で彼女の一番話したい話題へと話を戻し、穂高の事を諦める素振りは見せなかった。


「だから……しないっての…………」


口を開けば、復帰を懇願する唯に穂高は思わずため息を零し、お店にある時計をちらりと確認した。


(やべぇ、そんな話してるつもりは無かったけど、もう家出て一時間半も経ってんのか……)


午後からも予定が詰まり多忙な穂高は、家に戻り、温めて貰ったはずのコンビニ弁当をもう一度温め、遅い昼食を取りながら、夜の配信の準備をしなければならなかった。


(――ただ、そんな簡単に釈放されるのか……? こいつに…………)


穂高はこの場から解放される術が思い浮かばず、憂鬱になりながらも、策を考えた。


そんな時だった。


「あッ! ヤバいッ!! 話し込み過ぎたッ!!」


穂高と同じように、唯も時計を見たのか、現時刻に気が付き、焦りながらそう言葉を発した。


勢いよく席を立つ唯に、穂高は一瞬驚いたが、現状から解放されそうな兆しが見えた事で、安心感もあった。


「――――で、でも……、まだ話し終わってないし……。

今度またいつ会えるか……」


大事な用事なのか、そわそわとする唯だったが、同紙にすぐにその場から離れることはせず、久しぶりに再会した穂高を見つめ、悲しそうな表情を浮かべる。


「何があるのか分かんないけど、多忙なお前の事だ……、大事な用なんだろ?

速く行った方がいいぞ」


「わ、分かってるよッ!! 

でも、また今度! いつ会えるか分からない!!」


諭すような話し方をする穂高に対し、唯はまるで子供のように、あわあわとしながら行動できずにいた。


「電話!! 携帯出して!」


「――はぁ?」


焦る唯に、穂高は渋々携帯を取り出す。


「電話番号教えて! どうせ穂高の事だから、嘘付くだろうし……、今電話かけて確認するから!」


「――どんだけ信用無いんだ? 俺は…………」


「当たり前でしょ!? 見張ってないと、すぐフラフラとどっかに消えちゃうんだから!」


電話番号を教えれば、先程の会話の様に復帰を迫られることは確実ではあったが、穂高は何も告げずに配信活動を辞めた事に対して、負い目を感じ始めていた事もあり、素直に唯の提案に応じる。


「――――よしッ! 繋がるね!

じゃあ、一先ずは話を中断するけど、まだ納得はしてないんだからねッ!?

今日の夜にも掛けるから! 出てよね!!」


唯は教えられた電話番号をその場で掛け、穂高の持つ携帯に着信が入るのを確認すると、早口でまくし立てる様に穂高に伝え、急ぎ足でお店から出ていった。


(はぁぁ~~……、なんなんだアイツは…………)


変わらない強引さに、穂高は思わず乾いた笑みを零しながら、大切な用事の為、掛けていった唯を見送った。


(多分、ハチの活動関連だろうな……。

アイツは元々、夜配信メインの活動だから、今から戻って配信って事も無いんだろうし…………)


偶然の産物ではあったが、穂高は唯が解放してくれたおかげで、自身の夜の配信にも影響は出ず、ホッと安心し、少しだけ残った自分のコーヒーを一気に飲み干した。


コーヒーを飲み干した穂高は、ふぅっと息を吐き、最後に掛けていった唯の事で、気になった事を考え始める。


(あの様子だと、まだハチとしての活動は大事にしてるんだろうし、一体何が不満なんだろうか……。

有名になって忙しくもなれば、楽しくない事も増えるんだろうけど……、アイツは…………)


穂高はそこまで考えて、少し昔に唯が言っていた事を思い出す。


 「配信だけは一生嫌いになれない自信があるなッ!!

  中一からやってるんだもん、楽しくないと続かないよね~~。

  その点、穂高は私から見ると異常だよ。

  何? ラジオDJを目指してストリーマーって……。可笑しいよ。

  まず、動画じゃん! Zoutubeって」


穂高の思い出す唯はどれも、楽しいや楽しかったと口に出しながら、配信を心より楽しんでおり、傍から見た穂高は、唯が悩みなんて無いようにも思えた。


(俺が活動してた時期もそれなりに人気だったからな。

当時よりも人気が凄いのか、そこはよく知らないけど、昔とやってる事は同じだろうに……。

――昔には無かった何かが起きた?)


穂高は無い知識を振り絞り、もしかしたら思い過ごしとして終わる事でもあるかもしれないが、自分が感じた違和感と、唯が持っているかもしれない問題に関して考えた。


しかし当然、まだあると決まったわけでも無い問題が、分かるはずも無く、可能性としていくつか思い当たることがあっても、どれも確信を持つことは出来なかった。


「はぁぁ~~……、分かんね……、分かるはずもねぇ。

帰ってちょっと様子見てみるか……」


穂高は投げやりに呟くと、これ以上お店に留まる理由も無い為、お店を出ようと伝票を持った。


「――――あ……」


(アイツ、一銭も払わず出てきやがった……)


伝票を持ち、穂高はそこで初めて、唯の頼んだ注文を奢らされている事に気付いた。


 ◇ ◇ ◇ ◇


『チューンコネクトプロダクション』本社。


「佐伯! オーディション応募者の資料目を通しとけ~~!

お前が最後だから、目を通したら、北川さんに回せ」


「は~~い」


相変わらずの業務の多さに、会社内は慌ただしく人が動いていた。


佐伯はその中でリムともう一人、メンバーの担当をしており、優先して、担当しているメンバーの業務を終わらせると、配られた資料に目を向けた。


「七期生新人オーディション……」


段ボール一杯に、入ったDVDと手書きで何かが書かれた紙がたくさん入っていた。


紙は整理されており、手書きで一人一人、社員の感想が書かれていた。


「――――まだ、六期生もデビューしたばっかりだし、早いと思うんだけどなぁ~~。

人手不足だし……」


佐伯は嘆きながらも段ボールに手を掛ける。


「――ん? 推薦が少ないような…………」


通例であれば、最終的には4人、6人に絞る為に、最初に多くの候補者を上げるスタンスを『チューンコネクトプロダクション』は取っていたが、今回の候補に上げれれる推薦人は少なく、この推薦人数だと最終的に絞って2人ぐらいのペースだった。


(今回デビューさせる人数は少ない??)


いつもと少し違ったオーディションの仕様に、佐伯は違和感を感じながら、送られてきたDVDを一つ取る。

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