第65話 姉の代わりにVTuber 65
「なるほど……、それで配信する理由が無くなったって事…………」
穂高(ほだか)は、洗いざらい配信を止めた理由を唯(ゆい)に話すと、納得はまだできていない様子ではあったが、一先ず唯は事情を知る事ができていた。
「夢の事も、前に話したことがあったろ?
――まぁ、それを諦めて……、夢の為にやってた配信も自然とやらなくなったって事だ……」
「そ…………」
今まで事情を話す為に、長く会話をしてきた穂高は、一息つくように頼んでいたコーヒーを飲み始め、穂高の言い分に唯は短く、冷たい感じに返事を返した。
少しの沈黙が二人の間に流れ、コーヒーを飲み干す勢いで、カップを傾ける穂高に、続けて唯は質問を投げる。
「――――まだ、納得はいってないけど一先ず辞めた理由は分かった。
それで? 今は何をやってるの??
――穂高が何もやってないなんて事、ないんでしょ……?」
疑るように、目を細め、穂高の機微を観察するような様子で話す唯に、穂高は思わずコーヒーを咽(むせ)そうになるが、グッとそれを堪え、何事も無かったように答え始めた。
「何もやってないよ……。
今は普通の高校生…………。 前も有名じゃないから、普通の学生だったけどな」
『チューンコネクト』の事は、勿論誰にもバレるわけにもいかない為、穂高はしっぽを出すつもりはそうそうなかった。
(――にしても、鋭いというかなんというか…………。
第一、俺をどんな風に見てんだ? 活動辞めてからの一年は、本当に普通の学生だったし、常に何かをやってなきゃいられない性分でもないのに……)
鋭いのか、自分の事を思い違いしているのか穂高には分からなかったが、唯に変に疑われている事から、穂高は変な緊張感を持ち始めた。
「中二でZoutubeで配信者やってたような人が、何もせずじっとできるかねぇ~~??
――――まぁ、てっちんらしき人がZoutubeにいるなんて話も聞いてないし、配信者として別名で復帰してるって事も無いんだろうけど……」
鋭いながらも、変なところで外している推理に、緊張感を持っていた事もあってか、変にツボに入り、穂高は思わず吹き出しそうになるが、それもグッと堪え、余計に疑われないよう努めた。
「お前と一緒にするなよ。
中一には、配信者として活動してた癖に……、不良娘が」
「不良じゃ無いってのッ!!
Fランだけど、大学にもきちんといってます!!」
穂高の言葉に唯は激しく反応し、やり慣れたやり取りを一年ぶりに交わした。
穂高も唯も、そんなやり取りを懐かしく感じながらも、それについては口にすることなく、穂高は気になっていた事を、今度は自分からぶつけた。
「まだ、正体ばれて無いのか?
もう活動して長いだろ?? 学校の奴らにとかさ……」
「はぁ~~…………、てっちんさぁ~、ウチを舐め過ぎじゃない??
何年こうして正体を隠して生活してると思ってるのさ……。
エゴサしても、全く出ないねッ」
「相変わらず運だけはいいな」
「運じゃないよッ!! 努力だよッ!!!」
唯は活動当初から一貫して顔出しをせず、声だけを乗せCDを6枚出してしまう程に有名になっていた。
その知名度に反して、唯自体の情報はほとんどなく、穂高が知る限りでも身バレした過去は無く、現状も彼女の正体がバレるという事は起きていなかった。
そんな気心知れた二人のやり取りが何度か続いたその時だった。
唯はポツリと本音を零す。
「――――ねぇ……、またやり直さない?」
「なんだ、その別れたカップルみたいなセリフ……」
「茶化すなッ、真面目な話!!」
穂高は唯の言葉の意味をきちんと認識できてはいたが、その方向に話題を持っていきたくは無く、冗談交じりに誤魔化したが、唯はそれおも許さなかった。
「またさぁ、配信者として活動しよ~よ!
――穂高がいない間にもさ! いろいろな人が出てきて、相変わらずの賑わいで楽しいんだよ!?」
常に人気が入れ替わる様な、激しい流行の中で活動しているはずの唯は、楽し気に穂高をその世界へと誘い、そんな唯の姿は、穂高の良く知る人物、姉である美絆(みき)と重なった。
(性格や考え方は違うけど、こいつも姉貴とかと一緒の部類だったな…………)
もう羨ましいとすら感じないその眩しい存在に、穂高は思わず苦笑いが零れる。
「――――今更、俺なんかが復帰してもどうにもならんだろ?
今よりも競争が激しい時代に、既にどうにもならんかったんだから……」
夢を諦めた穂高にその道に戻る為の明確な理由は無く、リムの代わりを引き受けていなかったとしても、穂高の意見は変わらなかった。
理由も無いまま始め、漠然と視聴回数を多く取るという目的を掲げてやったとしても、数字を見込めるとも思えず、だらだらと続けていくようなそんな未来しか穂高には見えなかった。
「別に沢山視聴される目的だけが、配信ってわけじゃないでしょ?
良いじゃん、楽しければそれで」
「――――ダメだ、趣味としてやったとしても、そこまでの熱意は無い」
(元々、リムだって姉貴に頼まれてやってるわけだしな……。
辞めてから、戻りたいと思った事も、考えた事も無い)
夢をかなえるという熱量から行動していた当時の自分と比べて、今の自分があまりにも情熱を燃やす為の燃料が無い事を客観的に理解し、唯の言葉に魅力も感じる事は無かった。
「――――じゃあ、復帰はしなくてもいい……。
偶にでいいから、ウチの配信にゲストに来てよ……。
年1とかでも全然いいからさ…………」
穂高はここまでしつこく食い下がる唯に、少しだけ嫌な感情を抱いたが、唯の表情を見て、そんな感情は一気に掻き消えた。
穂高がどうしても戻らないと事を知って、唯は勿論悲し気な表情を浮かべていたが、穂高はその悲しげな表情の中に、妙な違和感を感じ取った。
「――――なぁ、お前……、なんかあったのか…………?」
表情だけでは無い、何度か言葉を交わし、馴染みのある声だった為に、穂高は唯の心の機微を感じ取れ、以前の自分の知る唯と、今目の前で話す唯に、何かは明確には分からなかったが違いを感じた。
「――――え……? い、いやッ、何にもないよ」
唯の反応に穂高は増々違和感を感じ、唯は取り繕う様に返事を返したが、表情は依然として暗いままだった。
(――こいつ、元々こんなに配信に誘うタイプだったか??
まぁ、コラボとか吹っ掛けてくるのは毎回、ハチからではあったけど、俺に知ってる誘い方じゃない……。
強引ではあったけど、こんな何かに縋るような…………)
唯の反応を見て、穂高は思考を整理しながら考えると、ある仮説が思い浮かんだ。
何の確証も無く、ただ以前の唯の事を知っていた為に感じた違和感から来る仮説。
根拠が全くないそれだったが、穂高は思わずそれを尋ねた。
「――――お前、今、本当に配信が楽しいか…………?」
穂高は自分でも何を言っているだと、思いながらした発言ではあったが、穂高のその発言に、唯の表情は固まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます