第64話 姉の代わりにVTuber 64


浜崎(はまさき) 唯(ゆい)。


穂高(ほだか)の3,4年前からの知り合いであり、今年に入っては、初めてその姿を目の当たりにしていた。


「ハチ…………、お前、なんでこんなところに……」


穂高は困惑しながら、久しぶりに呼ぶ、彼女の愛称を口にした。


「え? いや~、姉がね? この辺に住んでるんよ?

それで、遊びにこの町に来てるってわけ!

――――それにしれも、ほっっっんとッ久しぶりだねッ!?

何かウチに言う事があるんじゃないの~~??」


唯は目を細め、穂高を少しだけ睨むようにして、怒っているようにも見えた。


「別に、そんなに久しぶりでもない……。

一年と数ヶ月ぶりくらいでしょ?」


「あぁぁああん?? また、そんな屁理屈こねてぇ~~。

相変わらず、変わらないねぇ~~、てっちんは……」


「おまッ! 外でその呼び方は止めろ!」


呆れた様子で、ため息交じりに話す唯に、穂高は焦りながら警告した。


唯は、穂高が中学、高校時代と、Zoutubeで活動していた事を知る、数少ない人物だった。


基本的には、家族、それも姉である美絆(みき)しか、知りえない事ではあったが、一つだけ例外があり、穂高が配信者として交流した人、中でも親しかった人物は、穂高がストリーマーとして活動している事を知っており、唯はその事を知っていた。


「まぁ、冗談はさておき……。

一年に渡る音信不通……、突然の活動停止……、説明はしてくれるんだよね?」


唯は一呼吸置くと、今までの気さくな雰囲気からガラリと一転し、緊張感のある真剣な様子で穂高に詰め寄った。


浜崎 唯、通称88(ハチハチ)。


彼女は、穂高と同じストリーマーであり、ストリーマーとしては穂高よりも経験が長く、始めたのも早い、業界の先輩にあたる人物でもあった。


唯は当時、ネット上で素人が有名な曲をcover(カバー)する、歌ってみたというコンテンツが賑わっていた頃の有名人であり、穂高の活動よりも多くの人を集め、沢山のファンが彼女に付いていた。


穂高が配信者として、活動し始めたのは中学二年の頃であり、年齢的に見てかなり早い段階から活動をしていたが、唯はそんな穂高よりも早い、中学一年の頃にはネット上に動画を上げていた。


デビューしていた年齢、活動時期が同じという事もあり、唯と穂高の年齢は三つほど離れ、唯の方が年上ではあったが、唯から穂高に接触を図り、ストリーマーとしての活動の中で、コラボなどもしていた事があった。


名前の由来に関しては、唯の気まぐれであり、1から二つ数字を並べた時に、一番親しみやすく、名前を考えるのも面倒だった為に、88という簡単な名前に決め、その経緯を聞いた当時の穂高も、思わずツッコミを入れていたが、既に定着していた事もあり、変わらぬ名前で配信活動をしていた。


「――――なんの連絡も無く、急に配信が途絶えたら、普通に心配するよねぇ~?

んん~~?? なんで今まで、何も言ってこなかったのかなぁぁあ??」


当時から気が強い印象だった唯は、今も変わっておらず、強調するように続けて言葉を発した。


「そ……、それについては悪い……。

せめて何かは言って、活動を辞めるべきだった」


「――――ッ!!」


穂高は申し訳なさそうに、唯に何も告げなかった事を謝罪したが、穂高の言葉で唯が引っ掛かった箇所は、謝罪の部分では無かった。


「――ほ、本当に辞めちゃうの……?」


唯は悲し気に、少しだけ声を震わせ穂高に質問した。


「辞めるも何も、もう一年以上も配信はしてないしな……。

ハチと違って、俺はそこまで有名でもないし、配信に対するモチベーションも違う」


穂高は当時ラジオDJになる為に、一人語りを練習する場として、Zoutubeを選んでおり、配信活動が趣味の域を出る事は無かった。


ラジオDJの道を諦めた今、その練習のために行っていた配信活動もやる意味がなくなり、活動が止まることも、穂高にとってはごく自然な事だった。


「――ま、まだ復帰しても間に合うよッ! 勿体ないでしょッ!?

あ、あんなに楽しそうに……、見てくれてる人だっていたのに…………」


「いいや、復帰はしない。 今は、他にやるべき事もあるしな……。

――――それに、俺はお前ほど有名じゃないし、俺が辞めても大した事にはならないだろ?」


穂高は配信活動を辞めた後も、普通に生活していく中で88の名前を何度か耳にしたことがあり、故意に調べずとも彼女の名前が耳に入る程、唯の知名度は大きなものになっていた。


「有名とか、有名じゃないとか関係ないでしょ!?

ウチの配信にも、てっちんの動画を見てたであろう視聴者から、心配するようなコメントが来るんだから!」


「――――そうなのか? 悪い……、迷惑かけたんだな。

でもなぁ~……、今更、辞めますみたいな動画を出すのもなぁ~…………」


「いや、そうゆ事じゃなくてッ!!」


全く戻る気の無い穂高の返答に、唯は少し怒りながらも、復帰させる考えを変えるつもりは無かった。


「――――わざと言ってるでしょッ!?

何があったのか知らないけどさぁ……、復帰しずらい状況にあるならウチも協力するから!!」


少しとぼけたつもりで言った穂高の言葉は、まんまと唯に見破られ、話を逸らす事すらも許されなかった。


(はぁ~~……、こりゃ、コイツ引かねぇな……)


穂高は心の中で大きくため息を付くと、携帯を取り出し、現時刻を確認する。


「――――まだ、時間には余裕があるな。

ハチ、ここで立ち話もなんだし、お前の事だからすぐに納得はしないんだろ?」


「――当たり前じゃん……」


「なら、そこの喫茶店で良いから、入って話さないか?」


穂高はコンビニでお弁当を買った事を激しく後悔しながら、一切目を逸らそうとせず、固い決意を見せる唯に場所を変える事を提案した。


「いいよ! 今日は予定無いし、急だけど付き合ってあげる!」


「足止め食らって、説明要求に付き合わされてるのはこっちだろ…………」


「納得のいく答えを聞くまで開放しないよ!」


ため息交じりに出る穂高の言葉をまるで気にせず、唯は断固、穂高の意見に反対といった姿勢を崩す事は無かった。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「――――え、えぇ~~と、最近凄いな?

CD、出したんだろ……?」


席に着くなり、質問攻めを食らうかと思っていた穂高だったが、唯の出だしは静かであり、真っ直ぐに穂高を見つめながらじっと黙り込んでいた。


沈黙に耐え切れず、穂高は世間話と言わんばかりに、唯の活動、88に関して話題を振った。


「うん。でも、初めてじゃないから」


表情は崩さず、真剣な面持ちのまま、淡々と答える唯に、穂高は少し恐怖を感じる


「だ、だよな? 6枚目……? だっけ?

ネットでcover(カバー)してるだけで、CD6枚も……、メジャーデビューしてから凄まじいよなぁ~~」


何とか場を繋ごうとした穂高の言葉だったが、その言葉に返事は返っては来ず、再びその場は沈黙になる。


数分の沈黙が流れ、再び穂高が耐え切れずに言葉を発しようとすると、今度は唯がその沈黙を破った。


「――こうして実際にリアルで会うのも、一年ぶりだね……。

顔……、変わってないね」


唯は穂高に会ってから、自分の中でいろんな感情が爆発し、先程は再開を上手くかみ絞められずにいたが、一度会話を中断させ、落ち着ける場所で話せる状況になった事で、改めてこうして会う事を懐かしく感じていた。


「顔はそう簡単に変わんねぇだろ……。

そっちこそ、身長……、全然伸びてないな」


「うるさいなぁ~~、良いんだよ女子は、ちっこい方がぁ~~……」


以前交流があった時に、何度もしていた、懐かしいやり取りに、二人は思わず笑みが零れる。


そして、唯は一呼吸を置くと、本題を切り出し始めた。


「――――それで? どうして、急にいなくなっちゃったの??」


唯の声は少し悲し気で、活動を辞めてから、穂高もその事に関しては、後ろめたさを感じていた事もあり、心に刺さるものを感じた。



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