閑話 天ケ瀬 穂高の日常 ~紫の女性~

第57話 姉の代わりにVTuber 57


 ◇ ◇ ◇ ◇


「遂に来たね……この時がッ!!」


堕血宮(おちみや) リムは、映し出したゲーム画面を見ながら、配信を見に来てくれているリスナー、傀儡(かいらい)達へと呼びかける。


  ”いざッ! Wカップ本戦へッ!!”


リムの本日の配信のタイトルにはそう書かれ、♯7にも渡る数回の配信の末、ようやく目的であるWカップ本戦出場までゲームを進めていた。


「現在リーグ順位は3位……、Aリーグは首位の2チームだけだから、ここを勝てないと本戦には出れない」


いよいよだな……

休日昼の13時からこの緊張感

リムは何でそんなに張りつめた雰囲気で話してんだ?ww

負けたら文字通り死ぬんだよ……


リムのナーバスな雰囲気を感じ取り、同じように緊張の面持ちで見守るリスナーや、そんなリムを茶化すリスナーなど様々な反応が見て取れた。


「最終戦はサウジアラビア、予選リーグトップだね」


サウジアラビア……、強いのか弱いのかあんまりよくわからんな

現実だと、そこまでって気もしなくもないよ

堅守速攻って感じだな……、基本的に両ウィングから抜け出してくるようなイメージ?

意外と足早いよな


『サカなる』の実況をはじめ、数をこなすごとにサッカーの知識があるリスナーが増え、基本的にはリスナーのコメントで、受動的に進んでいくこの配信にとっては良い傾向にあった。


「――今日はね、一応『サカなる』最終のつもりでね?

私も一応、ちょっと勉強してきたよ!

攻略サイトと、本物のサッカーを見てね!!」


お?マジか!

遂にリムもサッカーに興味を持ち始めたか

サッカーはいいぞ~~、Jリーグも面白いが海外はもっと面白い


リムは予定通り、配信開幕少し時間を取り、雑談にてリスナーとのやり取りを楽しんだ。


ゲーム自体は、起動してセーブデータをロードをすれば、すぐにサウジアラビア戦を始められる状況まで進んでいた。


いつでも本題に入る事ができ、そんな準備万端な状況であった為、同時接続の人数を見て、場が冷めないように頃合いを見て、ゲームを始めるつもりだった。


(同時接続8,000人…………。

まだ本編始まっていない状況でこの人数は上々か。

いつもの予定人数にも達してるし、そろそろ始めるか……)


最終回を予定している事もあって、いつもより視聴者の集まりが良く、オープニングトークもそこそこに、穂高(ほだか)は本題に入ることを決めた。


「よしッ! それじゃあ、そろそろゲームを始めッ…………」


穂高が決断し、配信にてリムがそう発言したその時だった。


穂高の配信部屋にあるモニターの一つが、ジスコードの着信を知らせ、それに気付くと、リムは話を途中で中断した。


「――――あッ、ごめんね?

ちょっと待ってね! ジスコード来た」


配信中という事もあり、理由を告げづに黙り込むことは出来ず、リムは起こったことをそのままリスナーに伝え、手早くジスコードを確認した。


配信画面、ゲーム画面とは違ったモニターに映し出されたジスコードだけを表示した画面に、穂高は視線を移し、メッセージを確認するとそこには、思いもよらぬ人物から、想像していなかった言葉が送られてきていた。


(――マジかよ…………)


穂高はそのメッセージを見た途端に、一気に思考をフル回転させた。


サクラ やっほ~~♪ リム~~♪

    今、リムの配信見てたんだけどさぁ、面白そうだし、

    配信行ってもいい??


リムの同期であるサクラから急な提案に、穂高は一瞬、どうするか迷ったが、サクラとの配信は何度も経験済みであり、むしろ配信にとってはプラスになる部分が多く感じた。


しかし、穂高が読んだメッセージには続きがあり、その続きを読むと、その考えは一気に180°反転した。

    

サクラ チヨも丁度、配信終わりでさぁ~~、今一緒にお話ししてたんだ~~

    サクラもチヨもリムの配信を見てたし、

    それならお邪魔しようか?って

    良いでしょ~~? 絶対楽しいよぉ~~ッ!!


(なんだその、アポなしで友達の家に遊び来るような感覚……。

ノリが軽すぎるだろ……)


本来の、穂高の姉、美絆(みき)のリムであれば、突発的に簡単にコラボを行う事が出来たが、穂高には簡単な事では無く、まだ入れ替わりを行ってからは、サクラ以外のメンバーとコラボが出来ていない状況にあった。


不測の事態に備え、美絆がサクラ以外のメンバーとコラボしている様子や、裏でのやり取りをきちんと見てきてはいたが、不安は拭えなかった。


(まぁ、本来六期生は簡単に、突発的にコラボが起きる程に仲が良いからな……。

他の世代にも言える事だけど、姿形は違えど、やっぱり同期の絆みたいのはどこにもあるしな)


メンバーの中で一番距離感が近い関係性である為、このようにフットワークが軽く、簡単にコラボできてしまう事を穂高は知っており、こんな時が来ることを覚悟していたりもした。


「――――メッセージ、サクラからだったよ!

暇だから、『サカなる』の配信お邪魔したいって」


数分の間、沈黙をしていたリムは、送られてきたメッセージを、所々笑みを零しながらリスナーに伝えた。


おぉッ!! サクラ来る!?

呼ぼーぜッ! 呼ぼーぜッ!!

そういや、今日のサクラの配信は夜だしな

友達感覚で配信に来るとか、てぇてぇじゃねぇか!


リムが配信でサクラとの事を話せば、呼ぶ流れになる事は容易に想像でき、リスナーにメッセージの内容を伝える事を決めた穂高は、その事を覚悟していた。


「まぁ、一応最後の『サカなる』を予定してるしね!

呼んじゃおっかッ!」


美絆が言いそうな雰囲気で、穂高はリムを通して声を乗せ、配信を見ているであろうサクラに、コラボの許可を出した。


穂高はすぐにコラボの準備を始め、配信画面にはサクラとチヨのアバターを乗せ、ジスコードの音声チャットを繋いだ。


「おッ! リム~~~!!

急にごめんねぇ~~!」


音声チャットを繋ぐとすぐさま、サクラはそのチャットに入り、リムの配信にも声が乗った。


(開口一番それかいッ! 友達に掛ける電話じゃねぇか。

挨拶わいッ!?)


急遽、リムの配信にゲストが来ることになり、サクラの声にすぐさまツッコミを返す事が出来ず、心の中でサクラに毒づいた。


おおぉぉぉぉぉぉぉぉ

サクラきちゃぁぁぁぁあああ

あれ? チヨの立ち絵もあるぞ??


サクラの声一つで、配信のチャットは盛り上がり、チヨの声が入る前に、リムの配信画面にチヨの立ち絵が入った事で、困惑するリスナーの姿もあった。


「傀儡(かいらい)のみんな~~~ッ

こんチヨ~~~~ッ!!」


挨拶無しに急に配信に声を乗せたサクラとは違い、優等生なチヨは、配信に入るなり、リムのリスナーに向けて挨拶をした。


「――――よしッ! とりあえず、これで配信は大丈夫かな?

二人とも、急だね!」


リムは自然な笑みを零しながら、唐突に現れたサクラとチヨに話しかける。


「ごめんね、リムちゃん。

裏でサクラちゃんと、音声チャット繋ぎながら『ピクセルクラフト』やってたんだけど、お互いにリムちゃんの配信見ててさ」


「どうせならお邪魔しようかってなってね~~ッ!!

あッ! 傀儡達~~! こんちわ~~~」


チヨは少し申し訳なさそうに答えたが、サクラはケロっとした様子で特に悪びれる様子も無く、一瞬にしてそれぞれのらしさが出ていた。


「サクラちゃん、まだ挨拶決めて無かったの??

そういえば、リムちゃんもだよね」


サクラの挨拶が引っ掛かったチヨは、それをスルーすることが出来ず、芋ずる式にリムへもヘイトは向いた。


「いやッ! 私は決まってるよ!

こんリム~~っていうのが公認としてね?

まぁ、おはこんばんにちはの方が使い勝手が良いから使わないだけで……。

サクラは決まってないけど」


「ええぇぇ~~ッ!! リム決まってたの~~?

それじゃあ、サクラだけ~?

――っていうか、リムちゃん、使ってないならそれ意味なくない??」


サクラはリムも自分と同じ状況であると思い込んでいた為、声に出して驚き、少しだけ危機感も芽生えていた。


オープニングトークを終えようとしていたリムだったが、ゲストの登場で更にトークに時間を使い、数分の雑談の後、ようやく本題に入る事には同時接続10,000人を超え、13,000人と共に、最後のWカップ予選へと挑んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る