第56話 姉の代わりにVTuber 56


 ◇ ◇ ◇ ◇


杉崎(すぎさき)邸。


和歌月(わかつき) カグヤを中心に起きた事件は、一先ず解決へと向かい、春奈(はるな)は、佐伯(さえき)に家まで送られていた。


夕食や入浴を済ませ、春奈は一人、自分の部屋でパソコンを操作していた。


(今日は色々と疲れたな…………。

結局、警察のお世話にもなって、まだ取り調べやら大変ではあるけれど……)


春奈は今日の事を思い返しながら、ぼんやりとパソコンを見つめる。


(警察沙汰になった事で親にも結局バレちゃったし……。

隠してたの、結構怒られちゃったなぁ~~)


春奈は苦笑いを浮かべながら、この経緯を全て聞いた両親に怒られた事を思い返した。


怒られる事自体は、嫌な事ではあったが、ことこの件に関しては、別に疑っていた事は無いが、真剣に心配している事が痛い程伝わり、怒られながらも嬉しくも感じていた。


(後日の聴取も同伴するとか、パパは言い出すし……。

参っちゃうよ…………)


親の事を思い返していた春奈だったが、それに紐づくように穂高(ほだか)の事も思い返し始める。


(――――そういえば、天ケ瀬(あまがせ)君はどうするんだろう……。

今は日本に親はいないって言ってたし……、お姉さんとかが来るのかな?)


ここ数日で、近況やプライベートな話をお互いにしており、春奈は穂高の家庭の事情ももちろん知っていた。


(一緒に数日、下校に付き合って貰うだけだったんだけどなぁ~~……。

何だかんだで、最後まで付き合って貰っちゃったな……。

――とゆうか、解決できたのは、ほぼほぼ天ケ瀬君のおかげだったし……)


春奈は今日だけでなく、数日間、穂高と下校した時の事が断片的に次々と思い浮かんだ。


どれも春奈にとっては楽しい思い出であり、思い返すたびに自然と笑みが零れた。


そして春奈は思い返す中で、ある一つの場面を思い出す。


(――――そういえば、あの時手を…………)


穂高と別れ、心細く思っていた矢先に穂高は春奈の前に現れ、簡潔に話を纏めると、そのまましばらく手を掴まれ、あちこちを回っていた。


穂高は無意識で気にしている様子は無く、途中、掴む場所が手首から手の平へと変わり、数分の間、最初のお店に入り、時間を潰すまでは、手を握っていた期間があった。


春奈はそれを思い出し、不意に握った手に視線を落とした。


(――――天ケ瀬君はなんであそこまで、私に協力をしてくれたんだろう……。

帰宅部でやることもないからとは言ってくれてたけど……)


春奈は呆然と考え込む事を止められず、次々に今日の出来事が思い返される。


(Vtuberになる事も応援をしてくれているし……、渡したDVDだってあんなに真剣に…………。

今日のストーカーにだって、落ち気づかずに立ち向かって……。

なんだか、返しきれない程大きな借りを作っちゃったな)


今日の事を思い返せば、思い返す程に一番印象に焼き付いている光景は、ストーカーに対峙する穂高の姿であり、その姿を思い浮かべながら、春奈は不意に、口を付くように言葉を零した。


「――――天ケ瀬君って、好きな人とかいるんだろうか……」


呆然と、深く考えずに出た言葉に、春奈はすぐには気づかなかったが、数分、間を空けると自分が無意識に、口に出した言葉の意味を考え始めた。


「なッ、なに言ってんだろ私ッ!」


(こ、これは、その少女漫画とかである様な、好きな人を気にしてるとか、意識してるとかそうゆうんじゃなくて…………。

――そうッ! ここまで協力してくれた天ケ瀬君に何か恩を返せないかな~~とか、そういった考えから来る言葉であって、ホント変な意味では無くッ)


春奈は必要も無いのに、自分を納得させようと必死に理由を付け、自分が気になる異性に対して放ったようにも見えるこの状況を、客観的に見て恥ずかしく思い、一気に顔が赤くなった。


(そ、それに釣り合わないよね? 私なんか……、常識的に考えて。

天ケ瀬君、優秀だし、今日見たあの感じだとモテそうだし……、私なんかね……。

四天王とかなんとかなんて言われてるけど、私がモテてるのは同性ばっかだし、女っぽくもないしね。

――――うんッ、ないないッ!!)


春奈は気持ちに無理やり整理を付け、そうすることで落ち着きを取り戻した。


(――でも、それじゃあ何で恩を返せばいいんだろう……。

多分、本人に直接聞いても、恩返し自体を断られそうだし。

天ケ瀬君をよく知ってそうな人に聞いたりした方がいいかな、彰(あきら)は仲良さそうだからよく知ってそうだし、松本(まつもと)君や瀬川(せがわ)君とかから聞いてみるのも良さそうだなぁ……)


春奈は穂高の交友関係で思い浮かぶ人物を探していき、そんな事を考えているとある人物が頭に過った。


(――――そういえば、今日会った佐伯さん……。

凄く綺麗な人だったなぁ…………。

『チューンコネクトプロダクション』の人だって言ってたけど、天ケ瀬君とはどんな関係なんだろう……。

天ケ瀬君のお姉さん繋がりとは言ってたけど、あんなに親しく…………)


佐伯については簡単に説明を受けていたが、その説明の内容から考えるにしては、やけに穂高と佐伯は距離感が近いように見え、お互いに気心知れたような関係性に見えた。


穂高が佐伯に敬語を使っている以上、あまり恋人同士といったようには見えない二人だったが、遠慮なくお互いに話す雰囲気は仲睦まじく、傍から見てもそう映った。


(こ、恋人?とかじゃないよね??

――でも、仲良さそうだし、もしかしたら天ケ瀬君、佐伯さんのどちらかは、そんな風に思っていてもおかしくはないだろうし…………。

やっぱり好きだったりするのかな……??)


春奈は遂に根拠や証拠も無く、雰囲気や思い込みだけでその様に考え始め、女性の為そういった話は嫌いでは無く、考えるだけでドキドキとした少しだけ高揚する気持ちを感じ、それと同時に、そんな事を考えては、少しだけモヤモヤとした気持ちが春奈の中に芽生えた。


「――馬鹿みたい……、変な事考えるはやめよ」


ここまで呆然と思考してきた春奈だったが、モヤりとした気持ちが気分悪く、ようやく現実に引き戻されたように、この事に関して考えるのは止め、特に集中して何かを見るわけでも無く落とした視線を、再びパソコンへと戻した。


「『チューンコネクト』新人応募…………」


凝ったページにカラフルで描かれたその文字に、春奈は視線が止まり、呆然とその文字を読み上げる。


春奈は既に応募の済んでいる状況であったが、何度もこの募集ページに春奈は訪れた事があり、夢を感じさせるこのページを見るたびに闘志が漲った。


そしてそれと同時に、応募総数が速報でページに掲載され、その冗談のような応募総数を見て春奈は毎回、驚愕し、自信がそがれるような事もあった。


ページに訪れるだけで一度に様々な感情を与えられるページであったが、それでも自然と足を運んでしまう春奈がいた。


「――また、凄い数増えてる…………。

ホントに合格できるのかな」


春奈は自然と不安が零れるが、その総数の下にある、ホームページの一言で毎度、春奈は元気づけられた。


  ”いつか出会う誰かの、思い出を作る仕事”


現実は厳しい事ばかりで、聞こえの良い理想を簡単には実現できない事を春奈は知ってはいたが、この溢れんばかりに夢を感じる世界に、どうしても自分も入っていきたかった。


あまりにも輝かしいその世界の光に、自分がかき消されたとしても、穂高に押し出された歩みを止める事は出来なかった。

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