第54話 姉の代わりにVTuber 54


「か、カグヤちゃんのファンじゃないって……、どうゆう事だよ」


穂高(ほだか)の言葉は、当然カグヤの『従者』である山田(やまだ)に引っ掛かり、穂高を睨むようにして山田は穂高に問いかける。


穂高はゆっくりと息を吐き、その問いかけについて答えようとしたその時、穂高の耳、大きな排気音を轟かせ、公道を走る車の音が聞こえた。


その音を聞いた途端、穂高は緊張を解き、淡々とした様子で山田の質問に答え始めた。


「――――だって、その通りだろ?

俺から言わせてみれば、杉崎とカグヤの声は全然違う!

カグヤの声の方が音程が高いし、杉崎よりもより透き通る綺麗な声をしてる。

――お前……、なんでカグヤがあの設定になったのか知らないのか??

『チューンコネクト』のVtuberのキャラクター作りは、中の配信者の特徴を模して作ってるんだ。

そのキャラクター作りには、本人の意見も勿論反映されるけど、カグヤのキャラクターに関しては一切それは無い。

カグヤのキャラクターはあの声だけを元に作られてるんだ」


穂高が語ったそれはリムに成り替わる時に調べた事であり、カグヤのそういったキャラクターの作り方の経緯は、彼女がまだデビューしたての頃に、配信で語っていた事だった。


ファンである事に、ファンになった時期や知識量で、優劣が変わるという事を、穂高は思った事も、考えた事も無かったが、ここまでカグヤの事を一方的に語られ、黙っている事が出来なかった。


何よりも、その勝手な思い込みで、将来『チューンコネクト』に成れるやもしれない春奈に、迷惑を掛けている事が許せず、まがい物である自分が一生なる事が出来ない、自分の姉と同じ本物、一流になれる可能性のある春奈の、邪魔だけはさせたくなかった。


「カグヤの生まれた起源の声も見抜けられずに『従者』??

笑わせるな……」


リムをやっている以上、自分のお客様でもあるかもしれない相手だったが、穂高の言葉は止まらなかった。


穂高の言葉に、山田は更に怯み、上手く言い返せない様子で、口をパクパクとさせ、言い淀んでいた。


「――――あ、天ケ瀬君……、詳しいね……」


「あぁ……、大好きだからなッ」


堂々とした様子で、古参ファンの様に語る穂高に対して、春奈は驚いた様子で、小声で穂高に声を掛け、『チューンコネクト』のファンだと思われている穂高は、変に隠すことなく、いっそ清々しく、堂々と答えた。


「――う、うん……知ってる…………」


こんな状況になっても自分を付きとおす穂高に、春奈は少し動揺しながらも、呟き答え、穂高は短い返答の中でも山田から視線は逸らさなかった。


「――――お、お前の言ってる事なんてで、でたらめだッ!!

か、カグヤちゃんを分かったような口きくな!」


「――――あ、天ケ瀬君…………」


穂高の言葉に思うところがあったのか、反論は今まで以上に根拠がなく、余計に逆上する山田を見て、春奈は不安そうに、穂高を見つめながら呟く。


そんな、春奈の様子に気づいてはいたが、穂高は決して引く事はしなかった。


「お前よりも何倍もカグヤの事は分かってる!

――――それに、さっきも言ったけどカグヤと杉崎の声を一緒にするな!

俺からしたら杉崎の声は、カグヤと違った魅力がある。

カグヤと同じように透き通る声なのに、トーンは少し低く聞いててとても落ち着く、配信で言えば、カグヤよりもASMR向きだ。

違いも分からねぇ癖に、似てるだのなんだの言ってんじゃねぇ!!」


穂高はようやく山田に対して一番言いたかった一言をぶつけ、穂高の声を聞くと山田の顔は一気に歪んだ。


「くッ、クソがぁぁぁああああッ!!!」


穂高の言葉を皮切りに、山田は吹っ切れた様に叫びながら、穂高に向かって走り出した。


(やべぇ……、もう少しだけ時間稼ぎをするつもりだったのに、気持ちが入り過ぎてつい、癇に触れること言っちまった…………)


作戦は失敗したが、穂高は一切の後悔なかった。


そして、武術の心得も無い癖に、自衛の為にもそれらしいポーズを取った。


「あ、天ケ瀬君ッ!!」


「俺はいいから、逃げろッ!

交番の場所はさっき教えたとおりだ! 俺の為にも早く助けを呼んできてくれ!!」


山田が突進し始めたのを見て。春奈は声を上げたが、穂高は口早に春奈に重要な事だけを伝え、突進してくる山田に備えた。


そんな時だった。


一瞬で穂高と春奈の隣を、風のように人影が通り過ぎ、その人影は穂高と山田の間合いに入った。


「――――ッ! セイヤァァァァアッ!!」


颯爽と現れたその人影は、山田の手首に一撃、コンパクトで強烈な掌底打ちを食らわせ、山田の手からスタンガンを落とさせ、そしてそのまま、凛々しい女性の掛け声と共に、流れる様に一瞬で、山田を背負い投げし、地面に叩きつけ無力化した。


「ぐはッ!!」


叩きつけられた事で、内臓にきつい衝撃が入った山田は溜まらず苦しような声を上げ、そんな山田に容赦なく手首を固め、体を踏んづけ、身動きを取れないようにした。


「いッ、イテテててッ!!」


山田が体を動かそうとすると、手首を固めている女性が力を入れ、動けば動く程、山田に痛みが与えられた。


「――ふぅ……、大丈夫ッ? 穂高君」


颯爽と現れたその女性は、穂高の良く知る存在、佐伯 愛華(さえき あいか)だった。


佐伯は山田を無力化すると、穂高の心配を一番にし、穂高の体を見やり、異常が無い事を確認すると、ホッと息を付いた。


「――もうッ……、なんで待ってないかなぁ~~?

こうなる事を想定して、私が到着するまでは穏便に、接触も避けてって言ったのに…………」


佐伯はつい先ほど、穂高が山田と接触するギリギリまで、連絡を取り合っていたが、穂高は佐伯の注意を無視し、佐伯が到着する前に山田と接触してしまっていた。


「佐伯さんならすぐ来れるだろうと思ってました。

俺の携帯も位置情報を表示させるように設定してましたし、GPSでここまで特定できると思って……。

何より途中で、佐伯さんの愛車のデカいエンジン音が聞こえてたんで」


「はぁ…………、無事だったから良かったものの、何かあったら今頃は…………」


今はリムを穂高が引き受けている為、何か穂高の身に大事があり、病院にという事になれば、リムの活動に穴が開いてしまう事になり、佐伯はそんな起こりえたかもしてない未来を想像していた。


「――――え、えっとぉ……、天ケ瀬君?

その方は……?」


佐伯と穂高の会話に完全に置いてけぼりを食らっていた春奈は、恐る恐るといった様子で、穂高に問いかけた。


「――あ、あぁ……、この人は今回の件で、協力してくれた佐伯さん。

姉貴と過去に交流があって、まぁ、一応『チューンコネクト』関連の人……」


「え……?」


穂高は少しだけ佐伯の事に関して本当の事を言うか悩んだが、今後、春奈が『チューンコネクト』に所属する可能性もあった為、変に嘘はつかなかった。


穂高の言葉に、春奈は目が点になり、思わず声を零した。


「――えっっとぉ~~…………、よろしくね?」


佐伯は余計な事を言わないよう、簡単に一言返した。


「――――とゆうか佐伯さん、ホントに強いんですね……。

こないだ通話した時にポロっと言ってましたけど」


「護身用の合気道だけどね。

親に言われて、小さい事から習ってたってだけ」


様々な事が一気に起こり、呆然とする春奈を一先ず放置し、穂高は佐伯と簡単な会話をしながら、佐伯が山田の手から落とさせたスタンガンを回収し、佐伯も会話を返しながら、山田の拘束方法をより簡素なものに変えていく。


そんな会話をしている二人だったが、共通認識として、まず一番に処理しなければならない問題の対処を考えていた。


「穂高君、一先ず警察に連絡してくれるかな?

私は動けないから」


「――――分かりました。

でも一つだけ、警察に引き渡す前に証明したい事があるんで、それまでは待ってもらってもいいですか?」


「え…………?」


穂高は困惑する佐伯から視線を外し、依然として地べたに這いつくばる山田に視線を向けた。


今までの会話のやり取りの中で、携帯が着信を知らせるバイブレーションを起こしたのを穂高は見逃さず、準備ができたと確信し、自分のポケットにある携帯を取り出した。


「今、このままアンタを警察に突き出しても、どうせ、アンタは納得しないだろ。

また同じことをされたんじゃ、意味ないからな……」


穂高はその言葉を山田に向かって発しながら、自分の携帯の画面を山田に見せた。


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