第53話 姉の代わりにVTuber 53


力ずよく堂々と放たれた穂高(ほだか)の声を最後に、その場は静かに静まり返ったが、それも数分の出来事であり、間もなくして、穂高の声に導かれるようにして、暗闇から一人の成人男性が姿を現した。


穂高は一切、気を緩めるつもりはなかったが、男が現れると嫌でも体は反応し、さらなる緊張からか、少しだけ体が強張った。


そんな穂高に対して、後ろに身を隠す様にして、様子を伺う春奈(はるな)も体が強張り、控えめに掴んでいた穂高の制服がより強く握られた。


「――――あ、アンタがストーカーか?

さっきも言ったようにこっちはアンタの個人情報を掴んでる。

逃げも隠れもさせないぞ?」


穂高は自然と顔が引き締まり、少しだけ相手を威圧するかのように睨みつけ、それと同時に相手の出方も伺った。


山田 真輔(やまだ しんすけ)の住所であったり職場であったりと、形式的な個人情報を穂高は掴んでいたが、山田という人間の中身においての情報はあまりなく、うわべだけでしか山田という人物を、穂高は知っていなかった。


そんな状況の中、穂高の声に答える様に、初めて山田が口を開く。


「――お、俺はす、ストーカーなんかじゃないッ!

か、カグヤちゃんを守ろうとしてただけだ!!」


穂高の威嚇が効いたか、それとも元々気が弱いのか、それは穂高には分からなかったが、山田の口調は何処か弱々しく、所々でドモるような話し方で答えた。


「守る??」


「そ、そうだッ!

お前みたいに、カグヤちゃんを誑(たぶら)かそうとしてる奴からッ!」


「――はぁ??」


穂高は山田のストーカーの理由に、まさか自分がされているとは思ってはおらず、思わず困惑の声を漏らす。


「別に誑(たぶら)かしてるつもりはない。

――っていうか、俺が杉崎(すぎさき)と帰るようになったのは、お前がストーカーをしていたからだ。

第一に杉崎……、この子はお前の知ってる和歌月(わかつき) カグヤじゃない!」


「う、嘘だ! 誑かしているし、その子はカグヤちゃんだ!

カグヤちゃんが活動している時間も一致している。

夜にしか配信しない彼女は、学生なのではないかとの噂もほのめかされてる。

現に、その子が学校に行っている間、カグヤちゃんは一度も配信をしていない!!」


「――――ッ!!」


穂高は山田に指摘された後半の部分を、瞬時に言い返す事が出来ず、一瞬だけ言葉に詰まった。


(これは言われるよな……。

実際、カグヤが夜型なせいで配信は夜にしかやってないし、学生とか社会人とか色々と言われてるのも知ってる……。

ただ、俺が姉貴に聞いた限りでは、カグヤの中の人は学生でも無ければ、どこか、『チューンコネクトプロダクション』以外の企業に属してるわけでも無い。

極端に低血圧で、朝は弱く、起きてもすぐには行動できないタイプの人って聞いてる。

配信ではそう言った素振りもあまり見せる様子も、公言してるわけでもないしな……。

カグヤのリスナー、『従者(リスナーの総称)』達もそれを知ってるとは限らないし……)


本当であれば、山田の言ってくるであろう言葉に、真っ向から全て否定できる材料を用意してきた穂高だったが、突発的な事であり、未だに準備ができていなかった。


「――仮にカグヤだったとしても、アンタが付け回していい理由にはならないだろ。

相手に恐怖感与えてねぇんだよ……」


「し、知ったような事言うな! 誑かしてる癖に!!

お、俺はカグヤちゃんの従者だぞッ!?

カグヤちゃんの事はよく分かってる」


堂々巡りで穂高の話す一般常識は、山田には通用せず、頑なに自分の意見を変えはしなかった。


(こうなったら、時間を稼ぐか……。

どうせ、俺がここで何を言っても、決定的な証拠を突き付けたりしない限り、納得はしないだろ。

特にこういうタイプは……)


穂高は自分の言葉で納得してもらう事を半ば諦め、美絆(みき)や佐伯(さえき)に頼んでいた事が完了するまで、時間を稼ぐ方向に作戦を変更した。


そうして、穂高は少しだけ気を抜いたその時だった。


 バチバチバチッ!!


暗闇の中で閃光を放ち、劈(つんざ)くような音を立てながら、嫌な音が穂高の耳まで届いた。


穂高から見る山田は、日陰に立っており、暗闇で上手く全貌が見えない状況であったが、何度もバチバチと何かを鳴らす、山田の姿が見え、穂高はそれが何なのかすぐに理解できた。


「スタンガンか……」


穂高は嫌な汗を描きつつ、緊張した面持ちでぼそりと呟く。


スタンガンには詳しくは無かったが、穂高が見るそれは一般的に想像できる小型のものでは無く、棒状の物で、ロングバトンスタンガンと呼ばれ、先端が眩い光を放ち、人に当てれば瞬く間に無力化できるといった、そんな物だった。


「彼女から……、カグヤちゃんから離れろよ」


山田は息を切らし、興奮した様子で脅す様に穂高に通告した。


「――――お前……、二度、同じような案件で警察のお世話になってるんだろ……?

三度目はねぇぞ…………」


ストーカー防止法に穂高は詳しいわけでは全くなかったが、何度も同じ案件でしょっ引かれて、平気なわけは無く、山田に冷静さを取り戻させるためにも、それを穂高は告げた。


「し、知った事かよッ!!

俺は……、カグヤちゃんを守る……。

か、カグヤちゃんッ! こっちにおいで! そいつは危ないから!!」


(あぶねぇのはどっちだよ……)


穂高は危機的状況にはあったが、山田がスタンガンを持ち出したことで、総合的にはこの問題を解決させる為には、良い方向に動いたと考えており、この裏路地での一件は防犯カメラにも記録され、警察にも突き出しやすいとそう考えていた。


(ナイフじゃないだけ、まだマシなのかもな……。

スタンガン食らっても、ただじゃ済まないとは思うけど、死にはしないだろ…………。

いや、死ぬか? 分かんね……。

とりあえず、俺が盾になって杉崎を逃がす事は出来るだろ)


思考を巡らすごとに穂高はどんどんと冷静になっていき、過度な緊張からかアドレナリンが出てきており、何事にも積極的に考えられていた。


そして、そんな事を考える穂高に対して、初めて春奈が声を上げる。


「私は和歌月 カグヤじゃない!

『チューンコネクト』には、私も天ケ瀬(あまがせ)君も関係ないよ!!」


春奈の表情は少し強張り、恐怖の色も見て取れたが、精神力は強く、ハッキリと山田に対して声を出して否定した。


春奈本人に否定された為か、山田は一瞬、困惑したように怯み、冷静さを取り戻していた穂高は、この状況でも奮い立ち、堂々と発言する春奈に感心していた。


(こういう凛々しい部分が同性にも受けてるんだろうな……。

二年の文化祭の時も、男装なんかしたりして同性を沸かせてたし、四天王って呼ばれんのも納得だったり……。

――――って、やべぇ。

下手したら、俺よりも男らしいんじゃ…………)


アドレナリンが出れば出る程に、穂高は余計な雑念ばかりが思い浮かび、その度に我に返っては、雑念を振り払い、この状況に集中した。


「――う、嘘だッ!!

こ、声だって似てるし……、普段の素振りにだって……カグヤちゃんを感じる部分が……」


(き、キモ過ぎる…………)


穂高は山田の話す言葉に鳥肌が立つほどに嫌悪感を感じ、それと同時に、違う部分で怒りを感じていた。


そして、山田の言葉から感じた怒りを、穂高はそのままにしている事は出来なかった。


「お前……、本当に和歌月 カグヤのファンなのかよ……?」


穂高は考えるまでも無く出たその言葉を皮切りに、山田に対して怒りをぶつけていった。

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