第52話 姉の代わりにVTuber 52


 ◇ ◇ ◇ ◇


坂木原(さかぎばら)駅周辺 大型ショッピングモール『RAMDA(ラムダ)』


穂高(ほだか)と別れた春奈は、買い物の為、『RAMDA(ラムダ)』へと訪れていた。


駅で穂高と別れる前、喫茶店を出て以降から、今日も何度も感じていた薄気味悪い視線は感じず、安心感から、春奈は油断をし、今、一人でショッピングモールに訪れた事を後悔していた。


(――感じる…………。

今日はもういないと思ったのに……)


いつも穂高や他の部活のメンバーが一緒に居た事で、一人でこう言った目に合う事は久しぶりであり、久しぶりであるが故に、恐怖もいつも以上に感じていた。


付けられていると感じてから数十分、学校で見せる凛々しい春奈の姿は無く、しきりに自分の後ろから感じる視線を気にしながら、人通りが多い所を狙い、駅へと向かっていた。


下校時間も、喫茶店に寄っている事でピークの時間からは外れ、部活を終え、下校をする生徒もまだ時間的におらず、自分と同じ制服を着た生徒は周りには見当たらなかった。


(――――と、とりあえず、だ、大丈夫……。

ここは駅の近くだし、人も多い……。

人通りの少ない所を選ばなければ)


恐怖は依然として拭えない状況ではあったが、春奈は状況を確認し、冷静さを取り戻しつつあった。


駅へ向かう春奈は、一定の距離を保ってついてくるストーカーの存在を感じながら、駅へ向かう。


駅への道のりは、恐怖のせいか、いつもよりも遠く、長く感じ、焦る気持ちに反して、中々駅には近づかないような、そんな感覚すら感じていた。


(誰か…………、天ケ瀬(あまがせ)君ッ!!)


自分で付き添いは不要だといった手前、近くにいない事は当然な事でもあったが、今の春奈には、誰かの頼りになる存在が必要であり、誰を思い浮かべるか考えるまでも無く、穂高の事を思い浮かべ、身勝手に助けを求め、心の中で念じた。


そして春奈は、走り出して駅に向かおうかと、そんな事を考え始めた時だった。


「え…………?」


ストーカーとの距離を取っていたつもりの春奈だったが、不意に自分の手首を掴まれ、一瞬の事で何が起こったのか、分からずにいたが、体は反射的にその恐怖から、微かに冷や汗を描き始め、恐る恐る手首を掴まれた方向へと顔を向ける。


「――はぁ……はぁ…………、やっと、見つけた……」


春奈が顔を向けた方向には、自分よりも目に見える程の汗を描き、息を切らしながら、安堵の表情を浮かべる穂高の姿がそこにあった。


「あ、天ケ瀬君ッ?

――――よ、よかったぁ~~~~……」


穂高の姿を認識すると、春奈も遅れて安心し、今まで感じていた緊張感が嘘のように緩んだ。


「――とりあえず、ケガとか、まだ変な事はされてないよな?」


「へ、変な事って……。

うん、付けられ始めて不安だったけど、何もされては無いよ」


「――分かった」


穂高のデリカシーの無い質問に、春奈は少し戸惑いつつも、彼のいつも通りの反応に、余計に冷静さを取り戻し、春奈の言葉を受け取ると穂高は短く返事を返し、春奈の後ろへと視線を送った。


「アイツか…………」


穂高はストーカーである山田の写真も佐伯(さえき)から送られてきており、いつもすばしっこく、姿を見せなかった山田の姿を初めて捉えた。


低い少しドスの聞いた声で、穂高は呟くと、一瞬山田を見ただけですぐに視線を切り、再び春奈へと視線を戻した。


「――なぁ、杉崎(すぎさき)。

この場を俺に任せてくれないか?」


「え……?」


真剣な面持ちで、急に告げられた穂高の言葉に、春奈は瞬時に理解できなかったが、前日から打ち合わせていた事もあり、段々とその意図を認識し始めた。


「今日、あの作戦を決行するっていう事……?

だ、大丈夫なの?? 準備とか……。

探偵のお姉さんにも協力してもらうんじゃ……」


「大丈夫。

唐突だけどもう準備は済ませてる」


実際には準備など万全では無く、姉である美絆(みき)にお願いした件も、まだ確認が取れていない状況だった。


しかし、穂高は一日も待てない程に、この問題に終止符を打ちたく、上手く纏められる自信もあった。


「俺を信じて」


問題を解決するにしても、色々な事を未だに聞かされていない状況であった春奈は、依然として不安は拭えなかったが、そんな春奈に有無も言わせぬよう、真剣な眼差しで、力強くハッキリと穂高は言葉を発した。


「え……、あっ…………うん」


真剣で勢いのある穂高に、春奈は流されるように返事をし、自然と顔が赤くなるのを微かに感じた。


意を決した穂高は、そのまま春奈の手を引き歩き出し、春奈は、最初は繋がれた手をじっと見つめながら、呆然と歩いていたが、途中で我に返り、ストーカーの件も思い出し、気を改めて張り始めた。


緊張は未だに続く状況ではあったが、春奈は一人でいる時よりも、不安や恐怖は圧倒的に少なく、穂高と同じように、ストーカーに対して向き合おうという気持ちの方が大きくなっていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇


坂木原(さかぎばら)駅周辺。


穂高は春奈と合流すると、数十分もの間、駅周辺を散策するように周り、準備が整うまで時間稼ぎをしつつ、目的の場所へと向かっていた。


ストーカーである山田に変に感づかれないよう注意をしながら、街中を歩き回り、そしてとうとう山田を尾行させたまま、目的の場所にたどり着いていた。


「ここは……?」


穂高に従うがまま、春奈は一緒に街を周り、最終的に訪れた場所を見渡し、少し不安げに穂高に尋ねた。


「――一応、探偵と打合せをしてた場所……。

ここは、人通りが少なくて、過去に、今回の杉崎(すぎさき)の件と同じストーカー関連の事件で、犯罪現場にもなってる場所」


「え……?」


春奈は、穂高の冗談だと思いたくなるような言葉に背筋が凍る。


「でも、今は大丈夫。

俺もいるし、過去にそういった事件もあった事から、ここには何台も監視カメラが設置されてる。

証拠を捉えて、追い詰める為にもあえてここを探偵と選んでる」


不安げな春奈に対して、穂高は冷静で、常に付け回される相手に注意しながら、淡々とした様子で答えた。


ただ、そんな穂高にもいくつか心残りがあった。


(ここに来る前に充分に時間は稼げたけど、まだ姉貴からの連絡は無い……。

佐伯さんもこっちに向かっては来てるみたいだけど、まだ着いては無いだろうし……。

ただまぁ、相手の体格を見てもそこまでヤバい奴には見えないし、いざとなったら体を張って、杉崎一人を逃がす事も簡単だ。

事件があったこの場所は、それが原因で近場に小さいが交番も設置された。

運動が得意な杉崎を逃げさせて、走らせても数分で交番に駆け込めるはず…………)


穂高が前もってここにおびき寄せる事は決めていた為、予定通りに事を進めていた事もあり、変に焦ったりすることは無く、小小声で万が一の時に備えて、春奈に交番が近場にある事も伝えた。


そして、ある程度の条件が揃った事で、穂高は意を決し、その場で振り返った。


「――――おいッ! 付けて来てるんだろストーカー!

用があんなら姿見せろよ!」


穂高は振り返ると同時に、自分の後ろに春奈を行かせ、かばう様にして薄暗い道に向かって、いるであろう山田に声を上げた。


もちろん、声を掛けられた途端に、ストーカーがその場から逃げる可能性もあった。


しかし、その場合も考慮して穂高は続けて話しかける。


「山田 真輔(やまだ しんすけ) 32歳。

建築業 ○○工業社員。

坂木原市 近衛町 住居はアパート『ノエル』 501号室。

逃げんなよ?」


穂高は佐伯から送られてきたメッセージを読み上げ、睨みつける様にまだ見えない相手に対して言い放った。


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