第31話 姉の代わりにVTuber 31


 ◇ ◇ ◇ ◇


穂高のそれからの生活は一変した。


暇さえあれば、絵の練習を積み、配信しながら、それ以外の時間は絵を書く時間に充てるという、穂高自身もよくわからない生活を送っていた。


学校でもひたすらに絵の練習をし、友人の武志(たけし)や瀬川(せがわ)に不思議がられもしたが、それをやめる事は無かった。


配信関して言えば、好評になった『サカなる』のシリーズ配信、姉から引き継いだ続き物の配信があった為、何か新しい企画を考える必要も無く、そこに時間を割く事は無かった。


そして、いつもと同じように穂高は、配信を終え、絵の練習をしているとジスコードの着信が鳴る。


「――これはサクラ先生か……?」


絵の練習をしてからというもの、サクラとの交流が多くなり、穂高は裏でひそかにサクラを先生の敬称を付け呼んでいた。


そんな風に何の心構えも無く、何気なしにジスコードを開き、穂高は驚愕した。


「こ、これは…………」


穂高の見た画面には、リムの担当絵師、翼(つばさ)からのメッセージだった。


lucky  弟さんにメッセージするのは、初めてでしたね。

     初めまして、luckyです。


lucky  今日メッセージを送ったのは、勝負する前に何点か、

     聞きたいことがあったからです。

     どうして、弟さんはリムを引き受けたのですか?

     お姉さんの事は、数度しかあった事は無いですがよく知っています。

     聡明な方です。

     事務的な経緯は貴方から聞きました。 しかし、改めて。

     どうして、そんなリスクまでもを背負ってこんな事をしたんですか?


穂高は翼からのメッセージを恐る恐る読み、内容を理解すると、キーボードを打ち込み始める。


リム   こんな事言ったら、同情を買ってるようで、

     あんまり言いたくは無かったんですけど。

     姉貴がどうしてもと、俺や佐伯さんに頭を下げ、

     ここで活動を休止すれば命を絶つとまで、言いました。

     それが理由と言うわけでも無いんですけど、

     姉貴が準備していた期間も、デビューした瞬間も、

     知っていたので、それで協力する事にしたんです。


lucky  美絆さんがそこまで……。

     なんで、そんなに追い詰められて?


リム   姉貴が感じていた焦りや、当時の考えは、

     俺には分からないですけど、やってみて何となくは分かりました。

     当時姉貴は、このデビューしたての時にしか、

     育む事の出来ない同期の絆を、

     大切にしたいと言っていましたけど、それとは別に、

     リスナーを手放したくも無かったのだと思います。


lucky  リスナー…………。

     たとえ騙す形になっていたとしても?


リム   葛藤はあったとも思いますけど、それでも自分の大好きなリスナーに

     離れて欲しくなかったんだと思います。

     大胆不敵、明朗快活な姉ですけど、ちょっと

     ヤンデレチックなところがあるんで……。


lucky  ヤンデレですか…………


「やべッ…………」


意図せず穂高は、翼のツボのようなものをついてしまい、美絆の事が好きな翼に、渡してはマズい情報を渡してしまったと本能的に悟った。


思わず声に出した穂高だったが、打ち込み、読まれてしまったメッセージが、取り消せるわけも無く、心の中で姉に平謝りし、この事についてはこれ以上、考える事は無かった。


lucky  美絆さんの事、貴方がリムを引き継いだ理由は分かりました。

     しかし、どうして貴方はそこまで必死に頑張るのですか?

     サクラさんとの配信見ました。

     下手くそな絵でしたね? 

     絵の実力も明白なのに何で、まだ頑張るのですか?

 

「また下手って…………」


穂高は翼のメッセージを読む途中、思いがけないダメージを食らったが、心に小さな傷を負いながらも、メッセージを全て読み上げ、少し考えた後、キーボードを打ち込み始めた。


リム   俺もリムと傀儡の関係は惜しいと、そう思えたからです。


lucky  自己中心的です。

     リスナーの思いは無視ですか?


リム   姉貴のリムなんでこれぐらい問題ないですよ!

     きっと許してくれます!! 

     まぁ、姉貴の言葉なんですけどね…………。


穂高のレスから、今まで短いスパンで返ってきた翼の変身が遅れ、数分待った後、ようやく翼から返信が返される。


lucky  はぁ……、なんというかあなた方姉弟は、めちゃくちゃですね……。

     頭で駄目だと分かっているのに、

     衝動的に、感情的にその選択を取ったのですか。


リム   姉貴は計算と我慢が苦手ですから……。


lucky  あなたも同じでしょうに…………。

     会社の人間をも巻き込んだ以上、

     何か突き動かされる出来事があったのでしょう……………。

     ――今、現状でリムの正体を知っているのは、私だけなんですか?

     あなた方姉弟と『チューンコネクトプロダクション』の社員以外は、

     知らないのですか?


リム   はい。

     社員さんと俺たち姉弟だけです。

     『チューンコネクト』のメンバーすらも知らない事です。


lucky  メンバーも??

     …………そうですか、分かりました。

     そういえば、まだ貴方が負けた時の条件をお伝えしてませんでしたね。

     

翼は一度そこでメッセージを区切り、連投する形で穂高に返信する。


lucky  あなたが私との勝負に負けた場合、その場でファンの皆さんに、

     中身が入れ替わっている事を公表してください。


翼のそのメッセージを見て、穂高はすぐに反応が出来なかった。


少し間を空け我に返った穂高は、焦り気味に返事を打つ。


リム   ど、どうして急に……?


穂高の焦りは文面からもよく伝わり、翼もそれには気が付いていた。


lucky  この道を選んだからには、既に覚悟は出来ているのでしょう?

     私、一人程度にバレて、このような脆さでは、

     ゆくゆく失敗するでしょう。

     もう、貴方は分かっているでしょうから隠しませんが、

     私はリムの母であると同時に彼女の大ファンです。

     前に、告発しないと宣言したのも、美絆さんの悲しむ姿や、

     私の大切な子であり、推しである彼女が消えてしまわない為に

     そう告げたのです。

     正直、リスナーを騙す騙さないは、私にとって、

     どうでもいい事です。 

     リムの担当から手を引くと言ったのは、替え玉のようなものを

     用意してしまった美絆さんに、リムに対する思いを

     疑ってしまったのが、一番の理由です。

     まぁ、美絆さんの前では、良い子ぶってたので、

     正義感が強いだの、真面目だのと勘違いされてそうですが……


(これだけ詰めといて、どうでもいいって…………)


穂高はここまでのやり取りで、やっと翼の本音を垣間見た様に思えた。


リム   だ、だったらそこまでしなくとも…………。

     

lucky  美絆さんと貴方のしたい事、やりたい事はよく分かりました。

     美絆にバトンタッチした時にも、担当は私であって欲しいのでしょう?

     私も共犯にしたいのであれば、

     それぐらいの覚悟は見せて欲しいのです。


穂高は翼から来たメッセージに、内容以上のものを受け取ったような気がし、どこか、彼女も腹を括ったような、そんな様子すらも感じ取れた。


リム   ――――わ、分かりました…………。

     その条件を呑みます。


lucky  一週間後、どれ程上達できるか分からないですけど、  

     正々堂々、貴方を迎え撃ちます。

     後、ちなみにお姉さんの病院と病室も教えてもらいます。

     ――――変な意味でなく……、お見舞いです。


穂高は翼の最後の言葉で余計に怪しさを感じたが、それを指摘することは無く、そのまま簡単に別れを告げ、その日の翼とのやり取りを終わらせた。


結果的には、穂高は増々追い込まれた状況になってしまったが、翼の本音に触れられ、このやり取りをする前と後では、気持ちが少し楽に感じていた。

     

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