第29話 姉の代わりにVTuber 29


「こ、こんな所で何を言い出すの? 弟さん??」


翼(つばさ)は笑顔を浮かべていたが、その目は笑っておらず、少し引きつった笑みにも見えた。


「悪いとは思ってます。

自分もこんな事口走るつもりはありませんでした」


「これだから、男って生き物は……」


穂高(ほだか)の行動に増々、翼の男嫌いを加速させたが、何とかその場に翼を引き留める事に成功した。


「先生はあの事を言われるのは、嫌なんですね?」


「脅しですか? ハッキリ言って、それと貴方の行った成りすましでは、比べようがない程に貴方の行動の方が悪です。

それに、私はその事を告発されても何の痛みも無いです」


「別にバラすつもりなんか無いです。

ただ、お願いを聞いて欲しいだけです」


「はッ! それでは私に何のメリットがあるというのです??

ただおもむろに私を脅かして、お願いだなんて、あまりにも無礼じゃなくて??」


翼は今まで以上に饒舌になり、そして穂高が脅しまがいに話した話題は、穂高と翼、そしてここにはいない美絆(みき)だけが知る話題であり、鈴木(すずき)と佐伯(さえき)は会話に置いていかれた。


穂高は姉から、初顔合わせの際、翼からデートのお誘いをいただいていた事を穂高に話していた。


初対面でデートだけでも驚きだが、穂高はそのデートの内容に驚愕した。


何を隠そう、翼は美絆に対して所謂(いわゆる)、ガチ恋勢と呼ばれる者であり、『チューンコネクト』ももちろん推していたが、中でも自分の担当であるリムを凄く推しており、美絆の声を愛していた。


(初めて姉貴に聞いたときは、俺も目の前が真っ白になる程、驚いたけど、マジだったとは…………。

目の前の先生があまりにも、お嬢様で上品だった為か、今の今までそんな事を話したことすら忘れてた。

それにしても、初対面で温泉旅行デートに姉貴を誘うとは…………。

人は見かけによらないよなぁ)


「こんな事、交換条件になるとは思えないですが……、俺と一つ勝負をしてくれないですか?」


「――――はぁ?」


突拍子も無い穂高の言葉に、遂に翼はお嬢様らしからぬ声を上げた。


「勝負の意味も分からないですし、何を言ってるのですか?」


小馬鹿にしたように話す翼に対して、提案し、進み始めた穂高は、既に引き返すことが出来ず、続けて突き付ける様に答える。


「姉貴は今、病院で入院してます。

身動きは取れないです」


「ッ!!」


穂高の答えに、翼は体を跳ねらせ、大きく反応を示した。


そして、その翼の反応が全てを物語り、穂高は自分の考えに自信を持った。


「リムは復帰後、まだコラボをしていないです。

リムの以前の活動を考えれば、いづれコラボする事になるのは明白。

そこで、リムの配信の枠で、俺と絵の勝負をしてください」


「―――――はぁぁぁあッ!?」


「ちょ、ほ、穂高君ッ!?」

「弟君ッ!!」


穂高の提案に、一度場は静まり返り、翼の驚く声を皮切りに、佐伯と鈴木も驚き、穂高の提案に対して動揺した。


「あ、貴方、自分が何を言っているのかお分かりですか??

私は絵描きですよ? それもプロのッ!!

舐めてるとしか言いようが…………、というより呆れて声もでません」


散々饒舌にしゃべっておきながら、翼はため息を付きながら穂高を馬鹿にする。


「舐めてもいないですし、馬鹿にもしてないです……。

先生がプロの絵描きで、素晴らしい絵を沢山描いている事も知っています。

常識的に考えても……、いや、考える必要も無く、俺が先生に勝てるはずもないでしょう」


「絵に勝ち負けはありませんが、仮に勝負できるとしても、勝てる負ける以前の話です。

私にはその勝負に乗る理由も、ましてやコラボする理由もありません。

この件は、リムの担当を降りる以外道はありません」


「姉貴の病院と病室を教えます!」


「ッ!!」


間髪入れずに放たれた穂高の言葉は、翼に刺さり、翼はそれに動揺した。


「Zoutubeに投票機能はありませんが、ズイッターを活用し、視聴してくれている視聴者にアンケートを行い、どちらがより視聴者に刺さる絵を描けたか。

それで勝負します。

先生が勝てば、先程も言ったように姉貴の入院する病院と病室を教えます。

その代わり、俺が勝ったら……」


「リムの担当を続けろと……?

随分とそちらに都合の良い提案だと思いますけど?」


「――――こちらはお願いする立場です……。

この際、この勝負を引き受けていただけるのであれば、条件は何でも従います」


穂高は断られる可能性の方が、十分高いこの現状に、体に冷や汗が流れるのを感じながら、翼の答えを待った。


穂高自身も、引き留める為とは言え、ほとんど言葉が衝動で、口をついて出た言葉に、ここまでの事になるとは、予想もしていなかったが、今彼女に担当を引き受けてもらうには、この流れに身を任せるしかないと、そう信じていた。


「――――分かりました……。

条件は今すぐには思いつかないので保留にさせて貰います。

本当に、何でも従うのですね??」


「二言はありません」


「承知しました。

仕事のスケジュールに空きをいくつか作りますから、その中で予定を調整してください。

今日はこれで失礼します」


緊張した雰囲気は翼の退出後、一気にその緊張が解け、穂高達は一先ずホッと息を付いた。


しかし、緊張が解けホッとできたのはつかの間であり、ほとんど勝手に約束を取り決めてしまった穂高に、佐伯が追及する。


「ちょ、ちょっと穂高君ッ!?

あんな約束をしちゃって本当に大丈夫なの??」


「だ、大丈夫なのかどうかは分からないです。

何とか首の皮一枚繋がったって感じですかね…………。

薄すぎて数日後には切れそうですけど……」


自分でもこんなことになると、考えもしなかった穂高は苦笑いを浮かべながら、心配する佐伯の言葉に答える。


「――――まぁ、結果はどうであれ、私達にはどうしようも出来なかった。

情けないが、助かったよ。

ありがとう、弟君」


あまりにも弁明の仕様が無かった鈴木は、契約だけ切られ、リムの担当を降りられる、最悪の事態だけは免れていた為、穂高に素直に感謝を述べた。


とはいえ、死刑執行までの期間が延びただけで、状況が悪いのは依然として変わらず、代替案を出せはしたが、あまりにもこちらにとって、不利な条件なのは明白だった。


「それで、これからどうするつもりか? 弟君」


「どうするも何も、絵の練習を素直にするしかないでしょうね……。

まともにやって勝てるわけもないんで、何か策は考えないと駄目ですけど」


穂高は卑怯な手も頭の中で思い付きはしたが、ここまで不義理を働いている翼に対して、これ以上何か粗相があれば、それこそ二度とリムの担当は受け入れて貰えない事は明白だった。


しかし、まともにやって勝てるはずも無く、絵の勝負というルールの中で如何にして、逸脱せずに戦うか、それは考えなくてはならない事だった。


「穂高君、絵の経験とかは?」


「自分で言うのも何ですけど、そこそこは描けると思います。

クラスに一人か二人いる、絵の上手い子程度には……」


穂高は自分の美術に自信を持ってはいたが、もちろんそれは学校レベル、クラスレベルの話で、全国、あるいは世界に顧客がいるプロ相手に、お世辞にも対抗できるとは言えないレベルだった。


「そう……、下手よりはでもマシね…………。

先生は平日は多忙なイメージがあるから、おそらくコラボは週末になると思う。

少なくとも一週間近くは練習する期間があると思うから、そこで練習をしてもらいたいんだけど……。

絵の練習なんて言ってもがむしゃらに書くだけじゃ、どうしようも無い。

絵の先生を誰か付けて、練習した方が良いと思う」


「俺に絵を描くプロの知り合いなんて、いないですよ」


佐伯の提案に、重圧から瞳が死んだ魚の目の様になっている穂高は、暗いトーンで答え、そんな穂高に、佐伯はハッキリとした口調で言い放つ。


「一人だけいるわ!

巫(かんなぎ) サクラ……。

現プロ絵師にして、VTuberのタレントが」


「―――――え?」


穂高の知らぬ情報であり、成り替わりをする穂高にとって、近くて遠い同期の名前に、思わず声を漏らした。

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