第28話 姉の代わりにVTuber 28
「――――あなたが今、リムさんの中に入っている方ですか?」
会議室で待っていたと思われるlucky(ラッキー)先生に、声を掛けられ、部屋の空気は一気にピリつく。
「は、はいッ! 初めまして。
六期生 堕血宮(おちみや) リムの中身、
天ヶ瀬 美絆(あまがせ みき)の弟、天ヶ瀬 穂高(ほだか)です」
穂高は先生の迫力に押され、用意してきたセリフを忘れ、思わず彼女の流れに乗るように自己紹介をした。
穂高の目の前に座る女性は若く、そこまでの歳の差を感じなかったが、彼女には有無を言わせぬようなオーラがあり、穂高はそんなオーラに飲まれ気味だった。
「そうですか……。
私は、luckyという名で絵を書いてます。
月城 翼(つきしろ つばさ)と言います。
ここに来たのは言うまでもなくッ…………」
「すみませんでしたッ!!」
翼が全てを言い終える前に、穂高はその言葉を遮るように、声を上げ謝罪をし、再び頭を下げた。
「――――何がですか?」
翼の声は依然として冷たく穂高に掛けられ、穂高は顔を上げるとそのまま質問に答えていった。
「先ほども申しましたように、先生には絵を書いていただいているのにも関わらず、このような重大な事を相談しませんでした。
その上、バレるまでは名乗る……、打ち明ける事も無く……、騙すような真似をしてしまいました」
「――――はぁ~……。
私だけでは無く、視聴者も騙しているんですよ?
一体どうゆうつもりなんですか?
訳を話してください……、話していただいたところで納得は出来ないと思いますが…………」
穂高と会社全体で不義理を働いている『チューンコネクトプロダクション』に、呆れるようにため息を話すと、翼は穂高達に事情説明を求めた。
そして、そんな翼の要望に応えるように穂高達は、今に至るまでの経緯を具体的に話し始めた。
「――――なるほど、事情は分かりました。
お姉さん……、美絆さんの願いを叶える為にリムを演じる事になったと……。
そして、『チューンコネクトプロダクション』としても、それを許したと……」
翼は軽く握った右手を口元までもっていき、下唇に沿う様に、人差し指を軽く当てるようにし、考え込むようにそう告げた。
そして、呟くように話した翼の最後の言葉に、鈴木はピクりと反応をし、佐伯も少し顔をしかめた。
その反応の意味するところを穂高は分からなかったが、続けて話した翼の話でそれは明らかになる。
「鈴木さん、佐伯さん……、私が『チューンコネクト』の仕事を引き受けた理由。
そして、貴社と私で結んだ契約を覚えていらっしゃいますね?」
穂高への追及は一時中断され、矛先は『チューンコネクトプロダクション』ひいては、社員である鈴木と佐伯へ向いた。
「は、はい、覚えております……。
男性VTuberへの絵の担当はしない。
そして、仕事を引き受けていただいたのは、リムが女性VTuberであり、中身が女性であるからです」
「そうですね…………。
そして、佐伯さん? あなたはその話をしている時、その場にいたはずです」
鈴木の答えに翼は軽く頷き、今度は視線を佐伯へ一点に絞り、追及するように質問した。
「――――は、はい……、おっしゃる通りです」
まるで尋問のような翼の言葉に、申し訳なさそうに佐伯は呟き、それを認めた。
「今回の件、バレなければ私に報告するつもりも無かったのでしょう……。
弟さんの立場、美絆さんの事情には同情しますが、会社として『チューンコネクトプロダクション』は、もう信用できません」
「この度の不手際については、一切申し開きのしようもございません」
正論を淡々と述べる翼に、佐伯はそう答えながら頭を下げ、鈴木もそれに続くよう頭を下げた。
そんなぐうの音も出ない鈴木達に、翼は追撃の手を緩める事無く、今度はゆっくりと席を立った。
「――――今日来た目的は果たせました。
経緯も良く分かりましたし、もうこれ以上話す事は無いでしょう」
話し合いを打ち切り、その場から立ち去ろうとする翼に、鈴木と佐伯は声を出し止めようとしたが、実際に言葉が出る事は無く、全面的に鈴木達が悪い為、なんと声を掛ければいいのか一瞬では分からなかった。
そんな、二人に変わり、同じ当事者でもある穂高が声を上げる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいッ!」
穂高の声に翼は一瞬ピクリと体を跳ねらせ、驚いたが、すぐにいつもの雰囲気を取り戻し、穂高に答えた。
「なんですか?」
出会った時から一貫して変わらぬ、氷の様に冷たい視線に、穂高は一瞬、躊躇(ためら)いながらも、一度発した言葉を引っ込めず、聞きたいことを素直に告げる。
「告発……なさるんでしょうか?」
「いいえ……、そんな事はしません。
ただ、私が今後、堕血宮 リム、『チューンコネクト』関連に関わる事は無いでしょう」
「そ、それは、リムの今後の衣装……、あるいは、公式イラスト等全てから手を引くという事ですか?」
「そうなります。
私がリムの絵を描く事は無いでしょう」
恐る恐る尋ねる穂高に対して、翼は淡々と穂高の質問に答えていき、最悪では無いにしろ、それに近い形の状況にある事を、鈴木達は再認識した。
翼の絵は、世間から高い評価を得ており、かねてから絵の活動もしていた為、彼女のイラストのファン、ひいては彼女自体のファンも多くいた。
そして、男性嫌いという、彼女のデメリットをもってしても、翼に絵の依頼は多く入っていた。
(ここでリムの担当絵師を降りたら、今後新衣装、他グッズに関するイラストも他の絵師が担当することになる。
もちろん、リムの絵を今後書かない事は、公表するだろう。
たとえ公表しなくとも、ファンの多いlucky先生だ……、必然的にバレる。
そうなった時、嫌でも変な噂は経つ……)
穂高は翼の言葉から、今後の活動に及ぼす影響を考え、そしてすぐに結論は出た。
「凄く勝手な事ですが、どうか、リムの担当を続けていただく事は、出来ないでしょうか?」
「無理ですね」
藁にも縋る思いで放った穂高の一言は、考える間もなくバッサリと翼の言葉で切り捨てられる。
「それは、俺が男だからですか?」
穂高は自分でもどう話を振っていけば良いか、分からなかったが、このまま何も言わず、彼女を返す事だけは、してはならないと分かっていた。
「――――それ以上に大きな問題があるかと思いますが……、それも一因ですね」
淡々と話し続け、こちらへ何かを譲ってくれそうにも無い翼に、穂高は完全に八方ふさがりであった。
(い、一体どうすれば…………。
もう、この人に担当をやって貰うのは無理なのか?
説得するにもここまできっぱりと断られたらどうしようも…………)
穂高は遂に諦めかけた、その時だった。
前日、姉の美絆と話していた会話を思い出した。
そして穂高は、おもむろに話し始める。
「先生は、極度の男性嫌いなんですよね?」
「そうですね……、この世から滅んで欲しい程に…………」
(そ、それはどうなんだ……? この世から人間が絶滅するぞ…………)
翼の言葉に、穂高は背筋に冷たい汗を描きながら、話を続ける。
「先生って、なんでリムの担当は引き受けたんですっけ?」
「ッ! そ、それは……、『チューンコネクト』を以前から推していて…………」
穂高の投げかけた最初の質問を受け、初めて翼の表情が変わり、穂高はその翼の表情を見逃さなかった。
「ほんとにそれだけですか?」
「そ、それだけとはどうゆう意味ですか……?」
今まで淡々と話していた翼は、言葉に一瞬詰まる。
そして、そんな翼に穂高は美絆から聞いた話を、翼に付きつけるよう投げかけた。
「姉貴から、こんな話を聞きました。
六期生の打合せ、担当絵師と中身の配信者が、初めて顔合わせと挨拶をした時、声を凄く褒められたと……。
そして、姉貴はッ…………」
「待ちなさいッ!!」
穂高が話を言い終える前に、翼は大声を上げ、穂高の話を遮り、最後まで内容を言わせる事を防いだ。
穂高は内心、この手が卑怯にも思えたが、ここで彼女を返すわけにはいかず、その話題を躊躇なく出し、今まで無表情で、涼しい顔を浮かべていた翼は、初めて焦りを見せ、穂高をキツく睨みつけた。
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