第27話 姉の代わりにVTuber 27


 ◇ ◇ ◇ ◇


「すみませんでしたぁぁああッ!!」


穂高は案内された部屋に入るなり、部屋の中を確認するよりも前に、勢いよく頭を下げ、大きな声で謝罪した。


「うおッ!」

「ほ、穂高君ッ!?」


穂高の突然の行動に、隣にいた佐伯(さえき)、そして部屋の中で待っていた『チューンコネクトプロダクション』の社員、鈴木(すずき)も驚いて、思わず椅子から立ち上がっていた。


「お、弟君! お、落ち着いてッ!!

まだ、件の人はいらっしゃらないから!」


「え……?」


穂高の意図を理解し、何の為にこのような行動を取ったのか、鈴木はすぐに理解し、例の人がまだ訪れていない事を伝え、鈴木の言葉に穂高は、声を零しながら顔を上げ、部屋を見渡した。


鈴木の言う通り、部屋にはまだlucky先生と思わしき人物はおらず、机とテーブルが並べられ、会議室のような部屋であった。


「先生が来る時間より、一時間程早く弟君には来てもらったから……。

この時間で経緯と、先生について色々説明したいんだ」


「な、なるほど……」


鈴木は穂高に積に付くようジェスチャーをし、それに気が付くと穂高は一礼を返し、指示された席へと付く。


その間にも、鈴木は時間もあまりない為か、話を止めることなく、続けて説明に入る。


「まず、今回の事……、非常に申し訳ない。

先生にバレてしまったのは、完全にウチの不手際が原因だ。

弟君の立場を考えれば、もっと社内で連携し、細心の注意を払うべきだった」


「い、いえいえ、起こってしまったのは、仕方ない事ですし……。

――それで、一体何があったんですか?」


再度深々と頭を下げる鈴木に、穂高は気を使いながら、本題へ切り込む。


「堕血宮(おちみや) リムの中身の入れ替わりに関して。

これは、社員全員が知っている事実だったんだ。

美絆さんが倒れた事が、社内で既にバレていたからな。

必然的に、リムが復帰配信を決めたその日に、社長から通達を出した。

この件は極秘と…………」


「『チューンコネクトプロダクション』だけでの情報って事ですよね……?」


穂高はバレてしまった可能性を色々と検討したが、まだこれといった決定的な事は思い当たらず、相槌を打ちながら話を聞いた。


「そうだ……、当然社外秘。

だけど、社内ではまるで常識といったように、この情報は共有され、遂には社員じゃない関係者にまで情報が漏れてしまった。

言い訳にしかならないが、この業界は関係者があまりにも多い。

しかも、社員でなくとも『チューンコネクトプロダクション』に精通している関係者も多く、ある若い新入社員が、リムの事を話してしまったのが、今回の事の発端だ。

おそらく、リムの担当絵師だから知っていて当然と、その様な感じだったのだろう…………。

本当にすまない」


「そうですか……」


穂高は再び頭を下げる鈴木に、上手く気の利いた返事を返す事が出来ず、考え込むように難しい表情を浮かべた。


「幸いにも、すぐに情報が漏れてしまったのが気づいた為、社外で知っているのはlucky先生一人だけだ。

lucky先生もバラさない事を、一時的にだが許してくれた」


「一時的……ですか…………」


「あぁ、一時的だ。

正直、かなり納得いっていない様子だ」


鈴木の発した言葉に、穂高は大きく落胆し、鈴木の話は穂高にとって死刑宣告をされたようなものだった。


「弟君……、一先ず、今はまだ回答を保留してもらっている状況だ。

今日の先生とのお話の方向では、ウチとの契約を切られる、最悪の場合は告発されることも視野にいれている。

あちらから見れば、ウチの会社は視聴者を騙しているようにしか、見えないからな」


「はい、そこは覚悟してきました……」


穂高は前日にluckyについて、美絆と話をしていた為、ある程度luckyがどうゆう人物か想像できていた。


それは、真面目で曲がった事が嫌いな性格であると。


「あくまで正直に、誠実に対応しよう。

弟君の思いならきっと伝わる。

変な嘘や言い訳をせず…………」


鈴木も正直、どうすればいいのか、答えは分かっていない様子だったが、ここまで不義理を働いてしまった以上、真摯に応えるしか方法が見当たらなかった。


色々悩んだ穂高も鈴木と同じ意見ではあったが、やはり不安は拭えず、どうなってしまうのか想像も付かなかった。


 ◇ ◇ ◇ ◇


『チューンコネクトプロダクション』本社。


穂高は社員と、今後の対応、対策、そして最悪の場合になってしまった時の、処置などを話し合っていたが、時間はあっという間に過ぎ、鈴木のいる室内に入って40分程経過していた。


そして、約束の時間よりも20分も早く、件の人物は本社へと到着した。


鈴木と佐伯、穂高が話し合っていると、穂高達が使う会議室のドアが軽い音を立て、ノックされる。


「どうぞ」


ドアのノックの音だけで、穂高心臓が飛び出そうな程、緊張をしたが、激しく脈を打つ心臓にグッと耐え、扉へ視線を送る。


「失礼します。

lucky先生が到着しましたので、案内します」


「分かった」


会議室に入室してきた若い女性社員の言葉に、鈴木は言葉を返し、席を立った。


そして、そんな鈴木に習う様に佐伯、穂高も席を立つ。


会議室を出た穂高達が訪れたのは、別室ではあったが同じ会議室であり、先程使用していた部屋よりも少しグレードの高い部屋だった。


「失礼します」


鈴木を先頭に、佐伯、穂高と会議室へ入室し、入室するなり鈴木は、先に部屋で待っていた女性に対して、謝罪を始める。


「本日はわざわざお越しいただいて、ありがとうござます。

そして、先生とのお約束にもあった事を破り、その事に対して先生に何の説明も無く、

事後報告になってしまいました事、大変申し訳ございませんでした」


全てを言い終えると、鈴木は深々と頭を下げ、それに続くように佐伯、そして二人の反応を見て穂高も深々と頭を下げた。


自己紹介がまだであった穂高にとって、会議室に入るなり、先に席に付いていた女性が、件の先生だとは、顔も知らない為、分からなかったが、状況からして何となくそれを察していた。


「――――――顔をあげてください…………」


鈴木達が頭を下げ、少しの間沈黙が流れると、透き通った声で女性が声を発した。


席に座った先生と思わしき人の声が部屋に響くと、それまで頭を下げていた鈴木達は顔を上げた。


穂高も隣にいる佐伯達が頭を下げ続けているのは分かった為、それまで顔を上げておらず、先生の声によって顔を上げ、初めてしっかりと彼女の姿を見た。


穂高の目の前には、佇むように凛とした、それでいて神々しいような女性が一人、席についていた。


先生と思わしきその女性は、見るからに上品であり、お嬢様といったような、佇まいから育ちが良いのは明白だった。


つい最近で言えば、同じくお嬢様である四条 瑠衣(しじょう るい)に会って、色々と会話を交わしたが、瑠衣はまだどちらかというと庶民寄りで、親しみが感じられた。


しかし、目の前に座る女性にはそれは無く、近寄りがたい雰囲気があった。


そして、その先生と思わしき女性は、部屋に入ってきた者を一人一人見やり、穂高へと視線が止まる。


「――――あなたが今、リムさんの中に入っている方ですか?」


声はどこまでも冷ややかで、鋭く凍てつくような視線を穂高に向け、女性は穂高に声を掛けた。


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