第26話 姉の代わりにVTuber 26
◇ ◇ ◇ ◇
「急に呼び出しちゃってごめんね?
ちょっと、ウチも一大事で…………」
『チューンコネクトプロダクション』本社。
本社ビルに訪れた穂高(ほだか)は、佐伯(さえき)と共に廊下を歩いており、歩いている最中、佐伯から謝罪を受けた。
「――い、いや、佐伯さんは別に悪くないんで良いですよ……。
こんなの予想も出来ないでしょうし…………」
穂高はここまで来るのに重い足取りであり、それは本社に着いてからも変わらず、目的の場所に近づくなり、どんどんと気分はどんよりとした。
(――こ、ここに件の人が…………。
なんでこんな事に…………)
穂高は心の中でずっとこの理不尽に対して、悪態を付いていた。
「そ、それで、例の方はど、どんな様子なんでしょう……」
「ど、どんなかぁ…………。
じ、実は事情を知ったのは最近なのよ」
「で、でしょうね……」
言葉に詰まらせる佐伯に、穂高の悪い妄想はどんどんと膨らむ。
「け、結構怒ってる感じですか……?
あ、姉貴に少し話聞きましたけど、難しい人だとかなんとか…………」
「お、怒ってるかは正直分からない。
む、難しい人かどうかって言われると確かに……。
美絆(みき)は気に入られてるけど……」
「そ、そうですか……。
はぁ~~~~…………」
情報が少ない現状では、自分の置かれている状況がどのような状態なのか、穂高にはまだわからなかったが、これから起きるであろうことを考えれば、自然とため息は零れ、肩を大きく落とす。
そして、そんな穂高に気が付いたのか、佐伯は再度申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「ご、ごめんね? ウチの社員のミスで……。
ただでさえ、危うい立場なのに……」
「いいえ、起こってしまった事はしょうがないです。
出来ることがそこまであるとは思わないですけど、とにかくひたすらに頭は下げてみます」
穂高はそういいつつ、気持ちの整理を少しずつ、つけていった。
◆ ◆ ◆ ◆
遡ること数日前、穂高と美絆の病室にて。
美絆は、やってしまったと言わんばかりの表情を浮かべ、穂高に携帯の画面を見せた。
穂高は美絆の携帯を見るとそこには、佐伯からのメッセージが飛んでおり、その文章を読む。
美絆、穂高君! 問題が発生したわ!
リムの情報が一部に漏れた。
まだ、世間にバレたわけじゃないけど、今後の対応によってバレる可能性も出てくる。
美絆はまだ病室から出られないでしょう?
だから、今回は穂高君に対応してもらうわ!
近日、学校終わった放課後でもいい、車は会社で出すわ。
空いている日を教えて! リムの生みの親に会って貰いますッ!
穂高は少し長いその分を読み終えるのに、少し時間を使い、そして、それを読み終え理解するのにも、時間が少しかかった。
そして、沈黙の末、穂高は声を上げる。
「は、はぁッ?! ど、どど、どうゆう事だ!?」
佐伯の文だけでは置かれた状況、そして起きたトラブルの詳細が分からなかったが、非常にまずい状況だというのは嫌でも分かった。
「多分、リムが成り代わりしてるのがバレちゃったんだろうね……。
でも、世間にバレてないって書いてある以上、配信でバレたとかではなさそう」
焦る穂高に対して、美絆は冷静に佐伯の文からいろいろな事を読み取った。
「う、生みの親って…………」
穂高が恐る恐る尋ねると、美絆は真面目な表情で穂高を真っ直ぐ見つめ、答える。
「リムのキャラクターをデザインした人……。
絵師さんだよ。いわゆる母、父と呼ばれる人」
冷静な美絆の声は、穂高の耳にしっかりと届き、姉の冷静さに釣られるように、穂高も少し落ち着きを取り戻す。
「え、絵描きがなんで……。
て、てゆうか、なんでバレ……」
「流石にバレた理由は分からないけど、良い状況じゃないね」
美絆の言葉を最後に、二人は何もしゃべらなくなり、少しの間沈黙が流れる。
「――――ど、どんな人なの?
リムの親って……」
沈黙の間、難しい表情を浮かべていた穂高は、ゆっくりと美絆に切り出す。
「リムの親は『lucky(ラッキー)』っていう、ネットでもかなりの有名人で人気者の絵師さん。
女性の絵描きさんで、リムのキャラクター絵はその人が一任してる」
「lucky……」
穂高は名前を口に出し呟くが、もともとこの界隈に詳しいわけでもなく、思い当たる人物、記憶は出てこない。
そんな、穂高を見て美絆は続けて母親の事を話し始めた。
「実は、リムの結構なファンでもあるの。
自分で言うのもなんだけど、気に入って貰えて、配信とかね?
デビュー前も顔合わせをした事があって、その時から割と良い関係だった」
「え? そうなのか??」
美絆の話を聞き、穂高は少し希望が見えたようにも思え、声色も少し明るくなる。
しかし、美絆は依然と真面目な表情で話を続ける。
「確かに、lucky先生って『チューンコネクト』にも関心があって……、
とゆうよりも、リムの親をやる前から、『チューンコネクト』のファンだったらしくて、印象は良い人なの。
だけど、一つ問題があって……」
「問題……?」
穂高は当然のようにその言葉に引っ掛かり、美絆は一呼吸置くと、その追及に答えた。
「実は、極度の男性嫌いなの……」
「――――え?」
美絆の言葉は、はっきりと穂高へ届き、呆然とする穂高に更に美絆は続ける。
「その男嫌いな事もあって、だから女性VTuberしかいない『チューンコネクト』を推していて。
会社が仕事をlucky先生に頼んだ時も、女性VTuberだから、仕事を引き受けてくれていたの」
衝撃の事実に穂高は、開いた口が塞がらず、声も出なかった。
「lucky先生、他のVTuber企業から仕事が来た事もあったらしいの。
でも、その時はその企業が所有しているグループに男子VTuberも含まれていて、
それが原因で断れたっていう事もあるって……。
lucky先生が引き受けるキャラクターが、女性であったにもかかわらず…………」
「な、なんだそれ…………」
思ったよりも深刻な状況である事に穂高は気が付き、更に佐伯のメッセージが頭の中で蘇る。
「生みの親に会って貰うって、佐伯さん言ってたぞ……?」
「そうだね……」
穂高の言葉に、美絆もただただ肯定する言葉しかなく、そして、沈黙した。
「い、一体どうすれば……」
会うこと自体は決まっていたが、穂高はどうすればいいのか、もちろん答えは見つからなかった。
そして、こんな絶体絶命の状況の中、黙っていた美絆は声を上げる。
「――――もう、バレてしまった以上どうにかするしかない。
今回の件は、私も一緒に解決案を考える。
二人で、何とかしよう……、幸か不幸か、まだ時間はある!」
美絆は腹をくくった様子で、宣言するように穂高にそう告げた。
◆ ◆ ◆ ◆
(あれから、姉貴と色々試行錯誤をしてきたけど、結局これといった作戦も練れず……)
穂高は過去を振り返りながら、これといった成果も得られていない事を嘆いた。
「初めての本社訪問が、こんなトラブルで実現するとは……」
真面目にこれからの事を推測しても、最悪な事態しか想像できない穂高は、くだらない事を考え、呟きながらリムの母親の元へと向かった。
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