第19話 姉の代わりにVTuber 19


「俺がファン……って、どうゆうこと……??」


今まで丁寧な口調だった穂高(ほだか)だったが、突然の出来事に口調が砕け、そんなことを気にしているほどの余裕は無く、質問をしてきた春奈(はるな)に尋ねた。


「え? 松本(まつもと)君に聞いたけど、違うの?」


春奈は驚いた表情を浮かべた後、少し悲し気な表情を浮かべ聞き返した。


「え? えっとぉ~……」


穂高は目を泳がせながら、少し離れた席にいる、全ての元凶である武志(たけし)に視線を向ける。


穂高が武志に目を向けると、武志も春奈たちのやり取りが気になっていたのか、簡単に穂高と目があった。


(おいッ!! どうゆうことだッ!!)


穂高は心の中で呟きながら、武志に思いが伝わるように表情と目線で、武志に強く念じながら問いかけた。


穂高の強い念と表情と状況から、穂高がなんと言わんとしているのか、感じ取った武志は、口を大きくゆっくり動かしながら、ジェスチャーも加え、口パクで答えた。


「聞・い・て・こ・いッ!!」


武志は指で春奈を刺しながら、口パクをし、それは穂高にしっかりと伝わった。


(聞いてこいって……、あれの事か??

あの噂はデマだって俺は知ってんだけどな……)


穂高は春奈が、『チューンコネクト』のメンバーの一人なのではないのか、という噂の真意を佐伯(さえき)から聞いており、その噂はただのデマだという事を知っていた。


(そういえば、デマだって事、あいつ知らねぇんだよな……。

まぁ、後でそれは教えてやるか……)


悠長に穂高がそんなことを考えていると、春奈の質問を答えるのに時間を使ってしまっており、春奈は中々答えない穂高に対して不安が募っていた。


「ふぁ、ファンでもあんまり公言とかしたくないよね……。

仲の良い友達ならまだしも…………」


「あッ! いやッ! そんな事ないよ!!」


(あ…………やべ……)


穂高は春奈の明らかなテンションの落ちように、思わず用意していた答えとは違う言葉を、口を滑らし、答えた。


「ほんとッ!? 良かったぁ~~……。

この話題で話せる人いないからさぁ~、オタクな事って、基本隠しちゃうし……。

凄い嬉しいッ!!」


「そ、そうだねーー」


とても嬉しそうに話す春奈に対して、穂高は笑顔が引きつり、返事も棒読み気味で、心ここにあらずといった様子だった。


(ま、マズい……。変なキャラ認定されてしまってる…………。

変に強く動揺したり、妙な事を口走ったりと相当な失態が無い限りは、バレる事はないとは思うけど……。

学校の人と、この話題は基本しなくないよな…………)


穂高は咄嗟に答えた自分の答えに後悔しながらも、これからの発言に慎重になった。


瑠衣も話題には興味があるのか、何も言葉を発しはしないが、穂高と春奈の話を聞いた。


「天ヶ瀬君は、どのVtuberが好きとかあるの?」


「え? あ、あぁ~~、まぁ特定の誰かとかはいないけど、好きなグループ??

企業というかなんというか……」


「箱推しってやつだねッ!!」


「は、箱? あ、うん、そんな感じかな…………」


穂高は箱推しの意味も分からなかったが、穂高の伝えたい事は春奈に伝わったように思え、思わず春奈の発言を肯定した。


箱推しとは、本来三次元のアイドルを応援する際に、使われていた造語であり、アイドルグループに所属する特定のアイドルでは無く、そのアイドルのグループ自体が好きで、グループ全体を推す事を意味していた。


そして、その言葉はVtuber界でも使われるようになり、Vtuber界での箱推しは特定の配信者ではなく、好みの配信者が多く所属する企業、グループを推す事を指した。


「どこのグループ? やっぱり、『チューンコネクト』??」


「え……? なんで……??」


穂高は、何とか少ない知識で『チューンコネクト』以外のグループを上げようとしたが、春奈にそれは遮られる。


「だって、男の子だし…………。

『チューンコネクト』のファンはやっぱり男の人が多いから。

もちろん、女性のファンも沢山居るけどねッ! まぁ、割合的に考えて『チューンコネクト』かなって……。

それに、なにより松本君に聞いたからッ!」


(武志……、あいつ…………)


何とか『チューンコネクト』の話題を回避しようとした穂高だったが、Vtuber好きを認めた時点で、穂高のその逃げ筋は既に防がれていた。


穂高は、離れた席で呑気に飲み物を飲む武志に睨みを利かせ、心の中で恨み言を呟いた。


(まぁ、必死に頭の中で『チューンコネクト』以外の企業を思い浮かべても、

詳しく話せるほど知ってるグループは思い当たらなかったわけだけど……。

元々、興味のあった世界でもねぇしな…………。

他の企業のタレントの設定やら何やらは知らないし……、勉強の為、動画を見た配信者はいるけど……)


穂高の頭の中には、Vtuber好きを公言する春奈と、語らえる程の知識を持った企業やグループは存在せず、結局のところ、春奈と話せそうな話題は『チューンコネクト』以外他なかった。


「す、杉崎さんは女子だし、あんまり『チューンコネクト』には興味ないかな?

ごめん、俺、『チューンコネクト』以外あんまりVtuber知らなくて……」


穂高はこうなってしまった以上引くことは出来ず、逆に春奈の発言を利用し、彼女が『チューンコネクト』を詳しくない事に掛けた。


しかし、そんな藁にも縋る穂高の思惑はすぐに外れる。


「うんん、そんな事ないよ!

私も正直、『チューンコネクト』以外は詳しく無いんだ……。

さっきも言ったように、割合的に女子ファンが少ないだけで、

女性ファンの数が少ないわけじゃないからねッ!!」


「そ、そうなんだねーー」


思惑が外れた穂高は返事を返すが、その返事に覇気は無い。


「天ヶ瀬君が箱推しなのは、わかったけど、強いて言うならって娘はいないの?

『チューンコネクト』はメンバー間でのコラボとかも多いけど、やっぱり一人一人、色があるわけで……。

メンバーの中でこの子の配信はよく見るとかでも……」


「え……、め、メンバーの中で……??」


穂高は箱推しと答えた為、込み入った推しを尋ねられるとは思ってもみなかったため、答えを用意しておらず、狼狽える。


(好きなメンバー??

好きも何も、他のメンバーの配信なんて、勉強の為にしか見てないし、好きも何もあるわけ…………)


穂高は自分の過去を思い返し、色々と思考を巡らせたが、そういった視点で配信を見たことがなかった。


そもそも、穂高の他のメンバーの配信を見ている様を、客観的に見た際に、それはとても異様な光景だった。


画面に食い入るように見つめ、画面では楽しい配信をやっているにも関わらず、表情は強張り、メモをひたすら取るという、配信者からしたらドン引きする光景だった。


「き、基本的には箱推しなんで、特定の誰かを追う事は無いんですけど、シノブさんの配信とかはよく見るよ。

あのリスナーとの距離感が、とてもべんきょ……、と、とても面白いんで…………」


失言を口走った穂高だったが、すぐさま発言を修正し、苦笑いを浮かべながら答えた。


「あぁ~~! シノブちゃんねッ!

私もシノブちゃんの配信よく見るよ~ッ!!

『チューンコネクト』の芸人枠とか言われてて面白いよね! 

あの時折出る関西弁も相まっていいよねッ!!」


「そうだね。

リスナーの拾うコメントもセンスが良いし、何より配信のリズムが良い。

喋り過ぎず、妙に感じる沈黙も無く……。

早口でまくし立てても、発音がいいから聞き取れる」


「あ、う、うん……、そうだね……」


動画を見て純粋に内容を楽しむ春奈の意見に対して、穂高の意見は少し妙に聞こえ、春奈は少し動揺した。


(や、ヤバい……、何となく分かる…………。

嚙み合ってねぇ…………)


ファンである事を認めておいて、きちんと好きな理由を答えられないと、余計に変に思われると思った穂高は、シノブの配信で感じた事を告げたが、春奈の反応は微妙なもので、すぐに違和感を感じた。


春奈の反応で益々焦った穂高は、話題を変えるため、思考を巡らす。


「あッ、あのさッ!!

『チューンコネクト』といえばさ、最近新人がデビューしたばっかりだよね?

新人の配信とかは見てたりするの??」


『チューンコネクト』に関して、最近あった大きな話題を探した穂高だったが、瞬時に思い浮かんだ話題は、今年の春にデビューした新人の話題しか思い浮かばず、咄嗟にその話題を口にしてしまう。


そして、その新人の中にはもちろん、堕血宮(おちみや) リムも含まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る