第8話 姉の代わりにVTuber 8


◇ ◇ ◇ ◇


「それでは、これからライブ配信テストを行います」


真面目そうなスーツを見に纏った男性の一言で一気に緊張感が高まる。


穂高(ほだか)は今、学校から帰宅後、『チューンコネクト』の社員3名と佐伯(さえき)、そしてなんと『チューンコネクト』のプロジェクトに立ち上げた企業の代表取締役までもを交え、ウェブ通話にてライブ配信のテストを行おうとしていた。


ウェブ通話ではカメラを使用し、テレビ通話の状況の中、穂高のテスト配信の出来を伺うといった形だった。


「えぇ~~と、こうして顔を合わしてお話するのは初めてだったね?

穂高君……。

君の数日に渡って投稿してもらった動画は全て拝見させて貰ったよ。

動画での出来は、まぁ及第点といったところだと思ってもらって構わない。

その動画での出来を踏まえ、君のライブ配信でどこまで美絆(みき)君の配信に近づけているかを確認させてもらいたい」


「はい……、よろしくお願い致します」


社員の言われた説明はもちろん穂高は知っており、佐伯から聞かされている部分でもあったが、改めて確認と言う形で、丁寧に説明してもらい、その重々しい空気は余計に穂高の体を強張らせた。


穂高はただ素直に返事を返す事しか出来ず、ウェブ通話にて見慣れた佐伯の姿も伺えたが、彼女もまた表情は硬く、穂高と同じように緊張している様子だった。


「では、早速だけど配信をしているつもりで、ゲームをやって貰えるかな?」


「分かりました……。

じゃあ、まずはよく『チューンコネクト』のメンバーがやられているゲームから…………」


穂高はそう言うと、自分のモニターをライブ配信に切り替え、ウェブ通話にいる人たち全員に見える様に画面共有をした。


穂高が行ったゲームは『ピクセルクラフト』と呼ばれるゲームであり、自動生成された世界は全てピクセル状の物となり、自由に何かを作ったり、冒険したりと出来るゲームであった。


自由度の高いゲームであり、遊び方はプレイヤーに丸投げといった雰囲気もあったが、その自由度の高さから、プレイヤーの発想だけでどこまでも遊べるといったゲームであった。


まったりとしたゲームでもあった為、しゃべりながら配信をすることにも適しており、様々なストリーマーがこぞってやる人気のタイトルだった。


「それでは、始めさせてもらいます」


穂高は緊張でガチガチのまま、配信を始めていった。


◇ ◇ ◇ ◇


「う~~ん、鈴木(すずき)さんはどう思った?」


穂高のテスト配信が終わるなり、社員同士の意見交換に変わり、穂高もその会話を聞いてはいたが、あまりの緊張と、テスト配信を一応やり終えた達成感から安堵し、会話の内容はあまり頭に入っては来なかった。


(ピクセルクラフトは一応やった事もあるから、操作とかは慣れてるにせよ、このゲームってこんなに面白くなかったか??

――てゆうか、こんな環境じゃ、何やってもゲームが面白く感じられない自信があるわ…………)


穂高は自分のテスト配信が終わるや否や、自分の悪かったところ直しどころを考えていたが、途中から思考は脱線し、あまりにも辛い環境だったことに嘆いた。


(一応、姉の声を外さずに似せたまま配信はできたと思うけど……。

似てるだけじゃ駄目だしな…………。

――っていうか、大前提として、今の配信面白いかッ!?)


似ているだけじゃダメな事は、誰よりも穂高が良く知っていた為、今まで必死に練習し、全てを出し切れたと思いながらも、後悔ばかりが頭の中を埋め尽くす。


そんなネガティブな事ばかりが思い浮かぶ、穂高に不意に声が掛かった。


「えぇ~~と、穂高君。

一応、明日もテスト配信の予定で入るけど、社員の意見を総評すると、正直、君に任せるのは無理だと思ってる」


「え…………?」


穂高は一人の眼鏡をかけた社員の言葉に衝撃を受け、固まった。


しかし、そんな穂高の心境など知る由も無く、社員の男は続けて話す。


「確かに堕血宮(おちみや) リムの声である。

だけど、似ているだけで堕血宮 リムの配信ではない」


「北川(きたがわ)さんッ!?」


北川と呼ばれる社員は、続けて辛辣に、淡々と穂高に現実を見せつける様に話し、北川の主張に我慢ならなかったのか、佐伯は反論するように声を上げたが、佐伯の声は別の社員の声に遮られた。


「佐伯! 今回お前は査定側を外されただろ??

短い期間だが、二人三脚で一緒にやって、ここまでにレベルに仕上げたお前の気持ちも分からんでもないが、今回は引け!

弟君。

お姉さんの事だから良く知っているとは思うけど、彼女の配信は大胆不敵だ。

新人でありながらも、フットワークの軽さと親しみやすさからどんどんと多方面にコラボをし、相手を生かしながら自分も輝くといった配信のスタイルだ。

私達は新人の中でもその型にはまらず、いろんなコミュニティに飛び込む彼女に期待している部分も大きい」


「ここで入れ替わりをして、変にコケさせるわけにもいかないんだ。

明日のテスト配信を行ったとしてもこの考えは変わらないだろう……」


「そんな…………」


佐伯を含まない社員三人の意見は同じであり、覆りそうにもない現状に、佐伯は思わず声を漏らし、穂高はこんなにもあっさりと駄目だと決まってしまう事に、衝撃と彼らの言い分もよく理解できたため、何も言い返すことが出来なかった。


穂高は心の中で小さな違和感を感じてもいたが、それ以上にとてもじゃないが、出せる気のしない高いクオリティと要求に絶望を感じ、その違和感についてそれ以上考える事も無かった。


そんな、反対派一辺倒の通話の中で、ようやく今まで一言も発していなかった彼が声を上げた。


「私は別に悪くないと思っているよ??」


考え事ばかりで会議中の話を聞き洩らしていた穂高は、その言葉で我に返り、声の主を確認した。


穂高に声を掛けたのは、代表取締役である山路 現彦(やまじ ありひこ)だった。


社長の顔として、『チューンコネクト』のファンにも知られる彼はある種、有名人であり、ファンからは親しみを込め「ヤマジー」と呼ばれる事もあった。


山路の事はもちろん穂高は知っており、山路の言葉に驚いた。


「堕血宮(おちみや) リムとして配信を聞けたと思うし、任せてみてもいいかなとは思う」


「社長ッ!?」


反対意見が濃厚だった場に発せられた山路の言葉に、思わず他の社員は驚く。


「まぁまぁ、別にいいじゃないか~、やらせてもみても……。

この件は、元はと言えば美絆君の提案なんだろ? 彼女が命がけで配信しない為の代替案として弟に託す事を選んだんだ。

これは堕血宮 リムとは口が裂けても言えないなというレベルじゃないのであればやらせてみてもいいだろ」


「しかし、仮にバレなかったとしても、美絆さんに戻った時に総合性が……」


「復帰後のリスクまで考え出したらフェアじゃないだろ?

似てるか似てないか。

リムとして配信できるか、できないかのテストなんだから……」


誰もこれは堕血宮 リムの配信では無いと心から断言することが出来ないのか、山路の言葉で、遂に反対派の社員は反論を返すことが出来なくなっていった。


そして、誰も話さなくなった場で、続けて山路は口を開く。


「北川がさっき言ったように、確かに本来の堕血宮 リムのスタイルは各方面にコラボをしていく配信スタイルだ。

だけど、リムの配信はそれだけでは無かったろ?

きちんと一人だけでの配信も行ってきたし、雑談の配信も好評だ。

大胆な企画とコラボが目立っていただけで、穂高君の行う配信がリムの配信ではないとは断言できない。

それにな、私はたとえ失敗しても構わないと思っている……」


「え…………?」


山路の最後の言葉にその場にいた全員が驚きの表情を浮かべ、誰の声かも分からないが、困惑した声が漏れた。


しかし、そんな空気に臆することなく山路は続ける。


「私達の仕事は失敗したとしても全力でフォローする事。

リスクを考慮して雁字搦(がんじがら)めにすることじゃない。

こんな事言ったら変だが、ウチの配信者達が落ち込んでいる時こそ、私たちの出番なんだ。

企業に所属して、どんなにサポートを受けていたとしても、配信する時は一人。

成替わりなんて、常識的に考えれば難しいなんて百も承知。

それでも、ウチの配信者がやりたいというのであればやらせるべき。

ウチの社員と配信者なら失敗してもなんら問題ない」


山路の言葉にそれぞれが思う部分があったのか、佐伯を含めた『チューンコネクト』を担当する社員の顔つきは自然と引き締まり、穂高もまたその言葉に奮い立たされた。


「ただ、穂高君。

成替わりを行うにあたって約束して欲しい事がある」


「な、なんでしょうか…………」


真剣な山路の表情と空気で自然時は引き締まり、穂高は生唾を飲み込んだ。


「これからどんなに辛い事があったとしても、決して折れないで欲しい。

私達がどんなにフォローできたとしても、配信者の心が折れてしまえば、私たちはそれ以上どうする事も出来ない。

美絆の復帰まで、最後までリムとして配信を全うして欲しい」


山路のその言葉に、穂高はただ力強く頷いた。


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