第9話 姉の代わりにVTuber 9
◇ ◇ ◇ ◇
ライブ配信テスト二日目。
昨日のテストから社員を含め心意気が変わり、この日はリムとしての適性を見るというより、どうすればより美絆のリムに近づけるか議論し、そして配信での注意を徹底的に叩き込まれた。
「穂高(ほだか)君!
そのエピソードは駄目!!
慣れてないのに、あまり地元の情報を出し過ぎると簡単に特定されちゃうから。
県くらいならまだ問題ないけど、その話は市ぐらいまでは割れちゃう。
学生で気軽に引っ越しもできない身分でもあるんだから、そこには気を付かって」
「はい! わかりました」
「穂高君、北川だけど。
配信が始まってからは自身のエピソードトークやらは避けようか?
配信経験もあるからお話として、聞いていても面白いけれども、穂高君は話すエピソードが減ったとしても増える事は難しいからね。
他の子であれば、裏でやり取りした時の、ちょっとした小話とかを配信で流せるかもしれないけど、バレるリスクもある穂高君は、他メンバーとの交流も消極的になるだろうしね。
身の上話は大切に。
会話の流れとしては、コメントを拾って、そこから会話を広げる形が理想かな」
「はいッ!」
絶え間なくアドバイスを貰い、メモを必死に撮りながら、何度もリテイクをし、穂高は息のつく暇も無かった。
今日の通話のメンバーは昨日に引き続き、佐伯を含めた社員4人であり、今日は、代表は別件があるという事で山路(やまじ)の参加は無かった。
詰め込み過ぎに思えなくもない環境だったが、ここで言われてしまうような事はこなせないと、何千何万と視聴者の来る配信の前では、通用しない事も確かだった。
「一応、裏でのやり取りは継続して美絆にやってもらってます。
ディスコードやLINEでメンバー同士やり取りしてますけど、その情報も穂高君には流してもらう形になってます。
穂高君、コラボとかは消極的にこちらから誘わない形になってるけど、配信でメンバーの裏話をする分には問題ないからね?
とゆうか、じゃんじゃんそういう情報は流していって!」
「了解です」
穂高はこの話が病室で決まって以降、姉から逐一ディスコードやLINEのチャット履歴を拝見しており、メンバー間で行っているイベントや準備している企画を把握していた。
最初はチャットの履歴を盗み見るようで、気の引けていた穂高だったが、覚悟が決まってからは、チャット履歴をきちんと隅々まで確認し、会話している言葉遣い等で、姉と特に親しいメンバーも心得ていた。
穂高はこうして様々なアドバイスを受け続け、このテスト配信は3時間にも及んだ。
「ここまでかな……。
来週の始めの日曜日から復帰してもらう予定だし、明日しっかり休んで準備してもらって、日曜日、頑張ってもらおう」
北川はふぅっとやり切ったように息を吐くと、自身の腕にしている腕時計をみながらそう言葉を発した。
「正直、ここまで良くなるとは思ってなかったよ!
最初に動画を送ってきてもらった時は、似てはいるけど駄目な感じしか、しなかったんだ……。
ここまで頑張ってくれてありがとうな、弟君ッ!」
「鈴木さん……、あ、ありがとうございます…………」
鈴木はすっきりとした迷いのない様子で、清々しくそう穂高に伝え、穂高はそんな鈴木の言葉に思わず涙腺が緩んだ。
「おいおい! 本番は明後日からだぞ??
まだ感傷的になるのは速いだろ? 穂高君、しっかり見守っててやるから、気張ってけよッ!!
失敗しても、社長も言ったように俺らが何とかしてやる!
配信に炎上は付き物だからな! 火消は得意だぞ!!」
「すみません……、ありがとうございます…………」
もう一人の社員、篠塚(しのづか)の言葉にいよいよ我慢が出来なくなった穂高は、下を向き画面の向こうにいる人たちに顔は見られないよう答えた。
しかし、声は明らかに震えており、穂高が涙しているのは言わずとも、全員が分かっていた。
「じゃあ、俺たちはここで退出させてもらうぞ。
佐伯は明後日の最終打合せもあるだろうし、まだ残っておけ。
頑張れ、穂高君!」
難しい表情ばかりだった北川も、最後に優しく微笑みかけながら、穂高にエールを送ると、次々と通話から抜けていった。
そして、ウェブ通話には佐伯と穂高の二人だけとなった。
「いい人ばかりですね……」
社員が抜け落ち着きを取り戻した穂高はポツリと呟いた。
「厳しい人ばっかりだけどね?」
「確かに厳しくもありました……。
でもありがたかったです」
「穂高君……。
この一週間の特訓で、多分自分でも気づかない疲労が沢山蓄積されてると思うの。
復帰配信を日曜日にしてもらったのも、明日にテスト配信の練習を中止したのもきっちり休息を取った上で、復帰配信に臨んでもらうため。
明日はしっかりと休んで、明後日に備えてね」
「わかりました……」
穂高は明日もこっそりと練習を兼ねて、動画を何本か取るつもりでいたが、そんな穂高の思いも見透かしたように佐伯は釘を刺した。
「あ、あぁ! あとそれからなんだけど、ジスコードに穂高君の個人ケータイを招待したいんだけど教えて貰ってもいいかな」
「え……? 大丈夫なんですか??」
「美絆のサブのアカウントって事でメンバーには説明してあるから大丈夫。
穂高君はジスコードとか普段使ってたりする」
「ジスコードは大丈夫です。
使ってないんで新しくアカウントを作っておきます」
「そう! 良かった。
普段使いしてると、別のアカウント作ったりしないと身内バレしちゃうからね。
pine(パイン)はちょっと怖いから、流石に無理かな……。
そっちは今まで通り、美絆から画像を送って貰って」
「了解しました」
穂高は佐伯の話を聞きながら早速、忘れない内にジスコードのアカウントを作成し始めた。
「それじゃ、今日も長く配信してもらっちゃったし、そろそろ私も退出するわね?
他に何か気になる事とか、聞きたいことがある?」
佐伯の問いかけに、長い配信から解放され気が抜けたのか、学校で聞いたちょっとした噂を思い出した。
「あ、あぁ~~、復帰配信とはあんまり関係ないんですけど、思い出したんで一つ……。
俺は桜木高校の生徒なんですけど、なんか噂で生徒の中に『チューンコネクト』の配信者がいるって噂が…………」
「えぇッ!? ま、まさかッ! もうバレちゃったのッ!?」
バレる事に敏感なのか、佐伯は焦った様子で穂高の言葉も遮り、復帰配信をしてすらいない穂高を疑った。
「いッ、いやいや俺じゃないですよ!
まだ、リムとして配信すらしてないですし、普段の声と違うし……。
佐伯さんから聞いた事ないですけど、もしかして、俺と同じように高校生で、更に桜木高校で配信者として活動してるメンバーっていたりするんですか?」
「そ、そうよね……、穂高なわけないわよね…………。
高校生でって娘は正直言うといるけど、穂高君と同じ高校じゃないわ。
――――うん、ありえないわ」
穂高からの情報で佐伯はその場ですぐに調べ、穂高と同じ学校に通うメンバーがいない事がハッキリとした。
「そういう報告は多いし、誤情報も多いから……。
ただ、身の回りでヤバそうな雰囲気を感じたらすぐに連絡して。
対策を考えるから……」
「はい、ありがとうございます」
穂高の質問に答えると、佐伯は「じゃあね」と一言別れを告げると、ウェブ通話から抜けていった。
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