発端/4

見つけた 見つけた これにしよう

そうしよう 相談しよう 帰ってくる


あれにすると そうしよう




「……、ッ!」

己を呼ぶ声がした気がした。目を開けて飛び込んできたのは、見知らぬ誰かの部屋だった。


◇◇◇◇

翌日、よく晴れた日の早朝。


二人の男が互いを非難し合いながら道を歩く。

会社に向かう人、学生服を着た者、仕事中なのか急ぎばやに歩く人…通りを行き交う人たちが眉をしかめる。

十人縦に並べば十人が耳を塞ぎたくなるような声の大きさだ。


怒鳴り合いであればまだいいが、煽りに煽りを重ねるぶつけ合いである。


次はどうなるんだ、いつ胸ぐらを掴み合うんだ。


生物としての基本能力、危機回避能力が働き、周囲の人間の心は二人に向かっていた。


「起こせよ!」

首元をまさぐりネクタイを結ぼうとしたが、ネクタイが無いことに気付いた禊が、隣で小走りに歩く高橋をけなす。


「秒で起きるから後ちょっと寝かせてって言ったのはどいつだ!」

整えられたシャツの高橋は、手に持ったスマートフォンで時刻を確認する。

高橋はこれでも遅刻したことがない。

今回は足を引っ張る者がいた。


「酒は苦手だと言っているのに麦茶と言いながら馬鹿高いアルコール度数の酒を麦茶で割ったのはどこのどいつだ!」


くたびれた通勤鞄から途中で購入したペットボトルを取り出し、歩きながら水を飲んでいく。

そうでもしないと汗で出ていくのと体内で消費される分で水分が足りなくなり脱水症状を起こしそうだった。


居酒屋で飲もうと誘われ、社長からの依頼の件や、高橋のことをこれでもかと責めてやろうと考えていたのに居酒屋に着いてからの記憶はあやふやだ。


禊は己から酒の匂いがすることに気付いたのか、首を動かし鼻で大きく息を吸うも酒の匂いがしたので吐きそうになり、その吐きそうになった己の息の臭いに鼻が曲がりそうになるという拷問を一人で実行していた。


隣で見ていた高橋の口角は微かに上がっているが、試練に耐える禊には知る由もない。


「ごめんなさい。酒については悪かった」


「も、だ、酒について『も』!どうして人の家で起きなくちゃならない!」


なるべく家に帰り、その日の汚れはその日の内に落としたい禊にとって、朝一番に目に入った光景が友人の歯磨き姿なのは受け入れ難い現実だったらしい。


「多少の量ならいけるかな〜なんて日本酒を頼んだだろ!そこから記憶が飛んでるんじゃないのか!!?」


高橋は鋭い反論を投げた。


二人共の吊り上がっていた眉の形は一瞬まっすぐになり、僅かの間立ち止まり、歩き始めた。


「禊、」


話しかけられた当人は己の行いを頭から必死に取り出そうとしているので上の空で相槌をうった。


「禊〜、やめよう、不毛だ。昨日のことは流そう、そうしよう」


高橋はもう一度手の中で時刻を確認するも、ある考えに至った。


隣の(酒に弱い)友人が明日、としか宣言せずに会議室を飛び出したため、いったい今日の何時なのか、集合場所はどこなのかも打ち合わせていない。


すぐ酒に溺れたために、確認するという大切なところが抜けていた。


いつもの癖で定刻通り出社しようとしている。


馬鹿をやった。


「あああああああ〜、真面目だけが取り柄なのに!」


喧嘩の次は自己嫌悪か。お前は真面目じゃない。疫病神だ。

おもしろいやつだなとそっと笑いながら禊は社長に電話をかけ始めた。

社長が出社するまでまだ時間がある。


今は家にいるんじゃなかろうか。そもそも電話番号をいつ?と感じつつ、

高橋はこいつのこういう度胸があるところは尊敬すると思った。






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