発端/2

そこには噂好きのヤツの姿…高橋がいた。

顔の前で両手のひらを合わせ、申し訳なさそうにごめんと意思表示している。


お前か。


「社長、この高橋から、退職の意向をお聞きに?」

高橋とはなるべく目が合わないように口をきく。


「そう、惜しい人材だからねぇ。君がいるだけで随分場が整うというか。必要な人なの。なんとか留まってくれないかなぁと思って。そしたらねぇ、ベストタイミング!困ったことが起きてしまってねぇ。助けて欲しいんだぁ」


お母さんのようなこの人に頼まれると、断れない。

己で選択肢を塞ぐ前に、この人に塞がれてしまった。


「頼まれて欲しいのはね、殺人事件の調査なんだ」


先ほどと同じ調子で続けるものだからうっかり頷いてしまいそうになった。

これは手に負えそうにない。


日常が崩れる未来が見える。


「はぁ、……はい?」耳がとうとうおかしくなってしまったのやも。


「禊、俺とコンビを組んで調査だから、安心してくれ!」

ここまで落ち着かない安心してくれ!は、高橋については幾度も経験してきているので、聴こえないことにして。


「さつじんじけん、ですか?警察に内通者でも?一般人が関わってはいけない域のお話です。外部に情報を漏らすのは法律で禁止されています。辞退いたします」


絶対に嫌だ。警察を疑ってはいないが、どうかしている。

捜査協力などあり得ない。


「そうだよねぇ。でも行き詰まっていてねぇ、猫の手も犬も借りたいくらいで。親戚のとある一家が亡くなったんだけど、どうやら一家心中ではなく、外部犯らしくて。また別の独身男性も変死体で発見されたので調べてもらうと外傷による出血性ショックだった。遺体に残った防御創から、同一犯ということがわかってねぇ。亡くなった人達には共通点が見つからなくてねぇ。まったく異なる視点からの意見を取り入れたいんだ」


「日本の警察は優秀です。猫や犬の手を借りずとも辿り着けるでしょう、ましてや私はなんの取り柄もないそこらにいる一般人。役に立ちません」


事実のみを並べる。


社長に間違った方法をとっているのだと気づいてもらわねばならない。

普段うるさい高橋は、固唾を飲んで見守っているが、こういう時こそ進言して欲しい。


動け、意見を述べろ、と目で訴えるも…首を振っている。

介入する気はないらしい。


「信じているよ、禊君。君がまとめてくれた便利ノート。誰も気づかないようなことまで記されている。この、社長の姿を見かけたら、の項目なんて、よく出来てる!ふふ!」


喜色満面でタブレット端末を操作するこんな社長、見たことがない。

もしかしたら弱みを敵に送ってしまったということだろうか。


「しゃ、しゃちょう?そのタブレット端末は、どこ、どなたが?」


「これかい、目の前にいる高橋君だよ。おもしろいものがあるとみんなに自慢して回っていてねぇ、聞いたら君が作成したものだと言うじゃないか。社内で出回る情報を把握するのは上に立つものの義務だよ。ありがとう、よくできているよ!」


高橋ィ。

高橋は口笛を吹いて窓際に移動した。

社長は端末操作に夢中になっているので、窓際まで行き、高橋を問い詰める。


「オフラインで保存してたじゃないか!なんてことしてくれたんだ!」


声が怒りで震えている。

冷静に友人に怒りを伝えよう。

高橋ィ。


お前のせいだ!





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