発端/1

◆◆◆


思い立ったが吉日。行動は早いに越したことはない。

辞表という形式張ったものを書く必要はなく、名前や簡単なアンケート入力で己の社会活動は幕を閉じた。


部下もいない。

社内の便利屋さんという業務内容なので誰でも熟すことができる。


次に入ってきた者に託す便利ノートなるデータは共有パソコンの中に残したがこれも活用されず終わるだろう。


あそこのトイレはドアがよく壊れる、呪われているのか?という噂は噂だ、トイレのドアを破壊している輩がいる、気をつけろ。エレベーターを利用しても無駄だ、エレベーターを独占している部署がある、そこの部署は弁当の買い出しを頼んでくる、大量にだ、声をかけられた日はアンラッキーだと観念しろ。よくカードキーを紛失する部署がある、そこの部署には足を踏み入れるな、常に雰囲気が最悪だ。後ろには注意しろ、意味のわからない質問をしてくる社長は神出鬼没だ、いい人には違いない、違いないんだ。


…振り返るとよく弱音を吐かず毎日働いていたな。


なんて会社だろう?

これが社会の洗脳というやつか。……。


転職するまでは雇用保険なるものがある。

その中の失業手当。数ヶ月は労働時の何割かの収入を得られる制度だ。なので余裕を持って探せる。


幸い人生に大きな目標はない。

ごくごく平凡な暮らしを求めている。


ゆっくり探そう。


そうして新たなる第一歩を踏み出そうとした矢先。


似て非なる正義を持つ…そう…とても寛容な社長に呼び止められた。

どうしてよく遭遇するのか。

運命という戯言を信じる気はない。


アンラッキーだ。観念しろ。


「はい!こんにちは!御用でしょうか⁉︎」


もうやけになっていた。


本日付で退職できるらしく、事務方には簡素な感謝をいただいた。

雑用係でも助けになれていたらしい。


契約社員でもそれなりに人と仲良くしていたので惜しまれたが、勧誘…誰にも話していない…しつこく、あなたは天性の魅力があります!教祖となれる器かもしれません!何卒、共に精進致しませんか?とキラキラした顔で誘いを受けたこともある…の話題を出すと

「ああ………」

とお察しいただけたので晴れて無職となったのだ。


即日無職とはこれ好日。


と嬉しくなっていたのに。どうやら裏があったとみられる。


「禊君…。少し頼まれてくれないだろうか…手を貸して欲しい」


知っている。立場がある人の少し、とは、普通でいうところのたくさん。


厄介ごとなのだ。


流石全員の名前と経歴、顔を頭に入れているお人だ。


グループの人数は三桁を下回らず、傘下を頭数に入れると夥しい顔を覚えることになる…只者ではない人なのだ。


「社長…お困りなのですね。出来ることであれば、喜んで」


直接のお願いとあらば、本心がどうあれ断るという道は塞がなければならない。


今度は胸ではなく胃がキリキリと痛む。

重たい話なのだろう、こちらへ、と促され、会議室へと向かう。




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