序/2

◇◇◇◇

ここは普通の、ありふれた、どこにでもある、そこそこの数の人が勤めにいそしんでいるビルの一角。


経営は順調なようで、最近開発された最新機器や話題の製品は一通り揃っている研究熱心な社風だ。

その中の端で雑用係として勤務しているのが、これから厄介ごとに巻き込まれるのを知りもしないみそぎという人間である。


なんとも人懐っこそうで平凡な顔で業務にあたっている。


「事務作業もお任せください。企画?楽しいことを考えるのは好きです。人事?高橋に任せたほうがスムーズです、内部監査もお手の物です。なにせあいつは情報が早い。人をみる目も肥えてます。デマを吹聴する確率も高いですけど。雑務ですか?あ、買い出し。買い出しですね、わかりました行ってきます」


「何ができる?」


問うてきた社長に言葉を返す。

こうして禊の朝ははじまった。

午前中にすこぶる動き回ったのか、昼食スペースに座る背中はどことなくいつもより丸くなっている。


「契約社員は辛い」

誰にも聞かれないように蚊の発する羽音よりも小さく。

丸まった背中の主人は囁く。

結婚する気もなく、周りの同僚達は寿退社、育休。時代も変わり、パパが育児休業を積極的に利用するようになった。いい時代になった。このまま一人で孤独に死んでいくのだろうか。

それもいいか。

気軽に付き合える単身予定の友人と暮らそう。

そんな漠然とした将来の展望を拡げていた。




どうして契約社員が辛いかっていうとだ。

いや、わかりきっていることを言うのはやめておこう。

正社員にならないお前が悪いのだと言われかねない。

それなら、どうして契約社員のままこの会社にいるのか理由を述べるべきだ。


それは…これだ…。


数人の人間達が大きな荷物を抱え、大きな包みから、大きく見やすい文字が書かれたボードを掲げ始める。


次に、拡声器を取り出す。

こう言う。


入会するとご加護によりあなたは目覚め、新しい幕が開く、さぁ、共にこの世界を光で満たしましょう!…………………………………………。


似たような文言が続くので割愛させていただくが、彼らには彼らの正義がある。こちらにも、こちらの正義がある。


こちらの正義は「自由を尊重すること」。


様々な意見はあっていい。

二週間に一度、こうして勧誘は実施される。


美味しい、手作りの米の塊だ。


海苔も巻いていないが、仄かな塩を感じる大切なおにぎりなのだ。走り回ってからやっと座れた貴重なお昼休憩。


それを。


この。


耳を塞いでも入ってくる。


社長に直談判したところ、奇しくも同じ正義を持ち合わせており、自由を尊重するのがポリシー。

別物ではないが同じものでもないところがポイントだ。

とても好きである。

属している人達や、自由を尊重しようという社風。


好きである。


社長はこう言った。


あの人達もどこかで発散させてあげないとねぇ、社食でやると大勢に語りかけてる気になれるでしょ?聞こえてないフリをしてあげてよ、ふふふ。


「辞めよう…」

己の顔がとても清々しく穏やかな笑顔になっているのがわかる。

どこかおかしい。


「大きな勤めでも終わったかのような…死ぬ間際のような笑顔ですね。隣に座ってもいいですか?」


現代っ子がまたやってきた。

両手にはラーメンの乗ったおぼん。おぼん?トレー?

…ラーメンは美味しそうだ。


食べ過ぎているので控えていたが、仕事帰りに新店舗を開拓してみるか。


「おっ、現代っ子。どうそ。年頃の美女がこんなおじさんの隣で大丈夫か?」


机に収まっていた椅子を引いて手でどうぞと合図を送る。

本当にこんなおじさんと話して大丈夫だろうか。

同年代とわいわい騒ぎながら食べた方が料理も美味しくなると思うのだが。


現代っ子は腰を落ち着け、割り箸を分割し、いただきますと唱えた。





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