第40話:宿屋談義

「なあ、ハコミ。あの黒犬がまた戻ってくるっていうのはどういうこと?」



 薄汚れた木製のベッドに、腰掛けながらクライブは尋ねる。ハコミはお風呂に入ったために濡れた髪をタオルでガシガシと拭いながら、備え付けの椅子へ深く腰掛ける。



「ん、ああ。今日、ほら、ゴブリンの伝承が俺が元居た世界とそっくりだって伝えたじゃない? それと一緒ならまた復活するよ。悪魔の使いだとか、魔女の使いとか色んな民話があるけど、まあこういうのは大元を立たない限り、時間をおいて復活するのが民話伝承のお決まりなんだよ」



「そう、なんだ。 …ハコミ、君は"魔女"が迷宮遺跡アグナの心臓と関係あると思う?」



「ほぼ確実にあるでしょ。"偶然"、異変がホーンド街と同時期に発生して、"偶然"、光る木、いやに関連した伝承がこの街でも起きた。魔女騒動は偶然の産物というよりも"必然"だったんでしょ」



 ハコミはそう言い切ると、椅子に思い切り背をもたれかけさせて天井を見上げる。無地のワンピースの寝巻きを着て、足をパタパタと宙で動かしながらさらにハコミは口を開く。



「それに近いうちにもっと酷いことが起きるんじゃないかな? それこそ疫病が流行ったり、人が住めないような土地に変わったりとかさ。図書館を荒らしたり、黒犬をけしかけた時も魔女は姿を見せたんだよ、『私が犯人です』って。魔女の認識を広げてほしいみたいに。それも人の噂に上る程度の人数相手に、さ。なんでだと思う? 噂を広げたいなら人がひしめく広場の中心で高笑いしながら虐殺すれば1発で噂が広がるのに」



「さあ、わからないけど。魔女にそこまで力が戻ってないから、とか?」



「まあ、半分正解かな。あとは人間ってのは"正体のわからないもの"、つまりその人間自身が想像出来ちゃう相手に1番恐怖するんだよ。だからこそ"想像できる余地"がある相手の正体を必ず探ろうとするのさ。例えばクライブ、君は俺の正体を探ってたよね? 人間ってのは"安心"したいのさ、相手の正体を知ることで対策とかも取れるしね。だからこそ、近いうちにこの街の人は"魔女"の伝承に辿り着くんじゃないかな。それが魔女の力になるとも知らずに、調べて、広げて、恐怖して。そうなってからじゃどうしようもないんじゃない?」



 ハコミは他人事のように言い放つ。ある意味、ハコミは当事者であるにも関わらず、今はただ喋るだけで髪の毛の乾燥をゆっくりと待つばかり。なんの対策も立てようともせず、大きくあくびをしてばかりであった。クライブは見かねてハコミに反論する。



「君はこの街がどうなっても良いって口振りだね。もしかしたら、いや、ほぼこの魔女の異変も僕らに関係があるのはわかるだろう?」



「それで?」



「いや、僕らがこの街の異変を解決する方法がないかなって」



「可能性が現時点であるとすればアグナの心臓にある、かもしれない大地の知識光る木を潰しにいく、とかじゃない? ただ、俺はもっとこの地域の魔女に関わる伝承を調べてからの方が良いと思うけどね。流石に情報がなさすぎて、動きたくはないよ。神話伝承に命を賭けても良いって思ってるけど、伝承にほとんど絡んでないのに無駄に命を張って遺跡迷宮の中に入りたくはないよ」



 そう言うとハコミはクライブの隣のベッドへと潜り込む。クライブは何か言いたげな表情を浮かべていたが、ため息を吐くと明かりを消す。



 そしてその翌日。

日が落ち始めた時分、ハコミとクライブは装備を整えて迷宮遺跡アグナの心臓の前へと立っていたのだった。

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