第38話:魔女の追跡

「それは何の前触れもなく現れました。突然、街中に真っ黒な大きな犬が現れたかと思うと、街の人間を食い殺しました。当然、町の人間はそれを見て逃げ出しました。ただ、を除いて。うまく逃げ出せた何人もの人間が証言したんです。つばの広い三角帽子を被った女が笑いながら惨劇を見ていた、とね。 …実を言うと、町の中に紅い制服を着た衛兵がたくさん居たでしょう? 普段はあんなに居ないのですが、その騒ぎのためにあそこまで人員を配置してるんですよ」



 そこまで語り終えたヨール司書はふぅ、と小さくため息を吐く。

そのため息で燭台の蝋燭の火が僅かに揺れて、小部屋に伸びた3人の影が揺らめく。ハコミはそこまで黙って聞いていたが、そこでふと疑問をぶつける。



「…すみません、話の腰を折るようで言いにくいんですが。魔女に関連してのお話で、魔女が持っていた紅い宝石って『賢者の石』とか呼ばれたりしてませんか? それにこの街近くのアグナの心臓遺跡迷宮で”光る木”の伝承をなにかご存じではないですか? はっきり言うと、ホーンド街の異変とこの街での異変に何か繋がりがあると思ってるんです。ホーンド街で異変が起きたときに、アグナの角で光る木と賢者の石という紅い宝石を見たので」



「そうですね…"賢者の石"というのは聞いたことがありませんが、"光る木"の話も聞いたことはあります。とは言っても御伽噺おとぎばなしの片隅にあった話ですが。曰く、光る木は"大地の知識"と呼ばれており、その木には実ではなく真っ赤な石が付く、と。そしてその石を持つものに長寿と繁栄と知識を与える、とも。図書館がこんな有様でなければその話の本をお見せできたのですが」



「あの、すみません。その光る木とミミックと言われる人食い木箱と関係性がなにかあるとかは?」



 クライブは黙ってハコミとヨールのやりとりを聞いていたが、そこで口を挟む。

ヨールはしばし口元に指を当てて考えていたが、眉をひそめながら答える。



「いえ、特に関連性は聞いたことがないですね」



「そう、ですか」



 『母の残した”ミミック”とこのネックレスの秘密が分かるかもと思ったのに』


 そうクライブは考えていると、遠くから木を踏みしめる足音が3人の耳へと入る。そしてドタドタとおおきな足音が段々と3人の居る小部屋へと近づいて来たかと思うと、激しく扉がノックされる。そしてヨールの返事を待たずに扉が開かれて、そこにヨールよりも年老いた老婦人が額に汗を浮かべて立って居た。





「ヨールさん! 探したんですよ!」



「ラーリン司書…? 伝言は残したはずですが」



「”裏”もすごく荒れてて…。人手が足りてないので早く来てください」



 そう言い残すとラーリン司書と呼ばれた老婦人は大きな足音を残して部屋を出て行く。

ヨールはやれやれと言わんばかりな表情を浮かべると、椅子から立ち上がる。



「すみません、呼ばれてしまいまして。私はすぐに仕事にもどらなくてはいけないから。魔女については絶対に誰にも喋らないでくださいね」



 ヨールに声を掛けられつつ、ハコミとクライブは離席する。

そしてヨールに促され部屋を出ると、ヨールは慌ただしく廊下を走っていく。残されたハコミとクライブは顔を見合わせると、クライブは思い出したように声を上げる。


「…あっ、ケイト姉さんとのご飯、すっかり忘れてた」



「まあ、仕方ないよ。にしても、やっぱり光る木の伝承はあったみたいだね」



「でも母さんとミミック、それにこのネックレスの関係性が分からない」



「暫くこの街に居ることになりそうだね。魔女、が気になるけど」



「取りあえず、今日泊まるところを探さないと。 …あーあ、ケイト姉さんにも約束をすっぽかしたことを謝らないと」




 そんな会話をしながら、2人は荒れた図書館の中を進み、外へと出る。そして宿を目指そうと少しばかり歩いていると、ハコミは人の往来の中から飛び出る真っ黒な三角帽子が出ていることに気がつく。



「クライブ、あれ!」



「えっ、えっ?」



 『魔女だ!』

小さくクライブへと耳打ちすると、その三角帽子の持ち主を人混みをかき分けながら追いかける。ちょうど日が落ちかけて夕暮れの迫る時分、真っ黒な三角帽子は人気の少ない道へ道へと進んでいく。ハコミとクライブは追いつこうと急ぐが、不思議と手の届かない距離をずっと保たれていた。そして。



「はぁ、はぁ。あれ、ここどこだ?」




 いつの間にか完全に日が落ち、辺りには闇が広がっていた。ハコミとクライブは加えてこの町をどう歩いたのか人気がまったくない、路地裏へとたどり着いていた。暗く、わかりづらいがハコミが闇に目を凝らすとどうやら路地奥は行き止まりのようであり、三角帽子の姿は見えなかった。




「見失った…?」



 ハコミはポツリと呟く。そして息を切らしていたクライブへ目線をやる。その時、ふと強い獣臭が鼻腔を刺激した。



「なんか、臭い…っ」



 ハコミが異臭に気がつき、視線を前に戻したその瞬間、真っ赤な大きな口がハコミの眼前いっぱいに広がっていたのだった。

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