第36話:誘い
「ヨール?さん、その、痛いです」
「あっ! あっ、ああ。つい力が…すまない」
気がついてヨールはハコミの肩から手を離す。
ハコミは痛む肩を摩りながら、ヨールの様子を見る。顔色が悪くなり、どうするべきか悩んでいる様子であった。
「…魔女が今更出てくるなんて。本は、記録は全部破棄したのに」
「え?」
ハコミはその言葉に反応する。"破棄"したとはどういうことなのか。加えてこの膨大な本を埃が積もらないように管理するほど、本に対して敬意を払っているであろう司書のヨールがその本や記録を"破棄"するなど尋常でない事態であったとハコミは察する。
「…魔女に関して何があったんですか?」
ハコミがそう尋ねると、ヨールは口元に指を当てて静かにするように仕草で伝える。そしてここで待つように手で指示を出すと、少しの間ハコミの前から姿を消す。不思議に思ってハコミとクライブは顔を見合わせていると、背後から現れたヨールから声をかけられた。
「すまない、待たせたね。とりあえず他のものに少しばかりここを離れると伝えてきた。3人で話せる小部屋があるから、行こうか」
ヨールはそう話すとハコミとクライブを案内し始める。床には大量の本が散らばり、同じような本棚がいくつも並んだ図書館の中をヨールは目的の場所へと歩く。その背をなんとか本を踏まないようにして暫くついていくと、小さなテーブルに4個の椅子が並べられた本当に小さな、簡素な部屋へと入らせられる。そしてハコミとクライブを椅子へと腰掛けさせると、ヨールは扉をきちんと閉めてから対面へと座る。そしてマッチを擦り、燭台へと火を点ける。
「それでハコミさん? 貴女はどこまで魔女について知ってます? それに貴女が見たつばの広い三角帽子を被った人はどこに消えましたか? いや、そもそも貴女はどこで魔女の存在を知りましたか?」
矢継ぎ早にヨールはハコミへと質問を投げかける。自身が居た世界の魔女を思い浮かべるが、どこまで詳しく話すべきか、あるいは誰から聞いたかまでも少しばかり考える。
「えぇと、私、神話や伝承の蒐集研究をしていまして。魔女については死んだ父から聞きました。なんでも疫病を撒いたり、人を不幸にする存在だと聞いています。あと、その魔女らしき人は消えました、いえ、足跡が積もった埃には残ってなかったので何かを見間違えたか、幻覚の類だったのかも」
「…ふぅ。そう、ですか」
ヨールは机を指で叩きながら少しばかり考え込む。
そして椅子から立ち上がると、扉を開けて人が居ないかどうかを確認する。
「名前だけではなく、性質までも魔女について知っているなら、お話します。本来は王令でその名前を出すことすら禁じられていますから。このことは他言無用でお願いします。誰かに聞かれても知らぬ、存ぜぬで通してください。まあ、このお話は
そう話すとヨールは語り出す。
この国での魔女について、そしてなぜ魔女の記録を破棄したのか。さらに魔女についてなぜ話すことが禁じられているのか、と。
「これはずっとずっと昔話になります。ことの起こりは、1人の少女がアグナの心臓から"紅い宝石"を持ち出したことになるそうです―――
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