第35話:ヨール・クルーガー
ハコミがクライブの声を頼りにして図書館の中を駆ける。いつの間にか飛んでいた本たちは床に落ち、ハコミはなんとか本を踏まないようにして走り、叫んでハコミを探していたクライブと合流する。
「そっちは大丈夫だった!?」
「あー、よかった。姿が見えなくて心配しちゃったよ」
「俺もクライブの姿が見えないし、本が飛ぶしでびっくりだよ。あ、その横の方は…?」
ハコミはクライブの横に立つ初老の男性へと視線を向ける。その男は髪に白いのが混じり、相応に顔には皺が刻まれた初老に見え、小太り気味であった。そして、キョロキョロと辺りを見渡していたが、話を振られてハコミの存在に気がつくと、手短に挨拶をする。
「ああ、君。大丈夫だったかい!? すまないが、忙しいからまた後でね!」
初老の男はそう言うと、床に散らばった本を踏まないようにして本棚の影へと消える。ハコミはその男が消えた本棚から視線をクライブへと向ける。
「あの人は?」
「ヨールさん、ヨール・クルーガーさんだよ。ほら、叔父さんにホーンド街を出るときに手紙を受け取ったじゃない? それがあの人宛だったんだよ、この図書館の司書さんやってるからハコミの力になれるんじゃないかって」
「あー、そうだったんだ。 …あれ、クルーガーって」
「ああ、うん。さっきひったくりを捕まえてくれた人があの人の娘さん。昔、何かの本を探しに来たとかでしばらく叔父さんの宿に泊まってたんだけど、叔父さんとヨールさんがそのときに意気投合したらしくて、時々手紙を送りあってたんだって」
「ふーん…? にしても酷い有様になっちゃったな」
ハコミはぐるりと辺りを見渡す。
至る所に本が散乱し、遠くからは泣き叫ぶ声が聞こえていた。凡そ、ゆっくりと伝承伝記神話について調べられそうもない。胸に抱えたマロー・マローの旅自誌を持ったまま、ハコミはため息を吐くとクライブへと話題を投げかける。
「そういえば、クライブ。俺、この本で面白いことを見つけたんだけどさ」
「
「ゴブリンに関してなんだけど、俺が居た世界と似通って、いや似すぎてるんだ」
ハコミは先ほど見つけたゴブリンのことについて説明する。元は人を助ける家霊であったこと、その家霊の名前が自分の知る家霊と性質も合わせて同じであること、その"家霊"は魔女も使役していたことなど。だが、魔女の下りをハコミが話しているとき、クライブは不思議そうに顔を傾ける。
「ほら、今この図書館じゃなにも調べられそうにないじゃない? それでクライブにこの世界の魔女に力について教えて欲しいんだけど」
「…その、まじょ?がハコミの世界にも居たの? 僕は聞いたことないんだけど」
(ん…?)
魔女について何も知らないクライブにハコミは違和感を覚える。ゴブリンの伝承がここまで似ていて、かつ魔女の存在がこのマローの本に記載されていた。ある程度知名度のある存在だったのだろう魔女を現地人であるクライブが知らないのはおかしな話であった。
「えぇと、魔女っていうのはつばの広い三角帽子に黒いローブを羽織ってたんだけど…」
ハコミは先ほど見た不可思議な人物の特徴を語る。姿衣装がハコミの想像する魔女とそっくりであった。そして次の特徴を告げようと口を開いたとき、本棚の物陰から2本の腕が伸びてハコミの肩を強く掴む。
「っ!?」
咄嗟に振り向くとそこには顔色が悪くなり、肩を震わせたヨールが居た。そしてハコミの肩を掴む手にさらに力が込められる。
「…君、そいつを。その黒いローブの魔女の話をどこで聞いたんだ」
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