第27話:2人の生還

「ふぅ〜」



 ハコミはフカフカのベッドの上で本から目を離してから、大きくため息を吐く。清潔でよく陽の光で乾かされた寝巻きはあのウェディングドレスよりも着心地は良かった。そして2日前にこの街に辿り着いたときのことを思い出す。





―――『ようやく街が見えた』



『よく、帰り道がわかったね、クライブ』



『一度でも見ればだいたい覚えられるだよ、僕。前に入ったときに見た道とあの広場が繋がってくれてて運が良かった』




アグナの角遺跡からクライブとともに脱出して街へとなんとかたどり着いた。肋骨が何本も折れてぼろぼろとなってクライブに背負われたハコミ、そして上半身裸で血塗れとなっていたクライブが街に戻った時には、そんな恰好で居たために大騒ぎとなる。そして騒ぎを聞きつけてやってきた生贄の事情を知る町長やビンベ、そして他数人は歓喜よりも困惑していた。



『えぇと、僕らは歓迎されてない、感じ?』



『ま、生贄が捧げられずに戻ってきたら、そうなるよね』



 こそこそとクライブとハコミは顔を近づけて話す。そして町長たちも『どうしたものか』と口に出さないまでも、ありありとした表情で2人を見つめていた。お互いになにを話すべきか、考えあぐねていると群衆を割ってビンベが手を振りながら鼓膜を破る勢いの大声でハコミとクライブの前へと出てくる。



『おいおい! クライブ、ハコミちゃん、その怪我何があったんだよ! とりあえず空いてる部屋があるから宿うちに来い! ソフィー、俺がクライブを運ぶから、お前はハコミちゃんを運んでやってくれ!』



 有無を言わさない勢いで、ビンベはハコミとクライブを騒ぎの中心から連れ出す。そして町長の横を通る時にビンベは目で牽制しながら通り過ぎた。



『叔父さん、ごめん』



『…お前、ハコミちゃんと一緒に"聖域"に行ってたのか? 通りで昨日から姿が見えなかったわけだ。 …まあ、説教してやりてぇが、今はいい。ハコミちゃんもお前も無事に帰って来れてよかった』




 ビンベは心底安心した表情を浮かべると、そのまま大急ぎで宿へと運び込む。そこから大忙しであった。医者がハコミとクライブを診て、クライブは比較的軽症だったものの、ハコミは絶対安静を言い渡されて暖かなベッドの上で2日過ごすハメになったのだった。



―――コンコンッ。

ハコミがそんなことを考えていると、木製の扉が2回ノックされる。ハコミが返事をするよりも早く扉が開かれて、ビンベと町長が中へと足を踏み入れた。



「すまない、ハコミちゃん。今、大丈夫かい?」



「ええ、大丈夫で「貴様、よくも逃げ帰ってきた!」」



「おいっ、町長! こんな小さい子に怒鳴ることねぇだろ!」



「うるさいわっ! 生贄、生贄を捧げんと、次はもっと酷いことに!」



「じゃあ、こんなとこで怒鳴り声あげてる暇あんなら、防衛線を貼るなりゴブリンどもを皆殺しにする手筈を整えろよ!」




 ハコミの言葉に被せるようにして町長が怒鳴り声を上げ、ビンベと言い争いになる。ハコミは町長を嫌悪の表情を隠すこともなく、静かに口を開く。



「町長さん、あなたは光る木のことをご存知ですよね? なぜ、私たちにそれを隠していたんですか?」



「んなっ!? なんだ、それはっ! 意味のわからんことを言うんじゃない!」



 完全なカマ掛け。町長が"光る木"について知っている保証などない。だが、光る木について話を振ったときの町長の動揺は光る木を知っているのだと自白しているようなものであった。町長は顔を真っ赤にして、頭には青い血管が浮かび、唾を辺りへと撒き散らす。



「まあ、知らないならいいです。あれ、私とクライブさんで討伐しましたから」



 ハコミのその言葉を聞いた瞬間。

先程まで真っ赤に染まっていた町長の顔が紙のように真っ白になっていくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る