第26話:ネックレスと賢者の石

 光る木は倒れ、先程まで蛇のように無数に動いていた根は力なく地面へと崩れていく。大木の幹を喰い千切ったハコミは体力を全て使い果たしたために、肩で息をしながら座り込んでいた。



「大丈夫、ハコミ?」



 そっと座り込んだハコミへと歩み寄るクライブの上半身もまた、至る所が裂けて血がでていた。そんなぼろぼろとなっても、己を心配するクライブに対してハコミは笑いながら問いかける。



「君は俺を殺したがってたのに、わざわざ心配してくれるの?」



「んー、まあ」



 クライブは言葉を濁しながら、自身のポケットを漁って赤い宝石が特徴的なネックレスを取り出すと身につける。それに気がついたハコミは声を掛ける。



「あー、もしかしてそれってさっき服を脱ぐ時にゴソゴソやってたやつ?」



「あー、うん。これ首に掛けて、引っ掛けられたらやだし」



(…このネックレスがビンベさんが言ってた、クライブのお母さんが遺したものか)



 ハコミはまじまじとそれを見やる。

ネックレス自体は手のひらよりも小ぶりで中央には親指程度の紅い宝石が付いており、それを囲うように金細工が施されていた。そしてその紅い宝石の中に何やら紋章らしきものが見えたが、薄暗くあったため、よく見ることは出来なかった。




(…ん、薄暗く?)



 ハコミがふと真っ二つに折れた光る木に視線を向けると、先程までは輝いていたはずの大木が段々と光をなくしていく。



「なんか終わった、のかな? なあ、クライブ。 …クライブ?」



 ハコミはなんとなく安堵しながら、クライブへと声を掛けるが返事はない。



「ひぃいいいっ!」


 

 突如クライブの叫び声が上がる。

ハコミが振り返ると同時に目に映ったのは、根に繋がっていた冠を被ったゴブリンの骸が這いずりながらも動き出してクライブの足を掴んでいるところであった。咄嗟にハコミはクライブを救い出そうとするが、痛みと疲労から動くことは出来ない。




「ひぃ、来るなっ! 来るなっ!」



 クライブは咄嗟に手に持った松明でゴブリンを殴りつけるが、ゴブリンは怯むことはない。クライブの体を支えにゴブリンはゆっくりと立ち上がり、クライブのネックレスへと手を掛ける。そしてカビと腐臭混じりの吐息をクライブへと吐き掛けながら、ゴブリンは囁いた。



「イシ…。けンジャの…。欲しイ。賢者の石…イ」



 枯れ枝のような、否。有り体を言えば骨に肉が僅かにこびりついた手でクライブのネックレスを大切そうに撫でる。半ば抱きつかれたような体勢のクライブだったが、必死になってゴブリンの頭目掛けて松明を何度も振り上げる。



バキッ!!



 一際大きな音が辺りへと響いた。

それは、クライブの手に持った松明の一撃がゴブリンの冠を砕いた音であった。同時に、冠の装飾に使われていた紅い宝石が飛んだかと思うと、クライブのネックレスの宝石へと落ちて1つとなる。



「え?」



 その瞬間、ゴブリンの動く骸はぴたりと動きを止める。そして、半ばミイラ化していた肉が真っ黒になって腐り落ちたかと思うと、どろどろのタールとなって石畳の上に広がっていく。ゴブリンの骸だけではない。討伐された"元"光る木もまた、腐臭を伴って溶けていった。




「完全に終わった、のか? その君のネックレス、いったい?」



「さ、さあ?」



 釈然としないものの、これ以上この場でできることはなかった。クライブは動けなくなったハコミを背中に背負うと、街を目指して歩みを進めるのであった。

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