第21話:神話伝承の三要素





「俺が考えるに神話伝承は『3つの要素』で出来てるんだよ。『歴史と悔恨と願望』この3つのうちのどれかか、あるいは複合型か」



「…急に何の話を?」



 ハコミとクライブは遺跡アグナの角の中を松明を片手に慎重に進んでいた。ところどころ、紋様のある壁を見つけるたびにハコミはウエディングドレスの胸から手帳を取り出して記載していく。そしてその記載途中にハコミはぽつりとクライブに呟いた。一方でクライブはゴブリンがいつ出やしないかと辺りに気を配っていたために、半ば上の空で返事を返した。



「"歴史"は文字通り過去から現在まであったことについて。"悔恨"は災害や失敗への戒めや回避について。"願望"はそのままの意味で願い事や望んでいる事象。クライブ、君が木樽に入ってるときに聴こえてだろうけどビンベさんが言っていた『聖域には近寄るな、死ぬぞ』はこの場合だと"歴史"と"悔恨"の要素が混じりあって出来てる"伝承."なのさ。原理はわからないけど、地面が急に底無し沼になったし。今まで生贄にされた人たちも同じように土に沈んで、アグナの角ここにやってきたんだろうね」




「うーん?」



「で、だ。今回のゴブリンの襲撃と"生贄"についてさ。どの型が当てはまると思う?」



「そっちも悔恨と歴史の複合なんじゃ?」



「ぶっー、不正解。正解は3つの要素の複合体だよ。願望要素も混じってるからね、生贄を出せば街の襲撃は止むっていう。 …最初に"生贄"を出した人たちにとっては本当に止むにやまれずの手段だったんだろうけど。まあ、それが続けば風習になり、いつしか神話伝承に変わっていくのさ」



 クライブはハコミの言いたいことが分からずに頭を捻る。いつゴブリンが大量に現れてもおかしくない、こんな場所で講釈を述べている余裕などない。辺りを見渡しながら、返答を返さずに緊張した面持ちのクライブに対し、ハコミはさらに言葉を続ける。



「さてさて。なら今回のゴブリンの襲撃と生贄の伝承にいくつもおかしな点がある。町長の話が本当なら"風習"が途絶えて久しいだろうに、それまで街が襲われなかった理由は? 急になぜゴブリンが街を襲撃した? …1番気になるのは生贄は基本的に自分よりも格上の相手に出すもんだ、例えば信仰している神や祖先たち、あるいは自分たちでは絶対に勝てない畏怖の相手だ。だが、ゴブリンたちへの扱いを見ていてもとても敬っているようには見えないし、かと言ってどうにもできないほど畏怖を与えてるようには見えないのさ。つまり…」



 そこでハコミは言葉を切る。続いてハコミの後ろを歩いていたクライブもそこで気がつく。まだ見えないものの複数のゴブリンたちの騒ぎ声と足音が通路を曲がった先辺りにいることを。そしてそれらが自分たちに近づいて来ていることを。



「…これ。持ってて」



 ハコミは小脇に挟んでいた松明をクライブへ渡すと、足音を殺して通路の先へと走っていく。クライブに見えるのは通路を曲がっていくハコミの目が、松明の僅かな明かりで爛々と赤く反射しているところだけであった。そしてハコミが通路の奥へ消えた次の瞬間には重たいものが倒れる音や僅かな叫び声が上がり、そしてすぐに静かになる。



「ふぅ。で、さっきの話の続きだけど」



 ハコミは何事もなかったのように闇から現れる。そしてクライブから松明を渡されながら、先程の話を続ける。



「つまり、この街を作る前から居た人間たちが伝えなかった町長も知らない"何か"がいるんじゃないかな。それも記憶や記録から消したくなるほど"畏怖"を与えるやつが、さ」




 そこまでハコミが話したとき、不意にどこからか獣に似た叫び声が遺跡アグナの角内を木霊するのだった。

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