第20話:ハコミの目的

「アグナの角って街から見えたあの塔?」



「まあ、たぶんだけど。あそこのほら。壁のとこ、あんな感じの紋様があったよ。 …君を拾ったところとすごく似た、ね」




 クライブが指差す先の壁、そこには朽ちかけてはいたが複雑な紋様が彫られた壁があった。ハコミは松明を持って壁へと近寄ると、まじまじとそれを見やる。丁寧にひとつひとつ掘られた紋様、ふと上を見ると紋様は途切れて『小さい子が描くような形の雲とその中に8つの丸』があった。



「…? なんかあそこだけ嫌にシンプルだな」



 じっとそれがなにを意味するのか考えるハコミであったが、神話伝承が専門である彼にとっては考古学は専門外であった。考えたところで、なにもわからない。そしてハコミは胸から手帳とペンを取り出すと、黒の表紙についた泥を叩いて落とす。そして紋様を簡単に書き写すとその横にメモを記す。一通りその作業を終えると、ハコミは小さなそして自身の長い黒髪をぐしゃぐしゃと掻き分けると、クライブへと振り返る。



「なあ、クライブ。君は俺を監視するために何時間も狭い樽に詰められてここに来たんだろ? 俺は先に行くけど、ずっと樽の中そんなところに居るつもりか?」



「…そうだよ。ここなら君を殺しても誰にも見つからないし」



「まあ、そら信用しろって言ったって無理な話だわな。 …そういえば確か木箱が居たのって、この遺跡ダンジョンなんだっけ。俺がわざと逃げるために生贄役を買って出て、ここまで逃げたって考えれば、それもそうか」

 


 ハコミはクライブに言い含める様に、そして聞かせるように説明する。

クライブは顔を俯かせ、返事はしなかったが"無言"であることが肯定を示していた。



「まあ、別に信じて欲しい、なんてもう言わないけどさー…。とりあえず、俺は先に行くよ? ゴブリンの襲撃と"生贄"伝承の関係性について調べたいしね」



 ハコミは松明を持ったまま、部屋を出て行く。

クライブは樽から出てゴブリンの骸が固く握り込んだ松明の一本を引き抜くと、急足でハコミの後ろへと着く。そして小さく、だがはっきりとした口調で小さい幼女であるハコミを見下す姿勢で問いただす。



「…君の目的はなんだ? 君が僕の想像した通りの怪物ミミックなら僕を殺してとっくに逃げてるだろうし。この遺跡アグナの角に居た君が"たったの何日か居ただけの街のため"に命懸けの行動をする理由なんて僕にはわからないよ。 …はっきり言って不気味だよ、君が」



 そのクライブの言葉にハコミは振り返る。爛々とした赤い目をさらに輝かせ、にこやかに笑う口端からはほむらが小さく宙を舞う。


「俺の目的? 君とあの資料室で本を漁ったときから変わらないさ。俺の目的は『この世界で神話伝承の収集研究』だよ。実際に伝承を体験出来て、検証できるなんて夢みたいだよ!」






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