第9話:ゴブリンの襲撃
開いた扉から聞こえるのは悲鳴と怒号。見えるは醜悪な生き物と逃げ惑う人々。ハコミは咄嗟に扉を勢いよく閉めると、鍵を掛ける。
(どうしよう、どうしよう。あの子供みたいな化け物、あれ、前に見たゴブリンってやつだ)
先程お使いに出たソフィーを助けるべく、大ナタを持って外に出て行ったビンベを一緒に助けに行くべきか、あるいは1人で出て行ってしまった頼りないクライブを助けに行くべきか。しかし、考えが頭を巡るばかりで、身体が恐怖で強張って動くことは出来ない。
(どうしよう、どうしよう)
悩むうちにも時間は刻々と過ぎていく。
ハコミはドアノブに手を当てている姿勢で考えていたが、突然扉が乱暴に叩かれる。
「ひっ! …ビンベさん? ソフィーさん? それともクライブ…?」
ここに来そうな相手の名前を呼ぶが、返事はない。そして乱暴だったノックは、遂には扉を壊さんばかりの勢いに変わっていく。ハコミは扉を押さえて対抗するが、如何せん小さな女の子の力では押さえていないのも同じこと。僅かな間だけ耐えていた扉が、音を立てて破られる。
「ギッ、ギッ」
子供ほどの背丈に真っ赤な皮膚、粗末で不潔な服を纏ったゴブリンが数匹、ハコミがいる部屋へと入り込む。そしてゴブリンたちは床に転がったハコミを見つけると、楽しそうな声を上げてハコミへとのしかかる。
「うぇっ、どけっ、どけよっ!」
生魚を腐らせたような酷い体臭が、ハコミの鼻をつく。だがゴブリンはそんなハコミの反応など気にしない、それどころかその反応を楽しんでいた。そして長い舌をダラリと垂らすと、べろりとハコミの頬を舐める。
「ひぇっ」
頬に滑った唾液跡が残り、ハコミの背筋に悪寒が走る。そしてなんとか逃げ出そうともがくが、がっつりと体重を乗せてのし掛かられているため逃げることが出来ない。
そして。
ハコミの来ていたシャツへとゴブリンの手が伸びると、思い切り引き裂かれる。ハコミは"次にされるであろうこと"が頭によぎり、さらに必死になって手足をバタつかせるが、それすらのしかかっているゴブリンは楽しいらしく、くぐもった笑い声を上げている。
「た、助けてっ!! 誰かっ!!」
悲鳴を上げ、大声で助けを呼ぶ。
だが、誰も助けにくる気配はない。いや、街中この状態ならば誰も助けにくる余裕などあるはずもなかった。
(いやだいやだいやだいやだ)
「ギッギッグッ」
ゴブリンの鋭い爪先が、ハコミの柔肌へと突き刺さる。ゴブリンは小動物をなぶるように、ハコミの首元や胸の辺りに小さな血粒が出来るまで爪先で抉っていく。痛みでハコミが苦悶の表情を浮かべるたびに、満足気にゴブリンは笑う。
(くそっくそっくそっ。動けよっ!
ハコミは泣きながら心の中で願う。
初めてこの異世界で意識を取り戻したとき、身体が勝手に動いてゴブリンの喉笛を喰い千切って撃退したように今回も勝手に身体が動くことを。
(くそっくそっくそっ!)
だが、そんなハコミの願いは虚しく叶うことはない。いつの間にかハコミの上半身の至る所に血粒が浮かび、まるで赤い水玉でデコレーションしているかのようになっていた。そして、ゴブリンはそれにも飽きたのか今度は長い舌を首元へと這わせようと顔を近づけてくる。
「臭い頭をどけろ、くそゴブリン…!」
「ギッ?」
ハコミは覚悟を決める。そしてハコミが鋭く並んだ歯を見せつけるように口を大きく開いた次の瞬間、ゴブリンの顔面の半分が消滅したのだった。
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