第8話:クライブと母

「いや、正確に言えば"きっかけ"か。 …俺の姉貴はクライブの母親だったんだ。姉貴は家業の宿のことなんか放りっぱなしで、所謂いわゆる冒険家みたいな生業をしていたんだ」



「…」



 ハコミは無言でビンベの言葉に聞き入る。

窓からは暖かな朝日が差し込み、窓の隙間からは鳥の騒ぎ声が聞こえるのどかな朝であるはずが、ハコミには不思議と寒気と悪寒を感じていた。



「ある日のことさ。こんないつも通りの朝のことだ。姉貴が宿の前に立っていたのさ。いつのまにか旅先で結婚したみたいで姉貴の腕の中には寝ている赤ん坊と隣には細身の旦那が居てな。俺は当然聞いたさ、『姉ちゃん、うちに泊まるなら3人分の料金になるぜ』ってな」



 そこでビンベはククッと一人で小さく笑い声を上げた後、話を続ける。



「『あんたさ、久しぶりに会ったのに、いの1番に言うことがそれなの?』姉貴は呆れた風だったがな、まあ、俺が久しぶりに会っても変わってなかったことに安心したんだろうな。真剣な顔で言うんだよ、『息子を預かってくれ』って。俺は驚いたさ、急に子供の面倒を見てくれ、なんて言うもんだから。ちょうどその頃、ソフィーが生まれた時でな。かなりバタバタしていて、それは困るって言ったんだが、まあ。無理やり押し付けられちまったのさ」



 ビンベはそこで喉を潤わすためにミルクを煽る。

そして髪の毛のない自身の頭を撫で回すと、次吐き出す言葉を思案する。



「で、だ。『おい、姉ちゃん。子供を置いてどこへ行くんだよ!』って聞いたらな。そこで言ったんだよ、『”ミミック”を探しに行くから。必ず戻ってくるから、それまでこの子を頼むね』って。『この子はクライブいうの。あたしたちが帰るまでよろしくね』って。それが俺が姉貴を見た最後さ。待てども待てども、手紙1つすら来やしない。んで、クライブがちょうど4歳のころに、ようやく手紙が一通届いたのさ。なあ、ハコミちゃん。クライブが付けているネックレスを見たことがあるか?」



「いえ…」



「そうか…。その手紙の差出人は書いてなかったが、ただ一言だけ、姉貴と姉貴の旦那が死んだってことが書いてあったんだ。どこでどう死んだとかは書いてなかったけどな。まあ、子供を置きっぱなしで何年も姿を見せなかったから、薄々は分ってたんだがな。その手紙に一緒に入ってたネックレスが、さっき言ったクライブが持っているネックレスなのさ。これがクライブと”ミミック”の、俺が知っている限りのお話さ」



「そう、ですか。 …ちなみにその”ミミック”自体について、何か知っていることはありますか?」



「いや、まったく。”財宝”かなにかをそういってるとばかり」



 そしてビンべが言葉を紡ごうとしたとき、突然外から怒号と鐘を鳴らす音が鳴り響いた。

そして何事かとハコミとビンべが窓から外をのぞいた時、子供程度の背丈しかない二足歩行の醜悪な生き物---ゴブリンが何匹も目の前の道路を通過する。



「こいつらは…。あっ、ソフィーさんが外に出て」



 ハコミがそう言いながらビンべの方を振り返った時にはすでにその姿はなかった。そして同時に、部屋の扉が開かれる音が響き、咄嗟にそちらを見ると大ナタを手に持ったビンべが外にいるゴブリンへと突っ込んでいく姿が見えたのであった。



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