第十一話 附録-記録1
「賞金は受け取れません。すべて寄付します」
所は俺に向かいはっきりと断言をする。若いのに潔すぎる。
春フェスの最優秀賞となった所へと送られた賞金額は一千万円。
額を聞いたときは何かの間違いではないかと、何べんも聞き返した。だが間違いではないと聞くたびに丁寧に返答をされた。
ルイエール主催の賞金額はシークレットとなっている。実のところ最優秀賞は基本額一円。そして、ミーチューブで賞の対象となった動画が流れてから三日以内の再生の獲得数を掛けた額が獲得賞金額となる仕組みとのことだ。
今でも動画の再生数は増え続けているものの、三日間で一千万再生に達して、過去最高額を獲得しましたよと連絡をした係の人が褒めたたえていた。
提示された金額を聞き喜ぶ俺達を余所に後日、ビデオコールで対談をすることになったルイエールに対して賞金を寄付する旨を告げた。俺とチウの二人で必死に説得を試みるが、きっぱりと断りを入れられた。
「記憶にないこと、自分でやった自覚のないことに対して評価を受けるわけにはいきません。例え、映像に映るのが本当に僕自身だとしても賞金は受け取りません」
結局、賞金一千万円は孤児支援団体に寄付される運びとなった。
「そうか。残念。ところで所君。記憶がなくダンスがうまいという自覚がないとしても、どう、俺っちの関連企業に将来、来ない」
賞金の行き先が決まった後に、
どうやら、MJの記憶は消えたわけではないとのことだ。
だが、例の曲が流れたとしても再び精神交換がなされるわけではない。しかし、なにかがきっかけで起き上がることはあるだろうという。脳の中身をいじくることもできるらしいが、夢世界側へそれを許すわけにはいかないし、現実世界側でやることもできない。
記憶が蘇るかはわからないが、MJをリスペクトするクトゥルフとしては、それでも手元に置いておきたい人材ではあるわけだ。
惑星ルルイエの居館で、侵略行為にも、内政にも飽きて、引きこもって眠りをむさぼっていたクトゥルフが
幼少期に夢世界へと連れていかれたH.P.ラヴクラフトの影響からにわかに起きていた現世界、地球のサブカルチャーショック。
クトゥルフの耳にも入り、興味もなく眺めていただけだったがMJのダンスを観て、歌声を聞いた瞬間、久方ぶりに魂が震えたらしい。
『我の歌声はな、神経を逆なでるような音しか出んのだ。いわゆる音痴よ』
旧支配者の一画としては下らん悩みであろうよと、俺の前でボゥボゥと愉快そうに笑う声もまた、不気味なものだったが笑うに笑えんかった。
結果として、ダンスとミュージックに興味を持ったクトゥルフはこっそりとルルイエを抜け出し現実世界へと向かう。本来ならば黙っていく必要もなかったが、他の旧支配者の派閥から余計な詮索を受ける煩わしさを考えた結論とのことだ。
世界的なトップスターとなっていたMJと会うには、地球でもそれなりの実力がいるだろうと考え、企業を立ち上げ瞬く間にそれなりの企業へと発展させ会談を申し込もうとした――その矢先にゴシップやスキャンダルからMJが表舞台に上がらなくなり、そうこうしているうちに自宅で死亡するというニュースが流れた。
『怒りに任せてな、国を滅ぼそうかとも思ったが、いつ、また、彼と同じ才能が生まれるかもしれんと思いとどまり、才能を発掘するために芸能企業関係を立ち上げたのよ。まあ、ついでに情報関連の企業の買収も進めたがな』
余計なことをしでかした連中は、深淵の奥深くで言わずもがなの結末を迎えたらしい。南無。最終的には紆余曲折を経て、今回の結果へ至ることになる。
「芸能関係に興味はないので……」
ルイエールの誘いもやんわりと断ろうとする所。だが、寝ていても旧支配者。
「そうかぁ、残念。うちはゲーム系の企業もあるから、そちらでも――」
「ぜひ、お願いします」
ゲームの声を聴き即決する所。よかったね。これで、将来が決まったよ所君。ただ、どんな事態が起きて芸能界へ引きずり込まれるかはわからないけどね。
『うむ。仮とはいえ契約はなった。次はドリームランドへ一度、戻るとするか』
所と音流が帰宅したあと拡張現実コールで映し出される、真の姿の
チウ? 俺の隣でとっくに気絶をしているよ。
ノートPC側にはニャルラトテップ局長が苦々しい顔で俺達の様子を見ている。
そう、クトゥルフと普通に会話をしている俺達の姿を。
『ボゥボゥボゥ、
「……新藤さん。貴方のことを改めて調べる必要があります。今一度、夢世界へと来ていただく必要がありそうです」
俺は首都圏生まれ、北関東の育ち。どこにでもいる奴と大体同じ。一般人が普通に友達。表の通り歩き見てきたこの町。悪いことには裏も表も縁もない。
本来であれば、あの、
だが、俺にはラブクラフトが感じたであろう感情がなかった。
局長閣下は子供のころに夢世界に来ていた経験から耐性を得ていたのだろうと思っていたが、どうやらそうではないと今回の件で気付いたわけだ。
「首領を見て、普通でいられる生物は滅多にいません。ましてや、対等に会話をできるものは――夢世界でも稀有な方々しかいないのですよ」
ボゥボゥボゥと神経を逆なでるような笑いをクトゥルフがしている。その度にうつぶせで気絶をしているチウがビクビクと痙攣するように体を震わせている。こいつ、このざまで本当に旧支配者を捕縛しようとしていたのか? 絶対に無理だろう。
「なんと言われようとも、俺は一般人です」
「ええ、その件についても改めて身辺の調査をしています。ただ、子供のころの経験が心身にどのような影響を受けてしまったのか確認する必要があるのです。そもそも、画面越しから私が出しているであろう影響も感じていないのですから」
困った顔で局長閣下はさらりと余計なことを告げてくれる。困るのはこっちだ。特段、何も感じん。
一体、俺の身に何が起きているのか。それを知るためにも、気乗りはしないが、もう一度あちらへ行くしかなさそうだ。まあ、行くことであろう予感していたから、それなりの準備はしてある。俺は局長閣下に向かって黙ってうなずく。
ついでに、クトゥルフ帰還の依頼を果たした報酬について話し合いをしておこう。
げんだい風 かいきとげんそうのぼうけん物語 マ・ロニ @jusi_3513
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