第九話 どいつ
「ある意味、アンタのこと尊敬するわ」
呆れ気味のチウに呆れた調子で尊敬の意を進言されてもちっとも嬉しくはない。地球人類を小馬鹿にした発言を続ける
あの一連のやり取りの最中、チウは気絶をしていたのだ。映像越しとはいえサングラスを外して圧を掛けたクトゥルフへの恐怖に一瞬でも耐えることが出来なかったのだという。地球人の俺に対しては対話を続けるために圧を抜いたのだろう。
「ま、まあ、仕方がないだろう。何とかしてでもダンサーを見つける必要があるものの、当ては本当にないしなぁ……」
チウの対処案件だったクトゥルフの送還への対応が、自ら撒いた種により自分で刈り取らなければならなくなったことに頭を抱える。インドア派で一般人の俺に、アグレッシブな方の知り合いは皆無だ。いても、素人に毛が生えた程度の人になるであろう。どうしたものかと無駄な考えに終始している最中、スマホの着信音が鳴り身構えてから、LAIN通知の表示を見る。
『月に吠える者:ダンスの件で進展があります(`・ω・´)』
なんだか段々擬人化したニャルラトテップ風味になりつつあるな、局長閣下。大人な対応している分だけ違う感じはしているが。スマホの連絡先から局長閣下を選択して映像通話をタップすれば、いつもの仮想現実映像が映し出される。
「はい、こちら新藤です」
「ニャルラトテップです。LAINで送信したようにダンスに対しての対処方法が見つかりました」
若干斜に構え、目を薄くつむりながら胸の前で軽く指を組む様子を見て、まじめな提案だが何かしらの大きな問題があると俺は察する。
大きな期待だけを持ってはいけない。
俺は顔に出さないよう心にそっと決めてから、驚きと嬉しさを混ぜた感じで返事をする。
「手ごろな人材が見つかった、というわけですか。夢世界で。それとも現実世界にいる人とか」
「違います。人のあてではありません。ダンスを踊らせられる術を見つけたのです」
やはりな。一気に話が怪しくなった。映像がズームアウトして局長閣下の全身が映し出されプレゼン仕様の表示に移り変る。
「新藤さんの覚えは良くないものになりますが、イスの種族が持ち合わせる『精神交換術』を応用します」
俺を嵌めようとした連中――ラブクラフトが記した小説で登場する『イスの偉大なる種族』別の生命体と精神を交換する能力を持つ、実態を持たない精神生命体。今、現在の円錐体状の肉体も六億年前にいた生物と精神交換をしたそうだ。俺から見れば三角錐。
「彼らは知的及び芸術的な記録の収集を好んで行います。その記録収集能力を買われ夢世界における事務的作業では重宝をされています。まあ、ときおり裏で怪しげな工作活動をしていることもありますが」
俺が巻き込まれたようにですね。わかります。ろくでもない連中だ。
「あいつら自己保身が酷いのよね。自分のミスを棚に上げたり、依頼料をごまかしたりするのやめて欲しいのよ。ほんと」
チウからも発せられた苦情を聞き、局長閣下の目元が痙攣をしている。どうやら、受付にかこつけて、この手の苦情も握りつぶしているもよう。種族が無くならいことを祈ろう。ざまあ。
「ま、まあ、それはともかくとして、彼らが所有するコレクションの中に『地球のサブカルチャーに関する記録』があり、その中に『伝説のダンサー:MJの記憶』を見つけました」
まじか。俺の世代でも知る、世界的に有名な黒人ダンサー。一世を風靡するもマスメディアの悪意あるゴシップと濡れ衣で心を病み、死んでしまった伝説の男。マイコー ジョーダン。
「で、その記憶の出どころは」
俺が言うとそっと目を背ける局長閣下。件の三角錐を尋問のすえ、裏取引でも成立したか。致し方あるまい。毒を喰らわねばならない状況だ。
「仕方がないので詳しいことはなしにしますが、その記憶をどうやって使うのですか? 記憶の内容を見ただけじゃあどうにもならないでしょう――」
そう言う俺の言葉にふと、ラブクラフトの三角錐の種族の説明が頭の中に蘇る。そう、精神の交換。
「MJの記憶を現世界の人に書き込みます。後で削除も可能です」
「待て待て待て! 確か、ラブクラフトの小説で時折、記憶の断片が残るとかの記載をみたことがあるぞ! 本当に大丈夫なのか? まさか、MJが心を病んだ原因て、奴らが精神交換をしたからじゃあ」
あ、映像が消えた! やっぱりヤバイ方法じゃあねえか! 本当に信用ならねえ!
そう思った矢先に映像が復旧し、局長閣下と共に、円錐状の知的な感じの生命体が現れる。受付をしていた三角錐形状とは違う奴のようだ。
「初めましてイスの種族を代表して参りました。今回の方法において新藤様が懸念されるようなことは発生いたしません。例え、我々よりはるかに単純な精神構造をしている地球人類の方においても、許容する脳内容量を超えるほどの負荷は与えられないと確証しています」
何気に、さりげなく地球人をディスってくるな夢世界の住人達。
「こちらの媒体にMJ氏のダンス技術の粋を集めた記憶が記録されています」
ハサミの様な手の先にあるのはマイクロカード程の大きさをした鈍い銀色の板状の金属片。そして、映像が横に動き映し出されるのは一人の深き者――深海君じゃねえか。
「これを後頭部へ押し当てると、脳内へと吸収され、MJ氏のダンス技術の記憶は彼の脳にもインプットされ、あとは身体が勝手に動きます」
「じゃあ、ムーンステップをやってみせてくれ」
MJ氏の代名詞。一般人ではできそうで、できないステップ。
「お任せを。ご覧あれ! この華麗なるステップ!」
さあやれとばかりに円錐は腕を振り上げて、深海君に指示を出す。困った顔をした深海君はオドオドとしながらも後ろへと下り始める。
滑るような違和感のあるステップが始まる。確かに、ムーンステップ!
「あ、足、ふくらはぎつる! つった! 筋が切れる、切れます、ぶちって――」
あ、映像もぶちっと途切れた。
結果を見れば、技術の刷り込みは可能だが、実行するには基礎となる土台が必要だということだ。
いくら技術に精通していても、元となる身体が出来ていなければ動かせないのは当たり前だ。
アスリートの皆様方は日々鍛錬を怠らずに自らの体を鍛えているから、さまざまな技術に身体が対応できているのだ。
候補としてはまず、チウが挙げられた。賞金稼ぎとして荒事に対応できるほどに身体を鍛えつつ、かつダゴン流捕縛術なるものを身に着けているのだから、しっかりとした基礎は出来ている。
だが、チウはこれを拒絶する。
「私のことも夢世界の住人って、もうばれているでしょう。よしんば出れたところで、あまりこっちで目立つことはしたくないの。素性がばれるのは御免よ」
確かにごもっとも。異世界の住人なんて知れれば、てんやわんやの大騒ぎだ。どうせ、別次元の圧倒的な力でもみ消されるだろうが。
そうすると残るはチウの唯一の友人にして、運動部からスカウトされるも自分のおバカ加減を承知しているためにお断りをしているという、音流に絞られる。
「本人にどう告げる。馬鹿正直に言っても信じちゃあもらえんぞ」
そして、もう一つ局長閣下からお達しが出ている。
『夢世界の住人が直接、現世界の地球人に接触して記憶媒体を埋め込むことは禁止されています。もし、実行される場合は新藤さんが行ってください』
女子高生に向かって変なことを言ったりすれば社会的に抹消されかねない。こっそりと頭を触れてるだけでも大問題になりかねない。だが、チウは何も考えることもなく簡単に言ってくる。
「黙って埋め込めばいいのよ。あとで記憶は削除されるわけだし」
「それこそ問題だ。どこまで記憶を消す? フェスへの参加もか? そもそも、急にMJのダンスをご本人よろしく踊れるようになること自体、おかしな話なんだぞ」
そもそも、フェスに参加してくれとどう頼む。ぶうぶう言うだけのチウを後目に何故か俺が頭を悩ませ続けなければいけなかった。
導き出された結論。
記憶媒体を触れずにこっそりと仕込むことにし、記憶媒体を体内から吸収するタイプに仕様を変更してもらう。この要求は夢世界側には、あっさりと承認される。
「現世界の住人が、現世界の住人に対して、どのようなやり方で夢世界のものを利用しようと我々夢世界側は一切関知しておりません。例えそれが現世界の法令規則やモラルに違反することであろうと、あくまで現世界の法体制に対して夢世界側が干渉することはできませんから」
円錐型のイスの種族は『やりたいように好きにやれば。その後になにがあろうと私たちは知りません。責任はそちらにありますよ』と暗に告げた。
そもそもの原因はクトゥルフが現世界に来ていることを見抜けずにいた夢世界側の責任であろうと思うが、ここは黙って従っておこう。いけ好かないが。
そして、2月最後の休日に俺はせっせとフライパンを振るい大量のチャーハンを作っている。冷凍ではない、手作り。
音流氏の食べる炒飯に記憶媒体を混入させ、体内へ仕込むという
ガスコンロから出る熱のせいだけではなく、じっとりとした嫌な汗が出る。熱したごま油で焦がし気味の小口切りのネギと刻んだニンニクへ卵液を入れ手早く混ぜながら、半熟状態の卵の中にどんぶり飯を投入、塩と化学調味料で味を調え、醤油を回し入れて香りづければ、パラパラ感のあまりないお手製チャーハンの完成だ。
休日にも部屋を開放し、炬燵を囲んでテーブルトークに興じる音流と所を横目にチウへと目配せをする。軽くうなずいたのを合図に、しれっと記憶媒体を仕込んだ大盛チャーハンを手に取り持っていく。
「ほら、昼飯だ」
俺の持つ特盛チャーハンに目を輝かせる音流を見ると罪悪感に苛まれる。
「さきにオトナガたちがたべなよ」
こんな時に緊張をしてか、棒読みのセリフをチウが言う。
しかし、遠慮もせずに器を受け取る音流に対して所が待ったを掛ける。
「ナガ、流石に少しは遠慮をしようよ。社会人の貴重な休日に部屋を借りている立場で昼食を手づから作ってもらえるなんてありえないよ」
「でも、せっかく作ってくれたのだから食べないと悪いと思うのよ、マサトコ」
所から指摘され、お預けを食らった音流はしょんぼり気味に反論をするも、受け取った特盛チャーハンを炬燵の中央へいったん置くにとどまる。
所の言うことは至極真っ当なことだが、今回に限り遠慮の必要は全くない。食べてもらわねば非常に困る。
チウと所の分のチャーハンを作りに台所へ戻ったが、食べ進まなくなりそうな雰囲気に、慌てて人数分の蓮華を手にして配りに帰ったふりをしつつ、ぎこちないであろう笑顔を浮かべて所を諭す。
「ハハハ、所君は優等生だな。だが、若者が余計な遠慮はするな。音流さんの言う通り、作った料理を無駄にされるよりは食べてくれ。冷めないうちにな」
作った俺が言うからには遠慮の必要はないであろうと思い、知的な切れ長の目で苦笑いを浮かべ申し訳なさそうに断りを入れ
「本当にありがとうございます。こんなにゆっくりと部活動を楽しめる空間を提供してもらい、お食事までごちそうしていただけるなんて」
では、いただきますと一言断りを入れてからチャーハンに蓮華をさし口へと運び美味そうに食べる所を見て
「あっ」
と、小声でやっちまったと出掛った言葉を飲み込む。
音流の分だと言ってなかったか。
「マサトコずるい! 私も」
続けてチャーハンに蓮華を入れバクバクと食べる音流。
どっちだ。どっちに記憶媒体は仕込まれた?
噴き出る冷や汗。チウを見れば珍しく青ざめた顔で予定した言葉を続ける。
「ジツハ、フタリニ、ソウダンガ」
あからさまな棒読み。あかん。これはあかんで。ばれてまうがな。
「ん? はに」
チャーハンを口にしながら音流が気にもしない様子で答える。
「ジツハ、ダンスニキョウミガアル」
「ああ、あのな、チウの奴が最近、ダンス動画を見て興味を持ったみたいでな、三月末に大洗海岸で行われるダンスフェスを見てみたいと強請られてな! できれば、部活動を一緒にしている二人を連れってて貰いたいらしくてな……」
こちらもチウのあまりな棒読みに慌てて介入するも、言葉が尻切れトンボのように小さくなっていったのが自分でも判る。二人そろって怪しすぎる。
だが、そんな俺の心配をよそに気にすることもなくチャーハンをかっこむ音流に代わって所が聞いてきた。
「良いのですか? 部活に部屋を貸してもらって、おやつも用意されて大変ななか、日帰りでイベントにまで連れて行ってもらうなんて」
何か裏があるのですかと思うそぶりもなく、流石に気が引けますといいたいような様子の所に、多分何も考えず美味しそうにチャーハンを頬張りつつ相づちを打つ音流を見て、どうとでもなれと腹をくくる。
「ああ、構わない。若い奴らは気にするな。将来性がありそうな所くんなら、いずれ倍に返ってくるだろう」
海岸沿いならクトゥルフ神話を題材としたTRPG創作のインスピレーションが生まれるかもしれないだろうと、暗い方へ誘うように明るい作り笑顔を浮かべて俺は続けた。
「……そうなんですよ。深き者どもを題材としたTRPG作っているのですが海岸の様子とかネットで見ただけではイマイチうまく表現ができなくて、少し詰まっていたんです。よろしければ、ぜひ一緒に行かせてください」
「なら私も行くよー。ダンスも見てみたいしね」
特盛チャーハンを一人でほぼ食べ終えて、両手を頭の後ろに組みながら、のほほんと答える。なんだか流れでうまく話が進められた。
が、一体全体二人のどちらが記憶媒体を中に取り入れたんだ?
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