第七話 密事に対する告白

 さて、小正月も過ぎまったりとしていた職場も通常営業に戻りつつある今日この頃。職場の上司に断りを入れて、十五時頃に職場から離れて帰宅している俺の前にいるのは――チウの担任の先生である。


「ご一考していただけませんか」


「こちらも色々と事情がございまして」


 こちらを見つめる小柄な女性の目線から逸らすように頭を下げる。

 この場にチウはいない。三学期に入ってから帰りが若干遅くなっている。友人候補の同級生『音流 吊兎おとなが りょうと』と一緒にいるようだと最近知った。

 そして、それも今回急遽担任である『霧生 瑞樹きりゅう みずき』が家庭訪問を実施することに至る要因の一つでもあったわけだ。だが、今現在担任がこちらへと要望を突きつけている原因は、


「学費の滞納、どうにかお支払い願いませんか? 保護責任者として」


「チウにはお金を渡してあります。彼女が使い込んだというならば、彼女自身が責任をとらざるをえません。構わず、退学にさせてください」


 泣きそうな目でこちらをみる先生には申し訳ないのだが、こちらも引くに引けない事情ができている。あいつの件で余計な金はだせん。例え、無責任で無慈悲な保護責任者と思われてもだ!




 気付いたのは年末調整が振り込まれていると知らせれた仕事始めの日の事だ。冬の賞与、年末の給与、年の初めの年末調整の戻り金。なにかと入用な年末年始にはありがたい金銭である。


 ウキウキと見た通帳の金額。ばっちりと年末調整も振り込まれている。そして見慣れぬ数字。額にして一万円。カンサツテアテ。身に覚えがない。ない。……ない?


 あ、思い出した。年の瀬に受付けた三角錐からチウを預かっている監視手当と生活費の件について申し送りを受けていたっけ。確か、月々百万円。で、一万円?


「詐欺じゃねえか!」


 おもわずATMの前で大声を張ってしまい、詐欺の一言に警察を呼ばれそうになったが、周囲へ慌てて釈明をして事なきを得た。

 そして、その晩のうちに速攻で苦情の申し立てを行う。例え、次元の違う夢世界の役人だろうとなんだろうと遠慮をするようなことなど何もない。受付に出たのはいつもの三角錐。

 又こいつかと現世界人の俺の顔を見て若干うんざりした様子がうかがえる。だが、こちらも若干とさかに来ている状態だ。その様子を見てさらに心が荒ぶる。


「おい! 話が違うじゃねえかよ! オタクの上司から押し付けられたごくつぶしの居候の預かり費、百万円ってぇのが、一万円なのはどういう了見だ!」


 舐め腐った返答をするようなものなら、出るとこ出るぞと言いたいが、出ていく場所がないので言葉に詰まって相手を睨みつける。

 なんのことだと訝しむ三角錐は空間から光沢のある金属製のような薄い板を、はさみのような手でつまみ出して瞳の大きい小さい顔へと近づけて内容を読み始めて、納得した様子でこちらの怒りに答えてきた。


「新藤様の勘違いのようですね。こちらが提示したのは百万アブで現世界の日本円に換算すると一円で百アブ相当。百万アブは一万円にあたります。今回、支払われている額で相違はございません」


 やれやれと言った感じで、つらつらとお役人仕事で読み上げるように答える三角錐の様子に脳の血管がぶちぎれる音がした。


「ふっざけんな! こっちの世界じゃあ、そういうことを詐欺っていうんだよ! 頭の次元が違うからって黙っているとでも思っているのかよ! バカにするな! そっちがそのつもりなら、オタクの上司に伝えておけ! 金輪際、チウの生活費は一切負担しねえ! いやなら帰らせろ! 協力関係は終わりだ!」


 こちらの怒りに呆然とした様子の三角錐の映像を一方的に断ち切って、怒りが収まらず寝れないだろうなと思いつつも、居間へと追いやられた寝床へと潜った。




 そんなことがあったつい先日。先方からは特になにも連絡はない。よって、チウが預けた学費をなにに使い込んだか知らないが、改めて立て替えする気はさらさらない。

 

 学校に否がないことは重々承知している。我慢すれば支払えないことはない。

 だが、支払えば夢世界側のやり方に負けた気がしてならないので引くに引けない。


 それが現状のありさまだ。

 

 はっきり言えば今までのことだって夢世界側にメリットはあっても、こちら側にはなんら恩恵はないに等しい。間違えて拉致られた挙句、攫った相手を押し付けられて、預かった相手は家事を何もせず、俺の寝室を私物で占領し、俺、個人の時間を削られかつ多大な食費や一人分増えた水光熱費を負担する――どう考えてもデメリットしかない。引くこたあないな。出ていかせよう。俺のせいじゃない。


 テレビの音もなく、赤くなった空に早くも夜の帳が落ち始めた外の様子を眺めつつ、こちらを窺う担任がさっさと帰ってくれないかと思い始めた頃に俺のスマホから着信音が流れる。

 職場か、業者からか? と画面を眺めればLAIN通知で『月に吠えるもの』がお近づきになりましたと表示されている。萩原朔太郎は知り合いにいないはずだがと思いつつ、表示を操作して中身を見てみる。


『登録表示、打ち間違いました(´・ω・`) ナイアーラトテップです。連絡ください』


 冷めた目で内容を見る。こちらを見やる担任に「失礼、客先から連絡がありましたので」と適当な理由をつけて、玄関先へと足をのばし、スマホに登録してある緊急連絡先へとコールを掛ける。

 実はこのスマホ、夢世界産のものだ。見た目は地球のものと大差はないが、ビデオ通話では例の拡張現実風に画像が浮び上る代物だ。もちろん、普通のスマホとしても活用が可能である。夢世界側で作られているアプリも登録可能で、記憶容量も桁が違っている。グルーチョバイトって何ぞや?


「あー、新藤ですが。どのようなご用件で」


 寒々しい共用通路に人がいないことを確認し、やる気なしの感じで映し出された局長閣下へ挨拶をする。制服姿の相手は若干、眉根をひそめて何かお怒りの様子だが、怒っているのはこちらだから気にも留めない。


「新藤さん。此度の件、まことに申し訳ありませんでした。またしても、私共の落ち度でご迷惑をおかけしてしまいました。金銭のやり取りで虚偽を報告した担当者と所属長は然るべき処置をとらせています。何卒ご容赦願います」


 恭しくも頭を下げる局長閣下。どうやら、何かしらの進展があったらしい。


「どういことだったのでしょうか」


「結論からすれば現世界人である新藤さんがもたらすであろう混乱を排除しようと企てた一部のイスの一族が起こした不始末です。こちらからではなく、新藤さんから夢世界への関わりを拒否する流れにしようと考えたようですが、思いのほかのお怒りの様子が別の種族の監視から発覚して、事の次第が私へと報告がなされました」


 穏便な生活をしたいイスの種族、例の三角錐が『俺』という存在が夢世界に関わっていると余計な混乱が生じると思うに至り画策した陰謀だったそうだ。

 ことの報告を受けた局長閣下は、陰謀を企てた者と関係者は処分したと、見えない闇を身にまとい半月の笑みを浮かべて俺に告げた。向こうの周囲からなにやら小さく悲鳴が聞こえてくるも、気にしている場合ではない。


「で、それはともかく、チウを預かるうえでこちらの生活費用の工面はどうするつもりですか。ゼロでは納得いきませんし、こちらも生活が懸かっているので了承するわけにはいきません」


 きっぱりと告げる俺の言葉に、少し驚いた様子の局長閣下は身にまとっていたであろう怒りを鎮めて、咳ばらいを一つしてからマジメな顔で答えてきた。


「実際のところ、百万円こちらの通貨でいう一億アブを月々支払うというのは色々な意味で承諾をするわけにはいきません」


 どういうことだと、若干、怒りが湧いてくるのを抑えつつも低い声で問いかけをする。局長閣下相手でも引けないことがこちらにもあるのだ。


「チウが、もし、その金額を知れば、新藤さんの身が危険と言いたいのです。何かしらの方法で新藤さんに対して協力または、強制的な要請をすれば彼女の罰金返済は、何もせずとも今後百ヶ月、約八年と少しで完済します」


「それはそれで目出度いことだが……」


 だが、あの大飯ぐらいの役に立たない居候が八年も俺のそばに居座り続けるのは御免だし、奴に貸す金は一銭もない。とすれば、あれはきっと強制的な要請いわゆる暴力的な手段もしくは洗脳を試みる可能性もある。確かに危険だ。


「何しろ、それでは刑罰の意味をなしません。それに、私どもがそのことを気づかないはずはありません。そうすると、罰金刑は芋づる式に増え、チウの滞在期間は延び、返済不可能となれば極刑も視野に――」


「判った、判ったから。好き嫌いはともかく、見知った奴に対して極刑は勘弁してやってくれ。だが、俺としても奴に対する最低限の生活費や学費はそちらに支払ってもらいたいのが現状だ。はっきり言って俺の現在や将来に関わるからな」

 

 で、最終的にはチウの生活費や学費諸々含めて月々二十万円程度のほかに、どうしても入り用になったことについては経費として受け持つところで話は落ち着いたところで、部屋へと戻り、正座を崩して炬燵に足を突っ込んで緩んでいた担任の頭に向けて俺は言い放つ。


「話は付きました。学費、支払います」




「で、お前は最近、学校で何をしでかしているんだ」


 居間には群青色を汚く濃くしたような色の目のないイグアナを大きくしたような生物にのしかかられている青い顔をしたチウがいる。炬燵の天板にはスマホから映し出された、しかめっ面の局長閣下の姿もある。


「な、なによ! 何もしていないわよ! や、やめて! ティンダロスの猟犬をけしかけるのは勘弁して!」


 呑気に玄関をただいまも言わずに開けて姿を現したチウに向けて、天井と壁の隅からこの猟犬は襲い掛かり、首根っこをひっ捕まえて居間まで引きずりこみ両腕をがっちりと抑え込んだまま、長い舌を首先に差し込む素振りをしている。


 俺は防毒マスクをしてこの場にいる。チウから事情を聴くために局長閣下が用意したサプライズな訳だが、この猟犬すこぶる臭い。吐き気をもよおしそうになったので、仕事で使っている防毒マスクを急遽つけた。


 おい、犬、うれしそうに尻尾を振るな、可愛らしくもないし、よだれが床に垂れる! 舌をしまえ、もしくはチウの頭に垂らせ!


 なんとなく、荒い息遣いで食ってもいいのかと、つぶらで不浄な瞳をこちらに向けている犬に向けて待てをしつつ、改めてチウに問いかける。


「先ほど、担任の先生が乗り込んでネタは上がっているんだ。隠しても無駄だ。渡した学費は何に使った? 周囲を威嚇して怖がらせているそうじゃないか? 学校で変な活動をしているらしいな? ん? 正直にいえば、命は助かるぞ」


 俺の問いかけに、若干引き気味の視線をスマホの映像から感じるが気にしてはいられない。俺を陥れようとした連中と同じで、俺自身穏やかな生活を過ごしたいのだ。


「わかった、判ったから! 早く、猟犬をどけて! 臭いし、食われたくないの!」


 流石のチウも両腕を塞がれては、得意の捕縛術を使えず、やはり臭いらしい犬の体液に我慢できず、早々に音を上げてくれた。


 犬にはご褒美として使わなくなっていた小さい鍋に賞味期限が切れていた牛乳をくれてやった。訝し気に臭いを嗅いでいたが、今は舌先を突っ込んで夢中になって飲んでいる。だから、尻尾を振るな、体液が飛び散る。


 まず、威嚇行動は学校に潜んでいるかもしれない夢世界の住人を探していた結果らしい。存在を看破するには目を凝らさないとわからない存在もいるため、周囲に『ガン』をつけているように見えたようだ。これに関してはグラス型の看破装置を支給する手はずが整えられた。


 つぎに、使い込みの件。


「……買い食いをしました」


 どか弁だけでは食い足らず、音流氏と帰りに色々とつまみ始めたのがきっけけでお金に手を付けたとのことだ。肉屋のコロッケが美味いらしい。


「……ギルティ」


「白米と梅干ひとつじゃあ、食べたりないのよ!」


 飯、一合半は仕込んでいるぞっと言いたかったが、隣の映像から、いくら何でもそれはあんまりではというような視線を感じたので、百歩譲って確実なチウへの生活費の支給が決定したため、今後はもう少しおかずを充実させることと、お小遣いを工面することで、納得はできないが解決する。


 で、最後の変な活動について。


「音流の奴と、部活動をしているのよ。学校の空いた部屋を利用して、所って男子生徒と一緒にティーアールピージーとかいう、物語を演じる様なゲームに参加させられているのよ。なにかとうるさいから付き合ってやっているの。時折、ごはん奢ってくれるし」


 そう、チウは結局、音流氏と腐れ縁の友人枠にとどまったようだ。打算も見え隠れはしているが。

 やったぜ、現世界で初めての友人だ、おめでとう! と言いたいところだが、どうやら彼女の所属している部活動は学校の公式ではなく、非正規のため部室は与えられていないそうだ。度々、教師連中から追い出されているらしい。

 だが、鉄メンタルなのか音流氏と、もう一人の男子生徒は懲りもせずに空いた部屋を見つけては放課後居残りテーブルトークを興じているようだ。


「各々の家でやればいいだろう」


「よくわからないけど、二人で家に行くと家族が余計な勘ぐりをするから嫌だっていうのよ」


 男女の仲を疑われる、又はお節介を焼かれるのが嫌なのか。年頃だものな。こいつがいれば、それも解決ではとも思うが、修羅場とか噂されるかも知れんか。


 しかし、この案件は解決策が思い浮かばない。

 いや、実は一つあるが口には出せない。


「で、実は相談なんだけど――」


「部屋は貸さん」


 行きつく先の答えは結局一緒で、二人とも帰りの遅いチウの居候住まいを当てにしているようだ。映像から生暖かい視線を感じる。ちらり映像を横目で見る。拝み倒す局長のレアな姿が映し出されている。そして、ため息を一つ。


 しようがないか。

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