第四話 深きものども ーその実態ー

 深きものども――ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの小説『インスマスの影』から登場した生物で、ほぼ人型で脚を持って二足歩行ができる鰓のある亜人、端的に言えば半魚人だ。


「そんな見た目の奴が、人に混じって学生しているっていうのか? まあ、言われてみればおかしくはないか、小説でも嫌われはしても、人間社会に住み着いている様子も描かれていたしな」


 でも、さすがに海がないこの地域に住むのは無理がないかとも思う。


「まあ、水があれば生きてもいけるのよ、あれは。深い外傷でも負わないかぎり、めったやたらに死ぬものでもないし。それなりに歳をとらないと変態は始まらないし」


 チウはいい獲物が見つかったと嬉々として喜んでいるが、俺としては深き者どもが学校に潜伏する目的が何なのかわからないため、気持ちが悪い。小説では人類の敵のように扱われている存在でもあるからな。


「あれの目的は、十中八九、嫁探しよ。万年嫁不足、女日照りなのよ、あの一族は。臭くて、粘着質、ハゲの不細工だから」


 異種交配はできるものの、雄の大半は性格が根暗なため、どの種族からも嫌悪されるとのことだ。同族の雌からも見放されているらしい。


 ……人型じゃあない奴らも向こうで見たはずだが、そこまでのものか。


「だが、なぜ、現世界にとどまっている? 向こうでもてない奴らが、こっちでもてるとは思えん」


 チウが見て、語った様子ではやはり不細工かつ、脂ギッシュな根暗そうなデブ。すれ違うさいに、チウと音流をチラ見のガン見で舐めるように眺めるさまは生理的に嫌悪するには十分とのことだ。


 女子って怖い。そこまで言われると、なんだか哀れに思えてくる。


「で、音流さんは彼のことを知っていたのか」


 知り合いならば挨拶の一つもあるべきところだが、話の様子ではそんな感じには受け取れない。多分、赤の他人だろう。


「一応ね。知り合いでもなんでもないらしいけど、同じクラスでアニメ研究部に所属している、深海くんだねって教えてくれたわよっと、なるほどね、思った通り。当たりよ、当たり! こちらでいう、数十年前に夢世界で行方不明になった深き者どもの一族だって。一人当たりの賞金額が五十万アブ。へぇ、長期間の不法滞在者として、雑魚のわりには良い値がついているじゃない」


 ということは、お前ともクラスメイトじゃねえか。直ぐ近くにいたことに今日まで気づいていなかったことをおくびにも出さず、戻って来てから、端末で情報を調べていたチウから歓喜の声があがる。だが、俺としては別の問題もある。


「おい、学校で変な騒ぎを起こすなよ。ただでさえ、目をつけられているんだぞ。もめ事起こせば退学になりかねんぞ」


 例えば暴力沙汰。例えなくても暴行事件。だが、どうせ記憶操作をしてことは済むような気もするが、それをすると際限がなくなりそうで怖い。


「じゃあ、どうするのよ、反対ばかりしていないで、肯定的な意見の一つも言いなさいよ。おびき出す方法とか」


 口を尖らすチウに対して、それを考えるのがお前の仕事だろうと言ってやりたいところだが、ブウブウと言われるのもしゃくなので、こいつでも嫌がる案を一つ提示してやるか。


「お前がラブレター書いて、呼び出せば会いに来るかもしれないな」


「それ、採用で」


 マジか。




「ひ、卑怯だぞ、もてない男の心をもてあそぶだなんて……」


 そして、深海君はあっさりとチウの手に落ちた。


 チウのダゴン捕縛術で腕が片結びに結ばれている、見るからにオタクそうな、陰気で太った、十代からハゲが見え始めた男子のメソメソと泣く姿は同情に値もしない。

 暴力的な行為へ発展しないように、お目付け役として同行して来てみたものの、壁際に憂いを持って佇むチウに寒気を感じ、その姿を見てウキウキとした様子から、ソワソワと初めての経験のように緊張を始めた深海君を眺めて、こりゃダメだと思いを馳せているうちに、あっさりと捕まる様子を確認できた。


 彼の純粋な純情は、一瞬のうちで踏みにじられて終わったわけだ。


「ええ、ええ、そうね。仕方がないのよ、夢世界の住人が現世界に隠れて住むこと自体が重大な犯罪行為と知っている人が言うべき言葉ではないわよね」


 情報端末で彼の姿を写し取り、賞金額を確認するのにいそしむチウは感情のこもらない言葉で、適当にあしらっている。


「き、きみは、夢世界のハンターだったのか? じゃあ、こちらの自称保護者の方も夢世界の関係者――」


「あ、俺は現世界の出身で、巻き込まれたくちだから。それにしても、キミ、深海君だったかな。数十年もこちらに住んでいる割には、その、深き者どもとしての変態が進んでいないようだし、随分と、若作りになるのかな」


 俺はてっきり、彼も数十年前に移り住んだ深き者どもの一員だと思っていたが、彼の話を聞いて思い違いだと知る。


「僕の父が、その、違法渡界者でして……。僕は末裔になります」


 聞けば、彼の一族の三代目になるようだ。祖父と、父は見合いで結婚をすることは出来たが、離婚をしているとのことだ。


古の者いにしえ もののような体格をした母は、ホスト遊びに金をつぎ込んで、いなくなりました」


 父親の少ない給料目当ての結婚だったらしい。タルみたいな体形の女に裏切られるとは、非常に切ない。


「じゃあ、父親と祖父もひっ捕まえて、強制送還ね。よし、少なくとも百五十万アブはゲットよ!」


 そして、守銭奴によって捕らえられる彼の家族の身を案じると、これで本当に良かったのかと、疑問が浮び上っても来る。




「本当に、典型的なオタクだったとは……」


 深海君の家へ一気阿世に踏み込みはしたものの、父親はまだ帰宅をしてはいなかった。逃げた母親が作った借金を返すのに遅くまで残業を重ねているとのことだ。多分、哀愁を感じるハゲ散らかしたオッサンであることだろう。

 なので、手持無沙汰となり、ついでだからと嫌がる深海君のお部屋へと無理矢理お邪魔することにして、部屋の扉を開けてみれば、壁一面にはアニメキャラのポスター、棚には数々のフィギュア、漫画やエロゲの箱が山積みとなり、PCの周りには食べかけのポテチの袋、黄ばんだティッシュに、異臭を放ちそうなペットボトルが散乱していた。まさに正しき、オタクの汚部屋。


「父親が借金している割には、色々と随分買い込んでるみたいじゃない」


 興味もなく、散らかった部屋を冷めた目で見るチウの言葉に深海君は「自分の小遣いはバイトで稼いでいるから……」と弱弱しく答える。現世界人よりも丈夫な彼は年齢をごまかして深夜バイトに勤しんでいるとのことだ。

 確かに、十代以上の見た目ではあるから相手も容易に騙されるだろう。しかし、身分証明等は誤魔化しきれないのではないかと思ったが、夢世界から現世界に来る際に培った偽造術を駆使して父親が書類を作り上げるらしい。


 結構やばい奴だぞ、深海父。知られれば裏社会ですごく重宝されそうだ。


「なら、借金の証書でもなんでも、作り直せばいいじゃないか」


 ふと思ったことを口にするが


「借りたものを返すのは人として為すべきことだと、父も祖父も言ってまして……」


 なんだか、変なところでマジメな一族だと思い、頭が下がった。サーセン。




 夜遅くに帰宅した父親もあえなく捕まり、チウは喜び勇んで一度、夢世界へと帰っていった。ちなみに祖父は、ここから離れた辺鄙な海辺の村に潜んでいるため捕縛は諦めている。


「結局、現世界でも異性でも女性から相手にされない深き者どもは、今じゃほとんどが、あんたの言うオタク化しているんだって。あの父親もアイドルオタクとかで帰りに繁華街の地下アイドルのお店に毎晩通っているってさ」


 朝には戻り、何事もなく学校へと行き、帰宅したチウから事の顛末を聞いた結果の事だ。どおりで一向に借金が減らんわけだ。働けども働けども、虚像に金を吸い上げられ、じっと手を見るか。何事もほどほどが大事だな。


「だけど、結局、この辺りにいる深き者どもは、あの二人くらいだろうって。奴らのネットワークは確かだし、嘘を言っている様子もなかったから間違いはないだろうし」


 チウは夕食後、炬燵に突っ伏し、不貞腐れた顔で愚痴をこぼす。賞金額百万アブは入ったが、百億返すには程遠い金額だとのこと。地道に返せと言いたいところだが、できればとっとといなくなってもらいたいのも本音だ。


 狭くなった居間の一角に設えたテレビからは聞き流しているニュースが流れている。政治や経済の情報から時事ネタに移り変わっている。そんな中、首都のある地域の様子が画面に映し出されて、ふと、俺は思ったことを口に出してしまった。


「アキバに行けば、同類がいっぱいいるかも知れねえな」


「そこ、詳しく」


 迂闊。




 師走の貴重な日曜日を費やしてまで、東京くんだりへ用もなく行きたくはない。最近はネット通販で大抵の物は取り寄せられる。


 それに、例え秋葉原に向かったとして、実際に深き者どもがうろうろしていたとして穏便に捕まえることは困難だろう。


「あなた、いわゆるク・リトルリトル神話に出てくる深き者どもですね」


 などと問いただしても、傍から見れば、聞かれている側がいかにもな感じでも、どちらかと言えば聞いている方のSUN値を気にするだろう。

 多分、周囲からは「ああ、こいつ、いっちゃてるな」とか思われて、下手をすればお巡りさんが駆け寄る事態になりかねない。


 だから、チウのやる気を削ぐために俺は忌憚なく無理な提案をしたつもりだった。

 

 メイドのコスプレで誘い出す。


 チウの目で見れば、そいつが深き者どもかどうかはすぐにわかるから、対象者のみに声を掛けて、甘い誘惑を囁けば、高い絵画を買わされる勧誘よりかは高い確率で引っかかるかもしれないと言ってはみた。


 実際にやるとは思いもしなかった。


 本当にしこたま引っかかるとは考えてもみなかった。


「どれだけ、女に飢えているんだこいつらは」


 ビルの裏に仕込まれた、チウが用意した隔離空間へ誘い込まれて捕縛された深き者どもを見て、憐みのため息が出てくる。

 誰もかれもが確かにエラが張った不細工な魚面をしている。年代は様々。深海一族同様に、運よく結婚にこぎつけられて現世界に生を成した末裔となる者達も多いのだろう。

 

 ラヴクラフトの小説と異なる点は、邪悪ではなく、俺の言葉に反論もせずにメソメソと泣く、鬱陶しいくらいの湿った陰気さだ。


「はい、お一人様、追加でご案内~」


 俺が呆れている間もせっせと、メイド姿で声を掛け、ビルの裏手に引き込んでは、捕縛に勤しむチウが新たな被害者、いや、一応は不法渡界の犯罪者を隔離空間へと連れ込み、素早く腕を結んで背中にけりを一発入れて叩き込んでくる。

 叩き込まれた相手は、ニヤケ面から呆けた面へと変わり、周囲を見渡して絶望後に悲壮な感じで同じようにシクシクと泣き始める。


「ふぅ、大漁ね。向こうでの手続きの時間もあるから、本日はこれまで」


 獲った人数を数え、罪悪感のかけらもない満面の笑みを浮かべるチウを見て、いつか刺されればいいのにと俺は思った。



 学校を休んで翌日も続ける。チウの言葉に一人でやってくれと俺は突き放し、必ず返せと念を押してから、カプセルホテルの宿泊費用と帰りの電車賃と手渡してやったが、家に帰れば不貞腐れて炬燵に突っ伏すチウが待ち構えていて


「……深き者どもがあそこに一人もいないのよ」


 と、恨めし気に愚痴をこぼす。


 どうも、昨日の段階でやりすぎたかつ、深き者どもの情報網やつながりを甘く見すぎていたようだ。

 チウの捕縛行為はどこからか悟られ、秋葉原へ近づくのは危険だと深き者どもに知られることになり、当面はほとぼりが冷めるまではアキバ近郊へ行くものはいないだろうと、最寄りの駅の近くにあるアニメ漫画専門の書店でバイトをしていたところを捕縛され、チウに締め上げられた深き者の一人が項垂れながらもボソボソと諦め口調で語った情報だ。


「どーすりゃいいのよー! まだ、返済金額には到底足りていないのよ!」


 こいつは現世界の深き者を全員強制送還させるつもりなのだろうか。一向に構わないことではあるが、そもそも小説の設定では至る所に住み着いてコミュニティを作っているような感じだ。世界中を駆けまわるのは御免こうむりたい。


「海の方へ行けばどこかで村ぐるみの一族がいるかもしれんぞ」


「流石に、村一つ住人がいなくなるのはマズいでしょ。常識を考えなさいよ」


 チウに常識を諭されて、かなりの敗北感を被った感が否めない。

 だから、少しカッとなったのかもしれない。

 頭に血が上ると理性をかくものだ。


「あー、そうだな。他にあるとすれば、年の瀬の冬コミにでも行けば入れ食い状態で捕まえれれるかもな!」


「そこ、もっと詳しく」


 失態。

 

 


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