第二部五章『ゲームエンド』6-1


 俺が意識を取り戻してから、数十分が経過したらしい。


 今、俺たちは『迷宮』内のとある無人だった部屋に居る。

 白い壁と収納スペースが目立つ部屋だった。


 とりあえず、意識が戻ってから今に至るまでの経緯だが……――




 ――まず、目が覚めると、俺を抱く白華はっかの姿があった。


 目を覚ました俺を見て、半泣きで安心したように俺を見つめていた。……ったく。アンデッド相手に、心配し過ぎなんだよなぁ。


 その横では「大袈裟だよぉ」なんて、けらけら笑う加子かこが俺と白華を眺めていた。お前はもう少し俺を心配しろ。

 まあ、同じゾンビだからな。心配要らないことは分かってるんだろうけど……

 もはや俺たちゾンビは死という概念に鈍感なのだろう。


 っと、それはいいとして。

 周囲を見るが、既に黒服たちの姿は無かった。

 加子の話によると、黒服は俺の活動が止まったことを確認すると、加子と白華に興味を示さずに、俺の所持していた“鍵”を探していたらしい。

 さすがデスゲーム運営というか、よく死体なんて漁れるよなぁ。ゾンビの俺ですら気が引けるのに。

 そんなこんなで、俺の持つ“鍵”は奪われ、黒服たちは立ち去ったという。


 ……ああいや、立ち去る前に加子と白華にパスワードを問い質したらしいが、そもそも二人には教えていなかったので黒服たちは一時撤収したとか。

 パスワードに関しては、俺が目覚めた後でスマホを通じて再度問われるらしい。


 んで、黒服が去った後、加子と白華が大慌てで床に散らばった封印されしオレゾディアを完成させ、なんやかんやいつもの感じで俺が復活。

 俺の中の美恋も、無事に意識を取り戻したのだった。




 ――とまあ、そういうことがあったらしい。


 その後、俺たちは美恋の指示でこの部屋に移動してきたというわけだ。

 ……って、そういう認識で合ってるよな?


【ええ、そうね。間違いないわ】


 なら大丈夫そうだな。わざわざ美恋みれんに説明した甲斐があったぜ。


一斗いちとくん、調子は大丈夫ですか?」

「ああ、こっちは大丈夫だ」

「ちなみに私はノーブラなので大丈夫じゃないですけどね」

「何故それをわざわざ報告した?」


 照れたように両腕で胸元を隠す加子。

 でもまあ、確かに普段よりも変形の感じが柔らかそうな感じはしますねはい。


「むぅ……」

「っ――――!?」


 これは、殺気!? どこから!?

 あ、いや、普通に白華からだったわ。なんか、めっちゃ睨まれてるわ。

 いいじゃん別に。健全な男の子なんだから意識しちゃうじゃん。


【はぁ…… あのねぇ、あんたら緊張感無さ過ぎなんだけど】


 そんなの今に始まったことじゃねぇだろ。

 こういう時こそ、普段通りが重要なんだよ。たぶん。


【普段から倫理観がバグってるのよね……】


 仕方ねぇだろ。ゾンビなんだから。


【そんなこといいから、早く火花と通話しなさいよ。あのスマホ、まだ持ってるんでしょ?】


 まあ、そうだな。

 たぶん、目が覚めて状況を理解したら、俺から掛けて来いということなのだろう。

 その為に、黒服も俺からスマホを回収しなかったんだろうな。


「決着、つけるか」


 ロックの掛かっていないスマホを開き、SNSの緑アイコンだけが表示されているホーム画面を見やる。これを使えば、五十嵐火花と連絡を取ることは可能だ。

 俺は一度スマホから視線を外し、加子と白華を一瞥する。すると、二人はゆっくりと深く頷くのだった。


 さてと、最後にやれるだけのことはしてやるかな。

 俺は画面をタップして、五十嵐火花との通話に臨んだ。

 すると、直ぐに電話が繋がる。


『お目覚めのようですね』

「お陰様でゆっくり寝られたよ。永眠しかけたけどな」

『ふふ、それは困りますね。肝心のパスワードを聞いていませんので』


 くすくすと笑い、余裕を感じさせる声の五十嵐。

 その奥で、かつかつという足音が小さく微かに聞こえてきた。


「どこかに向かってる最中か?」

『ええ。ちょっとロッカールームまで』

「ほーん、なるほどな」


 パスワードを聞いたら、即座に中身を回収する魂胆なのだろう。

 それに、偽のパスワードを教えられていないか直ぐに判断できるしな。合理的だ。


『さて。あなた方の目的が達成不可能になった場合、その時点でこちらの勝ちとさせて頂くルールでしたが、覚えているでしょうか? その場合、私にパスワードを教えるという約束のことも』

「ああ。当然だ」

『よろしいです。では、そのパスワードを私に――』

「だけどなぁ。まだ、こっちは負けてねぇんだよなぁー」

『……、……』


 俺が小バカにするような声音で言うと、耳元で声が詰まるのが分かった。

 しかし、たとえ相手が納得していなかろうが、事実は事実だ。


『約束を破れば、三國白華を殺す。そう伝えたはずですが……?』

「それも覚えてるよ。でも、勝手にこっちが負けた扱いにされるのは、ルール上おかしいだろ?」

『この期に及んで詭弁を弄するのは、みっともないと思いますが?』

「詭弁なんかじゃない。これは事実だ」


 と、俺が言い切るが、五十嵐は信用などしていない口調で続けた。


『先程の黒服との戦闘で、我々はあなたから“鍵”を奪いました。当然、あなた方が他のスペアを持っていないことも確認済みです』

「“鍵”ねぇ…… でもさ、その“鍵”ってのは、いったい何を示しているんだ? もしかしたら、お前が俺たちの切り札を勘違いしている可能性だってあるはずだろ」

『写真とゼラチンゲル。そうですよね?』

「……ああ、そうだな。それだ」


 まあ、俺の所持品から無くなっていたのだから、ばれていて当然だよな。


【火花の実力なら確実に読んでくる。私も、そう思っていたわ】


 美恋が脳内で冷徹に呟く。

 ここからは騙し合いのターンだ。

 お互いに、どこまで相手の思考を読めたか。その勝負になる。


『まず、虹彩認証の突破方法です。虹彩とは、目の角膜と水晶体の間にある膜の部分。これは個々人でまったく別のパターンを持ち、生涯変わることはありません。それを機械が読み取ることで、個人を特定し判別するというのがシステムの原理ですね。……ですが、そのシステムには欠陥があります。それは、実際の瞳をスキャンしなくても突破可能という点です』

「俺もよく知らないが、どうやらそうらしいな」

『だからこそ、美恋先輩の瞳の写真が鍵になり得る。そういうトリックです』

「ああ、正解だ」


 そう。俺も美恋に聞いたのだが、実際にそういうことは可能らしい。

 高画質の写真であるという条件だが、それで虹彩認証は突破できてしまうのだった。


『次に指紋認証ですが、おおまかには似た原理ですね。本物が用意できないのであれば、代用品で突破すればいいです。指の凹凸を読み取る指紋認証では、写真での代用は不可能なので、代わりに指の型を取って作ったゼラチンを使用した、と』

「ご名答。さすが『迷宮』の運営委員だけあるな。知識まで捻くれてやがる」

『それはどうも。お互い様ですが』


 と、俺の嫌味に対してクールに返す五十嵐だった。

 指紋認証の詳しい説明は省くが、ものによってはこの方法で突破不可能なシステムもあるらしい。

 だが、これには事前に美恋があれこれと試して知っていた知識があった。


 それを踏まえて、音黒せんせーが色々と調整して作ってくれたゼラチンゲルを使い、偽装指紋を作り出したのだった。誘電率がどうとか言ってたけど……まあ、その説明はどうでもいいか。


【まさか、私の悪戯趣味がここで役に立つとは思わなかったわね】


 つーか、そもそも何でそんなこと調べてたんだよ?


【いやその。誰かの指紋が強洗剤とかで消えて、本部内に入れなくなったりしたら面白いじゃない?】


 ……やっぱり悪霊だな。お前は。

 ちなみに、そうなったら、この本部には入れないのか?


【いいえ。武装した看守の居る別の出入り口があるわ。圧があって怖いのよね、あそこ】


 そこの通行を強制するお前の思考が怖ぇよ。

 っと、そんなことはどうでもいいな。

 俺と美恋の話など知る由も無く、火花が言葉を続ける。



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