第二部五章『ゲームエンド』6-2


『鍵を失ったあなた方は、既に目的の達成は不可能のはずです。それでも悪足掻きを続けるのであれば、こちらは実力行使に出るしかありませんが?』

「まあ待てよ。その鍵を失ったからって、敗北条件を満たしたわけじゃねぇだろ。あるんだよ、目的を達成する他の方法が。ゾンビである俺にはな……!」


 それこそが、俺の持つ“本物の鍵”。

 それが、騙し合いを制する為の切り札だ。



『まさか、美恋先輩の目と指を自身に移植してある。そんなこと言いませんよね?』



 ッ――――――――!?


「な……ッ!?」

【……、……】


 こいつ、ここまで読んでいやがったのか!?

 あ、ありえねぇだろ……!? だって、五十嵐は普通の人間なんだぞ!?

 そんな発想に至れるわけが……!?


『でも、目と指の移植は情報戦の為のフェイクです。ああいえ、実際に移植はしたのでしょうけど、思った通りに機能しなかった。それが正しいですかね』

「てめぇ、そこまで……!? ま、まさか……」

『はい。確認させてもらいました。監視カメラ映像から、あなたの虹彩と指紋を』


 脳裏に蘇るセリフがあった。

 あれは、ルール説明の際だった。


『――“激しい戦闘が予想されますが、意図的に備品を破壊することは禁止させていただきます”――』


 この真意は、各所にある監視カメラを破壊させない為のルールだったということだ。

 そして、何故か俺たちが黒服から逃げ切れたゲーム序盤の逃亡シーン。

 あれはわざと俺たちを逃がして、隠しカメラから俺の虹彩と指紋のデータを取る時間稼ぎをしていたということだろう。


【なるほど。そういうことだったのね。……となると、火花は私のスマホでも持っているのかしら? 私のは古い型だから、まだ虹彩認証が搭載されているのよね】


 っ…………! そういうことか。

 もし、あいつが美恋の遺品を所持していれば、虹彩と指紋が機能するのかの判断が可能になると。


「おい、お前は美恋のスマホを持っているのか!?」

『はい。その通りです。監視カメラから読み取った虹彩と指紋パターンを、あなた方と同じような手段で復元し、それを美恋先輩のスマホで試しました』


 そ、そんなことが可能なのか……?


【最近は写真から生体認証に必要なデータを盗まれるケースもあるのよ。それが例え指紋であっても】


 マジかよ…… 迂闊だったな。

 にしても、凄い時代になったもんだ。写真から生体情報なんて。


「それで、俺の虹彩と指紋じゃスマホの生体認証は突破できなかったってことか……?」

『ええ。スマホのロックは解除できませんでしたね。あ、もしかして、まだ知りませんでしたか? ふふっ』

「でも……、カメラ映像の問題で、上手く読み取れなかった可能性だってあるだろ……!」

『当然、その可能性も考慮しています。なので、あなたが眠っている間に、部下に直接試させました。……上手く移植されてはいましたが、よく見るとサイズのずれで他人のものだとバレバレでしたね』

「そーかよ」


 クソッ。これは、完全に俺の想定外だった。

 まさか、五十嵐の思考がここまで辿り着いているとはな……!


『これであなたが敗北条件を満たした証明になると思いますが、どうでしょうか? まだパスワードを教える気にはなりませんか?』


 五十嵐が淡々と問うた。

 それに、俺は……


「……パスワードは、honestだ。アルファベットで」


 正真正銘のパスワードを答えることで返事をした。


『正直者、ですかね? 美恋先輩には似つかわしくないワードです』

「まったくだ。俺もそう思った」

『だからこそ、セキュリティ性は高そうですけど』


 向こう側から聞こえる足音が、ピタリと止まるのが分かった


『さて、私はロッカールームに着きました。これから美恋先輩の情報を使って、ロックを解除します。もし、偽りのパスワードであれば、三國白華さんを殺しますが、よろしいですね?』


 そう問われ、俺は部屋に居る白華を一瞥した。

 白華には五十嵐の会話は聞こえていない。きょとんとした表情を見せた後、悪戯っぽく手を振ってきた。

 そういう何気ない仕草、ドキッとするんでやめてくれませんかね。ゾンビなのに心臓動いちゃうでしょうが。ったく。


「パスワードは本物だ。だから、白華には手を出すなよ?」

『であれば、問題はありませんね。それは約束しましょう』


 無機質で断続的な電子音が鳴った。

 パスワードが入力されているのだろう。


【……これで決着ね】


 そうだな。完全に、俺の想定の遥か先を行ってたよ。五十嵐は。

 まるで太刀打ち出来なかった。……俺ではな。


 ――耳元とその向こう側から、ロックの解除された扉が開く音がした。

 そして、五十嵐火花がこの部屋――ロッカールームに足を踏み入れてきたのだった。



「ど、どうして……!? どうして、あなたが先にロッカールームに入っているんですか!?」



 と、目の前に立つ五十嵐の叫び声が部屋に反響した。

 目を見開き、焦りを見せる五十嵐。

 その後ろには、さっき俺と戦闘をしていた黒服二名が同じような表情で突っ立っていた。

 当然だろう。本来、五十嵐の説明通りであれば、俺たちにはこの部屋に入る鍵を持ち合わせていないはずなのだから。


「五十嵐、お前の読みは俺の想像を超えていた。でもな、それでも美恋の方が更に上だったってことだ」

【ま、当然よね。この私が火花に負ける道理なんて無いわ! ふふん】


 余裕綽々といった風に、脳内で調子に乗る美恋。

 まあ、今くらいは素直に称賛してやるか。やっぱ凄ぇよ、お前は。


【ん……、そう素直に言われると調子が狂うわね。キモ……】


 こ、こいつ……

 まあいいや。まずは、五十嵐の方に集中するか。


「パスワードはともかく、虹彩と指紋が無ければ、ここのロックは開かないはずです! どうやって、あなたはここに……?」

「簡単な話だ。俺に移植された虹彩も指紋も、ホントは普通に使うことが出来たってことだよ」

「そんなはず無いです! だって、私はその確認を……」


 美恋のスマホを使って、虹彩も指紋も反応しなかったことは確認済み。……なのだろうが、そこまでしてくることを美恋は読んでいた。

 だから、こっちも事前に対策を打てていたということだ。


【『迷宮』の運営であれば、それくらいのことはしてくると思ったのよ。あんたと違って】


 ああ、悪かったよ。

 絶対にここまでする必要なんて無いと、俺は思ってたんだけどなぁ。

 まあ、五十嵐にもそのトリックの解説はしてやるか。


「俺たちがいったいどんな策を打ったのか。よーく聞いておけよな。まずは虹彩だが、これは単純に目を隠せばいいだけの話だ」

「目を隠す……? 私に気づかれずに、どうやって……?」

「そんなの簡単だろ。カラーコンタクトをつければいいだけだ」

「ッ――!?」


 あまりにも単純な方法だった。ゾンビの部位移植なんかよりも、ローテクで簡単な。

 これで虹彩は隠せる。お陰で、俺は普段よりも黒目ぱっちりだ。

 だが、五十嵐は気づけなかった。美恋の目と指を移植したこと自体が、俺の切り札そのものだと勘違いしたから。

 だから、その先があることを想像できなかったのだろう。


「んで、次に指だけど……、こっちは少し専門知識が必要だな。でもまあ、やってることは同じだ。バイオメトリックジャマーって呼ばれる技術で、俺は指紋を隠していたんだ。こう、指にシールを張って、自然と指紋を隠す技術だ」

「……なるほど。聞いたことはありましたが、そんなものまで……!」


 しかしまあ、当然そんなもの持っていなかったから、ネクえもんに頼んで似たものを作ってもらったわけだが。ホントに何でも出来るのな、あの人。

 っと、とりあえずネタバラシはこんなものか。



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