第二部四章『迷宮脱出ゲーム』5-4


「かくれんぼをしながら、目的地に近づく。至ってシンプルだけど、これしかねぇんだろうな」

「そっか。でも、ロッカールームの場所は分かってるんでしょ?」

「まあ、俺は知らないけど、美恋のナビゲートがあるから何とかなるだろう」

【そっちは任せなさい。心配しなくていいわ】

「では、行きましょうか。足音も遠ざかっているみたいですし」


 というわけで、俺たちは休憩室から出て、ロッカールームのある場所を目指すことに。

 その道中で思ったのだが、あまりにも人が少ない。

 どういうことなのか美恋に問うてみたところ、


【火花の手配って言うのもあるのでしょうけど、もともと本部に居る人間は少ないのよね。各地にあるデスゲーム会場の方が、圧倒的に人が多いわ】


 とのこと。

 『迷宮』運営委員の人たちは、現場に向かうか、自由に待機していることが殆どらしい。

 中には高校へ通いながら運営の仕事をしている例もあるとか。

 しかも、それ専用の学園まであるのは驚きだった。


 そんな話も交えつつ、周囲に気を配りながら進んでいると、やはり先程の黒服が巡回しているところに出くわす。


「一人、みたいですね……」

「私たちを探すのに手分けしたのかな?」


 曲がり角から先を見ると、加子の言った通り、黒服は周囲を気にしながら一人だけで廊下を歩いていた。

 相変わらず日本刀は持っている様子だが、一人なら不意打ちでやれるか……?


「よし、とりあえず行ってみるわ」

「気を付けてね……!」

「おう!」


 とんとんと小さく足音を殺して、大股で黒服の背中に肉薄する俺。

 右腕を大きく振り上げて殺意を振り下ろす。

 こういう時、マンガの強キャラみたいに首トンで気絶させられたら楽なんだけどなぁ。


「ふっ……!」


 刹那。黒服が静かに近づいた俺を一瞥する。

 な……ッ!? 気づかれた!?

 一瞬、黒服が俺の動きを見て、そのまま流れるような動きで刀身を鞘から抜いた。


「マジかよ……ッ!?」

「この化け物がッ!!!!」


 刀が俺の脇腹から肩を斜めに横断し、その軌跡を赤く濡らす。だが、浅い。これならゾンビにとっては無傷と同義だ。問題はねぇはず……!

 俺が左腕を振ると、腕に収納されている刀身が手のひらを突き破って露出。こいつで黒服の刀を振り落とせば……!


「今だぁあああ!!!!」

「おうッ!!!!」


 不意に。

 目の前の黒服が叫びを上げると、また別の黒服の声が聞こえてきた。


【二人目!? 来てるわ!】


 いやいや、無理! 絶対に間に合わねぇって!

 見ると、刀身を振り上げながら切迫してくる男が一人。

 とにかくマズいのは腕を斬り落とされることだ。大きな損傷は再生に時間が掛かる為、また生えてくるのを待つのは効率が悪い。

 落ちた腕の切断面を付け直せればいいのだが、そんなことをしている隙なんて与えてはくれないだろう。

 ど、どうする……!?


「一斗くんっ!!!!」


 瞬間。俺の視界に加子が飛び込んできた。両腕を広げて、俺を庇うような体勢で。

 すると、駆け寄ってきていた黒服が驚きの表情を見せ、振り下ろされていた刀身が中途半端に空中で止まる。

 だが、駆ける勢いだけが急には止まらない。その結果、


「くはっ……」


 その刀身は、加子の胸を真っ直ぐに貫いた。

 加子の背中に、大輪の赤い花が咲く。


「か、加子……ッ!? な、何してんだよ!? 大丈夫なのか!?」

「一斗くん…… ちょっと、マズいかもです……」

「加子……ッ! おい、加子!?」


 俺が問うと、ゆっくりと加子は顔だけで俺に振り向いた。


「今のでブラのホックが壊れましたぁ!? 替えなんて持ってきてないですよぅ!?」

「そんなことかよ!」


 心配して損したわ。つか、こいつもゾンビだからこれくらい何ともねぇか。


【そっちに気を取られている場合じゃないわよ! 今なら一人やれるでしょ!】


 おっと、そうだったな。

 俺は即座に納刀したままの右腕を振り上げる。

 たとえ指は繊細に動かなくても、拳を握るくらいなら……!

 想定外の加子の割り込みで、動揺していた黒服は即座に動くことが出来なかったようだ。


「おらぁあああ!!!!」

「ぶはっ!?!?!?」


 振り下ろした拳は男の顔面を捉え、そのまま意識を刈り取る。クリーンヒットだ。

 っし。これで、あと一人……

 いや待てよ? そういえば最初に見た時は三人だったはずだが……


「油断したか、化け物……!」


 再び、最初の黒服が俺に切り掛かって来る。が、これは左腕の刀で受けられる。

 これなら、空いた右手で殴りつければ……!


「惜しかったなァ! このゾンビ野郎!」

「なッ!? 三人目!?」

【一斗ッ!】

「一斗くん!」


 ほぼ同時に、俺を呼ぶ声がした。

 いつから近づいてきていたのかは分からない。だが、三本目の刀は俺の右腕を奪おうと確実に狙いをつけて迫って来ていた。

 クソッ!? どうにかして、避け――

 だが、その瞬間、俺の視界が左右でぶれるのが分かった。ちっ、焦点が定まらねぇ……!


【こ、こんな時に……!?】


 直後、肩から先の感覚が消える。まるで、始めからそうであるように。

 もともと、両腕にナマクラなんて詰めていたものだから、片方を失えば余計に身体のバランス感覚は崩れる。

 そうして地面に転がった俺を見下し、最初の刀が俺の喉元に突き付けられた。


「そういった油断が命取りなのですよ。四居美恋様と同様に」


 な……ッ!?


【こいつ……、私のことを、知っている……?】

「まあ、これも火花様のことを思えばというもの。また地獄から蘇るのであれば、私がその火の粉を振り払いましょう」


 俺を見下す濁った瞳は、俺ではなく美恋を見つめているようだった。

 この口調、まさか……!?


「てめぇが、美恋を殺――――」

「これにてゲームエンドです」


 刹那。振られた刀が、俺の首を切り裂いたのが分かった。


 そして、俺の意識が途絶える。


 最後に見えた景色は、赤く染まったペンダントのチェーンが、その刀身に絡みついて離れて行く様だった。


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