第二部四章『迷宮脱出ゲーム』5-1
まだ太陽がほぼ真上にある時間帯の街中。見渡す限りのビル群。
こんな時間から、ついでにこんな場所でのデスゲームに挑むのは初めての経験だ。
んー、なんだか新鮮な気分だな。
【ゾンビが新鮮なわけ無いでしょ。既に腐ってドロドロよ】
ほう、
とまあ、それはさておき。
今日――音黒せんせーにあれやこれやの人体改造をされた翌々日。
俺は『迷宮』本部にある美恋の個人ロッカーを漁るべく、こうして『迷宮』本社ビルの近くまで足を運んできていた。
学生は夏休み中とはいえ、社会人には無関係。スーツ姿で汗をかきながら外回りに出かける社畜の人通りは少なくない。
日常の中にある普遍的な風景だが、その直ぐ近くで非日常のデスゲームが始まろうとしている。
この日の為に、俺も諸々の準備は万端だ。また音黒せんせーに身体を魔改造されたせいで、ちょっとバランスが悪い気もするが。
【まだ慣れないの? もう丸一日以上経つじゃない】
右と左の感覚に少しズレがあるんだよな。あと繊細な作業がしづらいかな。
ちょっとした違和感だ。まあ、問題はない。
【私は、むしろちょっと扱いやすいくらいだけどね】
お前はそうだろうけどなぁ……
っと、今は一旦置いておくか。それより、気になっていることがある。
【何よ?】
きょとんとした声で問う美恋。
いやいや、どうして――
「音黒せんせーにお土産頼まれてるんですけど、なに買ったらいいですかねー?」
「お土産頼まれるほど遠出してないでしょ……」
「東京だと、やっぱり東京バナナとかですかね?」
「地元のブランド貰っても嬉しくないんじゃない? それに東京だったら、他にもリベンジャーズとかレイヴンズとか」
「うーん、それならレイヴンズですかね。ファンタジア文庫ですし」
どうして食べ物の話から離れてるんだよ!? それ東京みやげじゃねぇから!
……いや、そうじゃなくて!
「どうして、
【……言われてみれば、その通りね。何となくスルーしていたけど】
普段ならデスゲームに行くときは俺一人だけなのに。
「あ、それなら、音黒せんせーに頼まれて来たんだよね。一緒に付いて行ってやれって」
「音黒せんせーが……?」
白華の言葉に首を傾げる俺。
加子ならともかく、生身の人間である白華を連れて行くメリットなんて無いだろ。
万が一のことがあったらと思うと、むしろデメリットしか感じられないが。
「えっと。なんか、今回のゲームは整備されたルールなんて無いからって言ってたかなー?」
「んんー? どゆこと?」
「さあ? 私にも分かんないけど……」
「あ、私の同行はついでみたいでした! 仲間外れなのは寂しいので、ご一緒させてもらいますね!」
ついでに付いて来ちゃったのね…… まあ、加子はゾンビだから死なないしいいけど。
「まあなんだ。音黒せんせーが言うなら何か考えがあるんだろう。さっそくだけど、『迷宮』本部に殴り込みに行くか」
俺は空を仰ぐようにしてビルのてっぺんを眺める。た、高ぇー。
こんなところに殴り込むのか、俺たちは。でもまあ、尻込みしてても仕方ないな。
俺は足を踏み出して、正面の出入り口に――
【いやバカなの? バカ正直に正面から入るバカがどこに居るのよ?】
そんなにバカバカ言わなくても……
え、何? ここから入るんじゃねぇーの? アポイントメントとか取ってねぇぞ?
【運営委員用の裏口があるに決まってるでしょ。それに、上は表向きの企業よ。アングラなことは、文字通りアンダーグラウンドでやってるのよ】
……??? えーっと? つまり、地下ってこと?
【そういうこと。身体、借りるわよ】
と言って、美恋は俺の身体を操り、一見すると『迷宮』とは無関係な近くの小さなビルの裏口まで歩いてくる。後ろに加子と白華を連れて。
なるほどな。ここが地下で『迷宮』と繋がっているのか。
……それと、なんか自然に俺の主導権奪われてるけど、やっぱりこれには個体差があるのだろう。美恋は他人の身体を乗っ取りやすい魂なんだろうな。
【そこ。こんなビルには不釣り合いな機械がドアに付いてるでしょ? そこに指紋、光彩、パスワードを読み取らせなさい】
美恋の指示通りに機械を操作していく。すると、ガチャリとロックが外れる音が聞こえた。
「?
「まあ、色々とな。加子にもあとで教えてやるよ」
ここだと、誰が聞いてるか分からないしな。重要な情報は隠しておくに限る。
そんなこんなで、俺たちはビルの中へ。
美恋の指示通りに奥へ進み、どんどん地下へと潜っていく。
「へー、意外と広いんだね」
と、白華が地下空間の感想を口にした。
廊下は蛍光灯のせいで、地中ということを思わせないくらいに明るい。壁は無機質に白く、足元にはグレーのマットが敷き詰められている。要するに、普通のビルのオフィスだ。
人通りが皆無で、やけに物静かなのが気になるけど……
すると突然、
――テテテテテテテン。テテテテテテテン。テテテテテテテン。
という、某緑のSNSっぽい着信音が廊下に響き渡った。
「きゃぁああッ!?」
「こわいですー! あはっ」
両サイドから俺に抱き着く二人の美少女たち。暖かく柔らかな感触が腕を包み込む。
おおう、いえーす。そいういうターンね。完全に理解した。
片や右サイド。本気でビビり散らし、顔面蒼白で音から顔を背ける方。
とても大きなお胸の感触がいつだっておっぱい。ガクガクと震えるたびに、もにゅんむにゅんと感触を与えてくる。ふへへ。
そして、もう片や左サイド。きゃいきゃいとはしゃいで、まったく怖がっているように見えない方。何故かって? ゾンビだから。
そこそこ大きなお胸の感触も、左に比べると少しばかり弾性係数が低いように感じる。何故かって? ゾンビだから。しかし、それでも若さ故に感触はいっぱいおっぱい。
【うわぁ…………】
おいこら。もうちょっと別のツッコミとか反応があるだろ。
ドン引きして黙らないでほしいなぁ、まったく。現代ラブコメを理解してくれ。
【いいから、さっさと音の正体を確かめに行きなさいよね】
へいへい。しゃーない、本筋に戻ってやるとするか。
えーっと、音源はこの廊下の先っぽいな。
「びびびびっくり系の怖いやつは苦手って、前に話したじゃん! もうっ!」
「白華は誰に向かって文句言ってんだよ…… 確かに、前にそんなこと言ってた気がするけど」
あのゲーセン行った時のことか。懐かしいな。
なんて思っていると、あたふたと怯えまくる白華がぎゅーっと抱き着く力を強める。
「お、お化けかな!? 着信アリ系のやつ!」
「ちなみに今お前が抱き着いてるのゾンビだからな。しかも、幽霊に憑かれている系の」
ホント、どこに向かって怖がってんだよ。むしろ日常だろ。
「あの、一斗くん。最近のお化けって、電子機器も使いこなせるんですかね。なんか、そこが気になって、そういうホラー映画とか楽しめないんですよ、私」
「ナウいハイカラな幽霊なんだろ。最近のゾンビだってスマホ使うし」
「あー、言われてみればそうですね。納得です」
こっちはこっちで最近の幽霊事情に疑問を持つ現代っ子ゾンビだった。
加子が抱き着いている理由は、ただのノリなのだろう。きっと。可愛いやつめ。
【また話が逸れてるわよ! 早く調べなさいよねバカゾンビ!】
ったく。しゃーねぇな。
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