第二部四章『迷宮脱出ゲーム』5-2


 俺は二人の拘束をやんわり振りほどいて、廊下の先を目指す。

 すると、未だに着信音を鳴らし続けるスマホが廊下に転がっていた。

 ……出ればいいのかな? まあ、出てみるか。


「もしもし――」

『判断が遅いです。こっちも準備していたんですから、早く出てください。まったく……』


 開口一番に文句を言われた。生意気な。


「はい、ピザデブ小岩二号店ですけど」

『ちっ……』


 あまつさえ舌打ちまでされた。


【当たり前でしょ。そりゃ舌打ちもしたくなるわよ。ああ、可哀そうな火花……】


 そんなボロクソに言わなくても…… 小粋なジョークじゃん。まあ、鬱陶しいだけとも言うが。


『コホン。本題に入らせてもらいますね。まず、前提としてそちらの事情は分かっているつもりです。犬丸一斗さんが既に亡くなっていることなども含めて』

「そこまで知ってるのか。まあ、『迷宮』ならそれくらいするか……」


 いったいどんな情報収集能力を有していれば、そんなことまで調べがつくのやら。

 やっぱ、やべぇ組織なんだろうな『迷宮』ってのは。なあ?


【そうね。それに目を付けられているあんたは命がいくつあっても……、足りないどころか既に無かったわね】


 そういうことだ。とっくに俺のライフはゼロ。持たざる者は、何も恐れない。

 そして、五十嵐は話を続ける。


『そこで提案なのですが、私とゲームをしてくれませんか?』

「ゲーム?」

『はいです。いつものデスゲーム、ですよ』


 怪しく笑うクスクスという小さな機械音が鼓膜を震わせた。

 これまた話が分かりやすいな。まあ、スマホが置いてあった時点で、お出迎えの準備は万端だったのだろうが。こっちの行動は、完全に読まれているということだ。


『まず、この件は私個人の問題です。なので、あまり『迷宮』を巻き込むような大事にはしたくないんですよね。でも、それはあなた方も同じだと思います。事を無駄に大きくして、『迷宮』と敵対することは望んでいないはずです』

「まあ、それはそうだな」


 そこに反論は無い。でも、「だからじゃんけんで決着をつけよう」とか言われて納得できるという訳でも無い。

 ゲームという形式を取る以上は、お互いに納得できる内容でないと成立しないのだ。


『私が提案するゲームは“迷宮脱出ゲーム”です』

「脱出ゲームか……」

『以前、あなたは『迷宮』の“宝探しゲーム”に挑戦されましたよね? あれを想像して頂ければと』


 “宝探しゲーム”といえば、初めて美恋と出会ったあのゲームのことだな。

 要するに、前回のお金が入った“アタッシュケース”の代わりが美恋の個人ロッカー。そして、そこにある“宝”を回収して、ここから出ることが出来れば俺たちの勝ち、ということだろう。


「まあ、だいたい想像は付くけど…… 俺たちが目的を達成して、ここから脱出できたら勝ちってことでいいのか?」

『はいです。おおまかには、そうですね』

「おおまかには……?」


 まだ追加ルールがあるってことだろうか。


『もし、無事に脱出できたのなら、私があなた方を追うことは二度とありません。それは約束しましょう。ですが、それには前提の条件があります』

「その条件ってのは?」

『“鍵”を明確に提示してもらうこと、です』

「鍵? そんなもの、こっちは持ってねぇぞ?」


 すると、五十嵐火花がまた小さく笑って言葉を続ける。


『パスワード、ですよ。それを明確に提示してもらいます』

「ああ、そういうことか」


 なるほど。鍵と言われれば、確かに鍵だな。

 要するに、それを賭けろということ。


『こちらがあなたを捕らえた場合、拷問をしてでもパスワードは吐いてもらうつもりでしたが、残念なことにそれは無意味ですよね』


 ま、そりゃそうだ。

 こっちはアンデッドだからな。拷問されながら昼寝だって出来ることだろう。


『本来であれば外部の家族や友人を人質に……、という流れですが、そこには普通の人間が居るようです。素直にパスワードを吐かないようであれば――』

「言わなくていい。こっちが負けたら、パスワードは偽りなく提示することを約束する」


 つまり、嘘を吐けば白華の身が危ないという意味だろう。

 まあ、それは俺としても不本意なことだ。


『賢明な判断です。それと、他のルールですが、あなた方の目的が達成不可能になった場合、その時点でこちらの勝ちとさせて頂きますです。よろしいでしょうか?』

「構わねぇよ。でも、そっちもルールは守ってもらうからな?」

『もちろんです。デスゲーム運営という立場に誓って。……ああ、それと最後に。激しい戦闘が予想されますが、意図的に備品を破壊することは禁止させていただきます。お互いの為にも』


 あー、それもそうか。

 色々とぶっ壊したら五十嵐の責任にもなるし、そもそもロックを解除する為の機械を壊されでもしたら、俺たちの勝ち筋は無くなるわけだしな。


「ああ。ルールは把握した。そのゲーム、乗ってやるよ」

『ありがとうございます、です。では、さっそく始めましょうか! ――デスゲーム、スタートですっ!!!!』


 そして、通話が切れる。

 俺はスマホをポケットに突っ込んで、加子と白華の方を振り返った。


【ゲーム開始ね。まあ、あんたの武力と私の知能があれば何とかなるでしょ。少なくとも、私が火花に劣ってるわけ無いしね】


 ははは、そこまで言うなら信頼してやろう。ナビは頼んだぞ。


【ええ、任されてあげる】


 美恋は脳内で不敵に笑ってみせたのだった。


「一斗くーん! どうでしたかー?」

「やっぱり、お化けじゃなかったー?」


 と、二人が少し離れた安全圏から声を掛けてくる。おいおい、何だこの距離感。もう少し俺のこと心配してくれてもいいんじゃねぇの? まあ、いいけどよ。


「例の五十嵐火花からだった。こっちの動きは読まれてるみたいだな。それで、なんか今から“脱出ゲーム”することになった」


 俺の安全を確認すると、二人がこっちに歩み寄りながら疑問を口にする。


「“脱出ゲーム”ですか? というか何で急に……?」

「といっても、やることは何も変わらねぇよ。要するに、美恋のロッカーの中身を回収して脱出する目的は同じだ。ただ、ゲームという形式を取ってフェアな戦いにしようってことだろう」

「でもそれ、本当にフェアな審判してくれるの? 怪しくない?」

「ま、そこは信じるしかねぇな。こっちから何か出来るわけじゃないし」


 だよな?


【心配いらないわ。私たちはデスゲーム運営組織『迷宮』よ。ゲームの結果は何よりも尊重されるのが掟だから】


 ふーん、そんなもんかねぇ。


【そんなもんなのよ。あんたには分からないでしょうけど】


 何にせよ、信じるしかないなら気にしても仕方ねぇよな。俺たちは目的を達成することだけを考えるとしよう。

 すると、不意に男の声が廊下に響いた。


「居たぞ! こっちだ!」


 五十嵐火花の手下か。足音は数人分。だが、たとえ相手が何人で居ようと、ゾンビの俺を倒すなんて不可能――


「あ、無理だわこれ」


 振り向き、スーツ姿の男たちを一瞥する。全員が一様に日本刀を所持していた。

 完全にメタられてるな。部位欠損だけはゾンビ無力化として有効なのをよく理解していらっしゃる様子で。っべー。


「一斗くん!? ど、どうしましょう!?」

「相手、三人も居るけど大丈夫?」


 二人があわあわと俺に問うてくる。まあ待て。こういう時こそ落ち着いて冷静に――


「よし、とりあえず逃げよう!」

「やっぱりですか!?」


 と、加子が短く悲鳴を上げた。

 だが、無駄口を叩いている暇は無いので、俺は二人を先導して廊下を駆けることに。


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