幕間『デスゲーム前のゾンビな日常』4-2
「
「
「「料理対決コーナーァァァアアアアアアッッッ!!!!」」
どんどんどんぱふぱふぱふ。
……なんでやねん。何があったんだ。
俺が地下研究室に入るなり、私服エプロンという素敵装備の美少女二人がテンション高めでキャッキャしていたのだ。
ちなみに、白華は家庭科の授業を思い出すようなエプロン姿で、加子は何故か新妻のようなフリフリエプロンだった。まあ可愛いから何でもいいか。
「で、これは何事なんだよ……?」
俺が問うと、加子がニコニコ楽しそうに笑いながら答えた。
「まず、これを見てください!」
一点を指さす加子。そこには、卓上に置かれた大量の袋。そこにはゼラチンという文字が記載されていた。
「なんだ、これ?」
聞くと、白華が言葉を続ける。
「それがさぁ、音黒せんせーにお使いを頼まれてゼラチンを買ってきたんだけど、買う量を聞くの忘れてたんだよねー。それで、ラインに連絡入れたんだけど、偶々実験中で連絡つかなくて。加子と、足りないよりは多い方が良いよねって話になって……」
「んで、買い過ぎちゃったと?」
「そういうこと! だから、この大量のゼラチンを消費する為に、料理対決をすることにしたわけよ。どうせだから一斗も巻き込んで」
どうせだからで巻き込まれてしまったのか、俺は。
まあ、こんな平和なイベントであれば巻き込まれるのもやぶさかではない。
何より、二人のエプロン姿が見られたのだから、それに越したことは無いだろう。うむ。
【あんたって、ゾンビのくせに性欲だけはお盛んよね】
そんなこと無いわい! 食欲だって、睡眠欲だって、日によってはお盛んじゃわい!
人間らしい生活を失いたくない純情ゾンビハートなのであった。
とまあ、それはそれとして。
「事情は分かった。であれば、俺が公正なジャッジを務めるとしよう」
「よろしくね、一斗!」
「一斗くんの胃袋を掴んだ方が正妻ということになるので、お願いしますね」
「おう、任せ――……え、なんて?」
さらっと何か重大なことを言われた気がしたが、きっと気のせいだろう。
俺は難聴系主人公を演じることで聞かなかったことにした。
【一斗の胃袋を掴んだ方が正妻に――】
いちいち言い直さなくていいわい! それに、今はまだ二者択一の結論を出すべきじゃないのである。第一部のエピローグでそう言ったじゃん俺。
【知らないわよ、そんなの……】
呆れ口調の美恋だった。まあとにかく、お前は余計な口を出すなということだ。
適切な時期は、きっといずれ来るだろう。たぶん。おそらく。
それより、今はこの料理頂上決戦(?)を楽しませてもらうとしようじゃないか。
「白華ちゃん、準備は良いですかー?」
「私は大丈夫! 加子こそ、準備はいい?」
「はい、もちろんですっ!」
「それじゃあ、レッツ――」
「「――クッキング!!!!」」
という掛け声で料理が始まった。この掛け声要る?
【二人とも、まずはゼラチンの袋を開けて、ガスコンロに置いた鍋に投入しているわね。ゼラチンという素材から考えて、きっと両者とも似たスイーツ類でしょうね】
この実況と解説要る? 絶対要らないよね。
ということで、俺は行間とひし形の呪文を心の中で唱えて時間を飛ばすことにした。
◇
さて、あれから二~三時間くらい経ったかな。
料理と言っても、ゼラチンと何かを溶かして混ぜて固めるだけの簡単な作業だ。そんなに凝ったことが出来るわけでも無い。
この研究室にはマイナス八〇度で試薬を保存する為の冷凍庫があるので、それを使って急速冷凍すれば冷やす過程もさほど時間が掛からないのであった。
研究室あるある。冷凍庫に食べ物を保存しがち。飲食禁止なんて、教授が居なければあって無いようなルールだ。
そんなこんなで、俺の目の前には二種類のスイーツが並べられている。
加子が作ったプリンと、白華の作ったムースだ。どちらも研究室のビーカーに入っている。きっと容器を準備し忘れたのだろう。
「おあがりよ、です」
ドヤ顔でスプーンを差し出してくる食戟の加子。ほう、たいした自信だな。ならば小娘、貴様のから食してやろう。
俺は加子からスプーンを受け取り、プリンを掬って口へと運ぶ。無言で咀嚼。
【……】
ふーむ、なるほど。よもやよもやだ。これは――勝負あったか。
いやしかし、万が一ということもある。俺は次に、ムースへと視線を向けた。
「エンジョイ!」
白華がキメ顔で皿を差し出してくる。元ネタは分からなかったが、まあいいか。
同じくスプーンで掬って一口をじっくり味わう。
【…………】
ほほう。そうきたか。まさかの展開だ。これは甲乙つけがたい。
俺の料理評論家人生史上(数分)、最も大きな難題と直面してしまったかもしれない。
とても悩ましいところだが……、やはり結論は出さねばなるまいて。
「どうでしたか? 一斗くん」
「一斗、どうだったー?」
俺は一流料理評論家の気分を垂れ流しながら、その重い口を開いた。
まあ、結論としては――
「どっちも微妙に美味しくない! 普通以下だ!」
そう言い切る他あるまい。そんな程度の味だった。
「えー!?」
「そんなぁ……」
がっくり項垂れる二人。
俺もまさかこんな結論を出すことになるとは思わなかったけどな。メシマズ属性ヒロインには程遠く、しかし美味いかと問われるとそこまでじゃないという匙加減。
「加子のプリンは水分量が多くてべちゃべちゃしてるんだよな。逆に白華のムースは粉っぽい感じがする」
【そうね。私も同じ感想だわ。あと強いて言えば、どっちも味が薄いかしら】
冷たいものは甘味を鈍らせるからな。その辺のことを知らなかったのだろう。
「むー、そんなにダメでしたかねー」
「自信あったんだけどなー」
と、加子と白華も自身の作った甘味を口に運ぶ。すると、やはり微妙そうな顔をしたのだった。
【まったく、見ていられないわね。身体の主導権、貸してもらうわよ?】
んぁ?
俺が疑問に思うよりも早く身体は動いていた。
ハンガーにかけられた白華のエプロンを身に着け、慣れた手つきで各種材料の袋を開けて分量を量る美恋。というか俺。
すげぇ、まるで俺が俺じゃないみたいだ。(俺じゃない)
コンロに点火して、鍋に水、ゼラチン、砂糖などなどを突っ込んで混ぜる。
ビーカーの容器に移して、ソフトドリンクと配合したシロップとかなんかを加えた。
そして、マイナス八〇度で急速冷凍。(※試薬がダメになるのでマネしないでください)
こうして手際よく、余った材料とゼラチンで大量の彩り豊かなゼリーを作り出したのだった。
色々と描写を省略しているが、ここまでの工程でおよそ一時間。実に加子や白華の半分ほどの時間である。凄い。
【召し上がれ】
「美恋が召し上がれだとさ」
と、俺が伝えると、加子と白華は小さく頷いてから、スプーンで掬ってゼリーを一口食べる。
それを見て、俺も同じようにゼリーを口に運んだ。それと今気づいたけど、このスプーン“薬さじ”じゃねぇか。(※危ないのでゾンビ以外は実験器具で食事をしないでください)
「こ、これは――」
思わず声が漏れ出た。それだけに衝撃だったのである。
加子と白華を見やるが、おそらく二人も同じ感想だったのであろう。顔が物語っていた。
「このゼリーの味――普通だ!」
そう、普通だったのである。
可もなく不可もなく。ちょっと美味しく食べられるくらいの絶妙な塩梅だった。
まさにニュートラル。普通故にふつくしい。そんな素朴な味だった。
「参りました。まさか、ここまで普通にちょっと美味しいゼリーを作れるなんて……」
「そうだね。これは完敗だよ。給食のゼリーかと思うくらい普通だった」
まさか、こんなにレベルの低い料理対決になろうとは。誰がこの状況を予想できただろうか。しかし、美恋の手際だけは良かったな。
【寮暮らしだったから、ある程度の自炊は出来るようになったのよ。それこそ、普通に生活するくらいには、ね】
なるほど、普通に普通だ。何も驚きようがない新情報だった。
これは文句なしに美恋の優勝であろう。エクセレント、ナイスクッキング!
こうして、実に味気ない料理対決の幕は降ろされたのだった。なんやねんこれ。
「何してんだ、お前ら……」
見ると、そこには音黒せんせーの姿が。
俺たちの現状を見て、「うわぁ……」と軽く引いている様子だった。
そんな音黒せんせーに事の顛末を説明。こいつらバカなことやってんなぁという目で見られたが、ゼリーを口にすると満足そうに目を細めて嚥下した。
そして、思い出したように続ける音黒せんせー。
「そういや、いいコーヒーが手に入ったんだったな。どうせだから一緒に飲んでいけ」
「なんと珍しい。頂きます」
どういう気まぐれかは知らないが、良さげなコーヒーを貰えるそうなので遠慮なく頂くことにした。
「音黒先生、ありがとうございますっ!」
「せんせーありがとー!」
二人もお礼を言いつつ、適当な席に腰掛ける。
その後、数分と経たない内に、湯気の立つコーヒーカップがテーブルに並べられた。
「ほらよ。飲め、駄犬」
「言い方が悪いなぁ。まったく、餌じゃないんですから……」
と、苦みのある文句を添えてからコーヒーを啜った。
深いコクと爽やかな酸味、そして独特な苦みが云々かんぬんでとても美味しい気がした。
知識が無いのと貧乏舌なので、よく分からなかったが。
あとあれだな。少し眠気が誘発されるようだ。カフェインが入っているはずなのに……
【――――ッ!? しまった! やられたわ!?】
え、何が……?
疑問には思ったが、そんな思考すら出来ない程に意識が急速に遠のいていく。
この感じ…… ああ、そうか。睡眠薬でも盛られたのか。なるほどな……
「いち――くん!?」
「ちょ、――と! ――の!?」
加子と白華の声さえも、もはや届かない。俺はこのまま眠りにつくのだろう。
「ククク、楽しい魔改造の時間だ」
そんなマッドサイエンティストの声だけが、嫌にはっきりと聞こえた。
また俺はおもちゃにされるのか……
まあ、しゃーない。せめて日常生活に支障が出ない改造であることを祈ろう。
【な、なに諦めてるのよ――!?】
これは、あれだから。災害みたいなもんだから。
そんなことを最後に思考して、俺は静かに眠りへと誘われるのだった。
――以上が、ゾンビな俺のある日の日常である。幕間、終了。
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