第二部二章『未練探し』2-4
助走をつけて、思い切り腕を振り上げる俺。その勢いのまま殴りかかる。
「おい、なに勝手なことしてんだクソ野郎が――ッ!」
「一斗をバカにするなぁああああああああああああああッ!!!!」
瞬間、白華が金属バットを勢いよく頭上へと振り被った。
あ、まだ持ったままだったんだね、それ…… 周りの男たちの影で見えなかったけど。
さて、ここで詳しい解説が必要になるだろう。
現在、俺は助走をつけて、割と本気のパンチを繰り出そうとしている。
それは、白華の背後から、肩に手を回しているクソ野郎に向けて。――そう、白華の背後側から。
一方、白華は金属バットを勢いよく振り被ったのだった。つまり、バットの先端は白華の背中側に向かって運動を続けている。――まあ、要するに俺の居る方向だ。
んで、それは結果的にどうなるかというと……
「ぶはぁっ!?!?!?」
俺の頭部にバットが直撃するということだ。
一瞬、意識が途切れるような感覚に襲われ、そして身体が床に倒れる感触を覚えた。
気づくと視界は反転し、目の前には綺麗な赤が滴っている。
おおう……
「「「うわああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?」」」
「きゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「おわぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
絶叫が響いた。
あ、ちなみに真ん中の叫びは白華の声な。で、最後のは俺だ。……なんで俺まで驚いてんだよ。いや、突然のことだったから、ついね……
「お、おおお、俺たちのせいじゃねぇからな!? 俺は無関係だ! うわあああッ!?」
「ちょっと待てよっ!? なに逃げてんだよっ!? お、俺もっ……!?」
「ほうわおおおくええおいわあああなんあとうううあなんえほうとあいこてい!?」
そして、どたばたと焦りまくった足音が遠くなっていく。
最後のやつは動揺し過ぎて何言ってるのか聞き取れなかったなぁ……
【あっはははははははっ! なに今のミラクル! 面白過ぎでしょ! あはははははは!】
そしてまた、爆笑する悪霊もありけり。いとご満悦のようで。ちっ。
あーあ。カッコ良く決めるつもりだったのになぁ! ちくせう!
「い、いいいい一斗ぉ!? だ、大丈夫!?」
「危うく死ぬかと思ったぜ。……あ、今のゾンビジョークな」
「ご、ゴメン! 私……!?」
「気にすんなって。どうせ俺は死なないんだから」
よいせと上半身を起き上がらせる。まあ、ゾンビなもんで何ともない。当然だ。
血だまりも俺に吸収されたらしく、綺麗な床に戻っていた。いつも通りの再生力だ。
「でも、私のせいで……! ご、ゴメンね、一斗……!」
「大丈夫だって。俺、いちおう生命保険入ってるし。ゾンビだけど」
「むー。もう、せっかく人が心配してるのに……」
「だから、ゾンビに心配なんて要らねぇっつーの」
と、軽口を言って笑い飛ばす俺。
こんなのマジで心配されるようなことじゃねぇし、これくらいデスゲームでは日常茶飯事だからなぁ。
「でも、ありがとね。助けてくれて……!」
「んぉ……っ!」
白華は膝をつき、俺の頭を抱き寄せた。またしても柔らかい感触に抱きしめられるが……、これはトータルプラスな気がするな。むしろラッキーハプニングだ。
【う、うわー、デレデレしちゃって…… キモ……】
おいこら、引くなよ。つか、元はと言えばお前のせいだからな。
【ええそうねごめんあそばせ】
棒読みじゃねぇか。言葉にソウルを込めろ。魂から謝罪しやがれ。
そんなことを思っていると、白華が心配そうな声音で俺に問いかける。
「一斗、もう大丈夫なの?」
「おう。こんなの、一瞬で元通りだ。いつものデスゲームに比べたら、何ともねぇよ」
「そ、そっか…… 何ともないなら、良かったけど……」
と、安堵の溜息を零す白華だった。
「だから、気にすんなよ。むしろ、役得だしな」
「役得…… えっと、一応このままにしておく?」
むぎゅーっと腕の圧迫感が強まる。柔らかい身体の弾力がすんごいおっぱい。
俺、生きてて良かったよ。(ゾンビ)
【す、凄まじい好感度ね。一斗のくせに…… でも、いいの? 周囲が騒がしいようだけど?】
え? どういう……?
横目で周囲を見ると、驚いたり顔面蒼白で俺を見ていたりする一般客の姿が目に移ってきた。
あ、やべっ☆ このままだとゾンビだとバレちまうかもな……
「白華。とりあえず、この場から離脱しよう。騒ぎになる前に」
「え? あ、そうだよね! うん、了解!」
というわけで、俺たちは足早に撤退することに。
念のため、このアミューズメント施設そのものからも急いで出て行く。
まだ遊べる時間はたっぷり残ってたんだけどなぁ…… ま、続きはまたの機会ということで。
それなりに有意義な時間だったから良しとしておこう。……うへへ。
【きっも!】
少々うるせぇ悪霊が居るが、今の俺は心穏やかなのでスルーしてやることにした。
でも、やっぱり除霊は急務だな。悪霊退散。
◇
アミューズメント施設を抜け出してから数分後。
「と、とりあえず、大事になる前に逃げ出せたな……」
「んー、そうだね。焦ったー!」
白華は汗を拭って、ウェアの胸元をぱたぱた仰いだ。
そして、俺たちは走って乱れた呼吸と歩調のテンポを戻しながら、当ても無くゆっくりと歩いていく。
「今更だけど、スマホで動画とか録られてねぇよな……」
「うーん、急なことだったし大丈夫じゃない? そんな人は居なかったと思うし、一部始終をずっと見ていた人も居ないでしょ」
まあ、それもそうか。SNSにでも上がっていたら困るどころじゃないけどな。
しかしまあ、俺の目線からしても撮られていた感じは無かったし、きっと大丈夫だろう。
もし、ゾンビの存在がネットニュースにでもなれば、音黒せんせーから何を言われることやら…… 世間の目線よりも、そっちの方が恐ろしいな。
【やれやれ。人騒がせ……、いえ死人騒がせね、まったく】
他人事のように言っているが、もともとお前のせいだけどな。
少しは反省の色でも……反省するフリだけでも見せたらどうだ?
【生憎と悪霊なもので】
と、むしろ開き直りやがる美恋。やっかいな霊に取り憑かれたものだ。
「そういえばさ、あの子……美恋は何か心残りの断片だけでも思い出せたの?」
「うーん…… そうだなぁ」
で、どうなんだ? どうせ収穫無しだろうけど。
【そんなこと無いわ。昨日と今日のことで分かったことがあるの】
なんだよ、分かったことって?
【私は悪戯が好きということね。まるで生き甲斐のように感じるわ。もう死んでるけど】
そ、そんなことかよ…… 他人の不幸が好きとか言ってたし、どうせその延長だろ。
それとも、そんなことが何か未練と関係するっていうのか?
【どうかしらね。でも、関係しそうな予感はするわ】
はぁ……、予感ねぇ。どうにも当てにならねぇ返事だな。
「ま、たいした収穫は無さそうだな。悪戯が好きなことを思い出したくらいらしい」
「そっかー。なんていうか、悪霊らしいね」
「だな」
でも思ったのだが、地縛霊って悪霊だと決まっているわけじゃねぇよな。知らんけど。
美恋はどうして自分が悪霊だと分かったんだ?
【別に自称悪霊というだけよ。何というか……、自分が善霊ではない気がしたのよね。なんとなく】
まあ確かに。どちらかと言えば悪霊くらいの悪だな。
誰かを呪い殺したりとかはしてないんだろ? あと、大きな恨みがあるとか。
【そういうのは無いわね。恨みがあったとしても、呪いなんて使える気しないし】
俺は美恋に取り憑かれているわけで、既に呪われている気がしないわけでもないけどな。
いったい、いつになったら解放されるのやら。
「ねえ、一斗。まだ時間あるし、他のところ行こうよ」
白華が俺の顔を覗き込み、にししと笑って誘ってきた。
「ん、そうだな。未練探しの進展も無いことだし、どっか行くかぁー」
「よーし、バッティングセンター行こう!」
「却下」
「えー!」
白華にはビジュアル的に金属バットが良く似合うけど……、むしろ釘バットの方が似合うのだが、頭蓋かち割られるのはもう勘弁してほしいところだ。
【あら、いいじゃない。デスゲームの戦力として見てあげれば本人も喜びそうだし】
バッティングセンターはそういう訓練の場じゃねぇんだよ。
それに、白華をデスゲームに連れて行くことは今後ないだろう。
「まあ、一斗と一緒ならどこでもいいかな。とりあえず、行く当てが決まるまで散歩でもしてよっか」
「ん、ああ。そうするか」
「えへへー」
と、白華が俺の腕をぐいぐい引っ張った。
特に反論も無いので、俺はそれに身を任せて歩みを進めることに。
のんびりした空気が流れる。案外、悪くない心地だな。
そう思っていた矢先、ポケットでスマホの振動がメッセージの受信を知らせてくる。
やれやれ、無粋なやつだ。空気読んでくれよな。まあ、いちおう確認するけどさ。
……っと、加子からか。なになに。
『音黒先生がすっごく怒ってます! ぷんぷんです! なので、気を付けてくださいね! 今日のところは、私は逃げ帰ることにします!』
…………ふむ。
【なにこれ?】
分からん。でも……
どうやら、一波乱ありそうだな。めんどくせぇ。
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