二章『この辺からラブコメするから。いやマジで』2-2
「く、黒鬼……」
「? あれ、黒なんですか? 確かに、お面は黒っぽいけど」
「鬼は色の判定がシビアなんですよ」
「あ、そういう感じなんすね」
黒ってことは、俺は安全だけど、クソネズミが襲われる対象であると。
だったら、さっきの約束通りに俺が壁になって鬼の邪魔をしてやろう。
「ふっ、ここは俺に任せな」
「ワン公くん…… さっそくだけど、頼みますね!」
俺は別にこいつには襲われないわけだしな。大学のカバディ部仮入部経験者の俺が、ここで絶対的な足止めをしてやろう。
と、クソネズミがこの場を走り去り、俺は反対に鬼と対峙する。
「悪いけど、ここは通さないぜ!」
『……ッ!』
鬼が廊下を駆け抜ける。勢い任せに俺を突破する気だろうか。そうはさせん。
脚にぐっと力を込めて姿勢を下げる俺。さあ、来い!
『グアァ!!!!』
鬼は俺の目の前で止まり、片手に持っていた棍棒を振り上げ……?
おい待て。何で振り上げてんだ!? ネームプレート見えてねぇのか!?
「お、おい! 俺の頭文字はW――ぐふっ!?」
ミシィっと、鈍い音が耳まで届いてきた。衝撃が脳天を駆け巡ってきやがる。
一瞬、思考が消え去った。
しかし、すぐに意識は戻り、状況を理解する。鬼の棍棒が振り下ろされたのだ。
おいおい、話がッ、違うじゃねぇか! どうなってんだ、クソネズミッ!?
振り返り見ると、あのクソネズミの姿はとっくに消えた後だった。
そして、同時に理解する。俺はあいつに嵌められたのだ。
「――――ッ!」
だ、騙しやがったな、クソネズミィいいいいいいいいい!!!!
クソッ、やられた! やっぱり所詮クソネズミはクソネズミだったのか!? ちっ、お前なんてキメラマウスに降格だ! 自由の無い実験用マウスで十分だ!
【――ん。な、なに、いまの――】
だから、あのクソネズミは敵だったんだよ。俺を騙しやがって! そう言ってるだろ!
【ここは、どこ――?】
ああ? 何言ってんだ? つーか、お前、誰だよ? どこから話してんだ?
【私? 私は、今朝……、遅刻しようになって…… それで、人を轢】
うお!? 何だこの声!? どこから聞こえるんだ!?
頭の変なところでも打ったか? 頑張れ、ゾンビボディ! 早く修復しろ!
『ハハハハハッ!!!!』
と、鬼が目の前で嗤う。
そうだった。まずはこいつを何とかしねぇと。やべ、完全に混乱してるな。クソが!
と、その鬼は再び棍棒を振り上げた。
あーダメだ。頭が上手く働かない。次の一撃も避けられそうにないな。まあいい。俺はゾンビだ。何とかなるだろ。
【きゃ、きゃあーーーーーーッ!?】
「ッ!?!?!?」
脳内に響く甲高い悲鳴。
それと同時に、俺は意識していないにもかかわらず、身体が勝手に回避を試みているのを感じ取った。な、なんだ? 何が起こってるんだ?
『…………ッ!』
鬼の方も、俺の予想外の動きに困惑している様子だった。まあ、完全に人体が許すような動きじゃなかったしな。で、でもまあ、このタイミングなら!
「っ――――!!!!」
鬼の真横を通り過ぎる俺。そのまま脇目も振らずに通路を駆け抜ける。
ゾンビの身体のお陰か、謎の身体能力を発揮していた。
ふむ、ゾンビって動きが鈍いイメージだったけどな。でも今は、身体のリミッターが外れたように力が出せていた。創作物で見るゾンビとは別ってことか。
【え!? な、何事です!? 何が起こってるんですか!?】
んなもん、こっちが聞きてぇよ。つーか、お前誰だよ。どこでしゃべってんだよ!?
【あわわわわっ!?】
よく分からんが、あちらさんも絶賛混乱中ってことか。まあいい。今は逃げに徹するべきだ。
身体の許す限り、全速力で廊下を駆け回る俺。そのおかげで鬼は完全に振り切った様子だった。
これなら、もう大丈夫だろう。
やがて、誰にも見られていないことを確認し、俺は適当な客室に身を潜めることにした。
「はぁ、はぁ…… に、逃げ切ったか……」
ゾンビと言えど、息は絶え絶えだった。あまり疲労は感じないが。不思議な感覚だ。
客室の様相は、ちょっと豪華なビジネスホテルの一室といった感じだろうか。ベッドに机に椅子に。あとはクソデカい絵画が飾ってあるくらいだ。
俺はドアに背を預け、荒れた息を整える。
【えっと、助かったの?】
今は、な。少しくらいゆっくり出来るだろ。
【そ、そっか】
つーか何? お前は誰なの? なんか、俺の中に居るような感覚があるんだけど……、さすがに気のせいだよな……?
でも、耳から声が聞こえている感覚じゃないし…… まさかこいつ、直接脳内に……!?
【ああ、えっと…… その、私も状況が飲み込めてなくて……】
お、おーけー。なら、自己紹介でもしてみようか。
俺も俺とて絶賛混乱中なわけだが、ちょっと落ち着いて現状を分析してみよう。
【そ、そうですね!】
じゃあまず俺から。
……というわけで、謎の自己紹介タイムが始まったのだった。
名前は犬丸一斗。見た通りのナイスガイだ。
【いや、見た通りとか言われても、見えないし……】
そうなのか? なら仕方ない。言葉で補足しよう。
一九歳、男。いちおう大学一年生で、今はゾンビだ。よろしくな。
【はい、よろし――ん、ゾンビ?】
ああ、ゾンビだ。言っていることが分からないかもしれないが、本当のことだ。
今朝、人間だった俺はなんやかんやで殺されて、なんやかんやでゾンビとして蘇った。
大学生としてもピカピカの一年生だが、ゾンビとしてもドロドロの一年生だ。もしかしたら、それが現状に関係するのかもしれん。
【なんやかんや、というのは?】
そうだな。掻い摘んでの説明になるが……、今朝、食パン咥えて自転車で爆走する女子高生に轢かれてな。
【……】
それで、その拍子に車道まで吹っ飛ばされた俺は、車に轢かれて死んでしまったと。
【…………】
しかし、運の良い事(?)に、その車には現代のネクロマンサーことマッドサイエンティストが乗車してたらしい。まあ、大学の先生で知り合いだったんだけどな。
で、責任を感じたそのマッドサイエンティストは、俺をゾンビとして蘇らせた。
だが、その蘇生にも金が掛かる。俺はゾンビ化の医療費(?)の一億円を払う為に、こうしてデスゲームで賞金を稼ぎに来た、というわけだ。
……自分で説明してても、胡散臭すぎる内容だな。誰が信じるねん。
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