二章『この辺からラブコメするから。いやマジで』2-1
言われるがまま船内に入った俺は、ゆっくり辺りを見渡した。
どこを見ても一般的な豪華客船といった感じだな。
まあ、俺は一般的な豪華客船に乗ったことなんて無いんだけど。でも、イメージはそんな感じだ。一般の客室があったり、大きな広間があったり。どこも煌びやかに無駄な高級感を出している。ちょっと趣味が悪いくらいに。
「さて、どうしたものか」
一人、呟く。だが、当然のことながら返事は無い。ちょっと寂しくなっちゃったぜ。
しかしまあ、今のところ殺伐とした血生臭い空気は感じないな。
と、そんなことを考えていると、不意に船内放送が流れてきたのだった。
『只今より、ゲームを開始いたします。プレイヤーの皆様は、今から一〇〇分間、無事に逃げきってください』
それだけの内容だった。いかにもデスゲームっぽい演出だが……
ふむ。逃げると言われても、何から逃げればいいのやら?
……現実? それなら得意だ。バイト中、講義中、俺は人生のあらゆる場面で現実から逃げている。一度も逃げ切れたことは無いが。じゃあダメじゃん。
そんな無駄な思考をしているくらいなら、のんびり船内を探索でもしてみるか。
今から一〇〇分間、何もなければ、それはそれで助かるわけだし。
「逃げると言えば……、やっぱ外かな」
船内の探索を、と考えたが、その前に外の風景を見ておきたい。船でやるのだから、きっと出航しているのだろう。
まさかとは思うが、この船を操縦して何かから逃げろ……、なんてことは無いと思うが。
そんなこんな考えながら、俺は船のデッキへ向かった。
所々に案内があったので、特に迷うようなこともなく辿り着くことは出来たのだった。
なるほど、ここもかなりデカいな。
潮風の匂いを感じながら、目を凝らして海の外を見やる。
船の揺れから察してはいたが、やはり出航していて陸には戻れなさそうだ。泳いで戻るには何時間かかることやら。何から逃げるにしても、やっぱりフィールドは船の中になるのだろう。
「……戻るか」
収穫らしい収穫は無かったが、暇を潰せたので良しとしよう。あとは、適当な場所に隠れて、何かから逃げ切れれば賞金ゲットだぜ。っと。
「おや? あなたは……?」
不意に、そんな声が掛けられる。
見ると、長身の青年がそこには居た。俺よりも少し年上だろうか? 切れ長の目に、優しげな笑みを浮かべる好青年といった印象。単発の黒髪、そして意外と筋肉質な細身を見るに、何かスポーツでもやっているのかもしれない。
準ナイスガイと言ったところか。まあ、俺ほどではないな。ネームプレートが付いているところから察するに、こいつもプレイヤーなのだろう。
プレイヤー名は……、『クソネズミ』……?
「こんばんは。あなたもプレイヤーなんですね。鬼は見かけましたか?」
と、クソネズミさんが馴れ馴れしく話しかけてくる。
「鬼? ここには鬼が出るんすか?」
ゾンビなら見かけたけどな。鬼が出るのは初耳だ。
「あれ? もしかして、このゲームのルールを知らずに参加してたりします?」
「ああ、その通りですね。つーか、ルール説明なんていつされたんすか?」
「え。僕は数日前に通知が決ましたけど……」
数日前に通知だと? 俺がまだ人間だった頃じゃないか。クソッ、どうして誰も教えてくれないんだ。思えば、講義の変更だって誰も教えてくれなかった人生だった。ま、それは友達の居ない俺が悪いのだが。
「あーいや、実は飛び入り参加でして。何の説明も無しに参加してるんですよね」
「なるほど、そういうことでしたか」
「良ければそのルール、俺にも教えてくれませんか?」
「もちろんです。困っている人を放ってはおけませんから」
ほう。こいつ、中々の聖人だ。クソネズミというくらいだから、もっと性格もクソネズミなのかと思っていたぜ。俺の中でドブネズミくらいに昇格させてやろう。
そして、船内を歩きながら、俺はそいつからデスゲームのルールを聞くことに。
「まず、ルール自体はシンプルです。僕らプレイヤーは、船内を彷徨う鬼から、一〇〇分間逃げ続けることが目的です。無事に逃げ切れれば、一〇〇〇万円を獲得できる。要するに鬼ごっこですね」
「一〇〇〇〇万円! すげぇなおい!」
「桁が一つ多いです。勝手に増やさないでくださいよ」
おっと、うっかりうっかり。にしても、一〇〇〇万か…… す、すげぇな。
あ、いや待てよ? そういえば、このペンダントは一億っつってたな。じゃあ全然足りないじゃねぇか。たいした事ねぇな一〇〇〇万円様も。ぬか喜びさせやがって。
「んで、鬼に捕まったら、どうなるんです?」
「さあ? 僕も知りません。でも、想像することは容易ですけどね」
クソネズミが廊下の隅を指さす。
そこには、綺麗な船内に似つかわしくない、赤黒く濡れた場所があった。
……ふむ。深く考えないでおこう。俺はゾンビだからな。生と言う実感に鈍いのだ。うんうん。
「ま、ロクな目に合わないことは間違いねぇか……」
「そうですね。あと、ここからが重要なルールです」
「うん?」
クソネズミが人差し指を立てて、俺をじっと見やる。なんだ? こちとら男に興味はねぇぞ。とまあ、冗談はいいとして。
「鬼には種類が複数あり、襲うプレイヤーの組み合わせも決まっているんです」
「というと?」
「具体例を上げましょうか。僕はネームプレートが『クソネズミ』なので、ローマ字表記の頭文字はKです。そして、Kは黒鬼に襲われます」
「なるほど」
そういう鬼とプレイヤーの組み合わせなんてものがあるのか。これは有益な情報だ。
「じゃあ、『ワン公』の俺は?」
「頭文字がWなので、白鬼ですね」
「ほーん。つまり、俺はその白鬼にだけ注意していればいいってことか」
「そういうことです。それを踏まえて、ですが…… 僕たち二人で協力しませんか?」
「協力?」
「ええ、そうです」
クソネズミが爽やかな優しい笑みを浮かべる。きゅん。やだ、カッコいい……
「僕は黒鬼にしか襲われない。そして、ワン公くんは白鬼にしか襲われない。だったら、二人で行動して、お互いをフォローし合えば生存率はぐっと上がります」
「つまり、黒が来たら俺が、白が来たらクソネズミさんが鬼の邪魔をして互いを逃がし合うんすね」
「話が早いね。そういうこと。どうかな?」
なるほどな。俺はゾンビなわけだし、死なないから協力なんて不要かもしれない。
でも、殺されるのではなく捕まるのであったら、俺は生け捕りにされる可能性もある。
であれば、この協力の申し出を断る理由は無い。ふふ、我ながらついてるぜ。
「もちろん、お願いしまっす! お互いに協力しましょう!」
「ふふ、ありがとう。助かるよ」
「ま、お互い様っすから」
やれやれ。ゾンビな俺がさらに盤石な勝利ルートを確立してしまったか。勝ったな。ガハハ。
『グオオオオオオオオオオオオ!!!!』
直後、謎の咆哮が。な、なんだ……?
咆哮のした方向を見ると(激ウマギャグ)、そこには……鬼?の仮面をつけた筋骨隆々な見るからにやべぇ男が居た。しかも、片手には凶悪そうな棍棒が。うん、確かに鬼だな。
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