一章『ラブコメの下準備だから』1-3


 音黒ねくろせんせーがじっと俺の表情を窺う。

 しかし、俺に選択肢が用意されていないことは知っている。

 面倒なことになったが、仕方ないか。こうして、俺が今を生きられる(ゾンビとしてだけど)のは音黒せんせーのお陰であることも間違いない。不本意ではあるが。


 それに何より、この状況を少しばかり“面白い”と感じてしまっている自分も居た。

 平凡な毎日が苦痛だった。でも、これからはそうじゃない。

 そんな予感があった。


「分かりました。そのデスゲーム、俺が参加して金を稼ぎます!」


 ぐっと握りこぶしを作り、俺は宣言した。やったるで。


「っし、良く言ったぞ、駄犬ゾンビ丸」

「犬丸です」

「どっちでもいいんだよ。そうと決まれば、行くぞ。デスゲーム会場に」

「え、今からですか?」

「今すぐだ。行くぞ」


 車のキーを指先でくるくる回す音黒せんせー。

 ええ…… 急過ぎるでしょ。もっとスケジュールに余裕持ってよ。社会人でしょ。

 マッドサイエンティストを社会人扱いしていいのかは知らねぇけど。


「あ、そうだ。今言ったことは、あいつが目覚めたらお前が説明しろ。いいな?」


 と、音黒せんせーが例の女子高生を指さして言った。

 目覚めたら説明、と言っても、俺が戻ってくるのはまだ先の話になるだろうけどな。


「そうですね、俺から説明しておきます」

「んじゃ、送って行ってやる。おい怪物太郎! 留守番は任せたぞ」

『ウウウウ……』


 俺が部屋から逃げ出そうとした時に見た、あのデカい怪物が低く唸って返事をする。

 主人の気配を察知して研究室に入ってきたようだ。

 それにしても、怪物太郎のネーミングは雑過ぎじゃないか……?

 それと、あいつが部屋に居たら、女の子が起きた時に大パニックだろ。まだ無人の方が安心できるだろうに。不安だ……


「おい、ぼさっとするな。早く行くぞ」

「は、はい!」


 何はともあれ。

 こうして俺は死んで蘇り、そしてデスゲームとやらに参加することになったのだった。

 うーん、中々にぶっ飛んだ余生(?)だな……


【すぅー……、すぅー……】



   ◇



 あれから私服に着替え、車に乗って揺られること小一時間。

 俺は船着き場らしき場所に来ていた。

 察するに、あの大学の地下研究室からはそれなりに離れた場所のようだ。


 さてはて、例のデスゲームとやらに参加して、ホントに俺は無事で帰って来られるのだろうか……?

 周りにはコンテナが並び、見上げれば月のない夜空。

 雰囲気はまさにそれっぽいな。怖ぇー。お化けとかゾンビとか出そうだ。


「こっちだ」


 車から降りた音黒せんせーがさっさと先へ行ってしまう。

 置いてかないでぇー。暗くて視界が悪いよぉー。

 と、内心でビビり散らかしながら俺は音黒せんせーの後を追っていく。

 すると、


「見えて来たな」


 小さな照明に照らされた場所に出た俺たち。

 そこには、漆黒のスーツを身に纏った男が数人、あちこちで何やら仕事をしている様子だった。

 もうね。絵面が完全に闇取引の現場だよね。やべー粉とか売ってそう。


「あの人たちは……?」

「運営のやつらだ。手は出してこないから、安心しな」


 何故だろう。あの音黒せんせーが非常に頼もしく見える。不思議だ。


「おい」


 音黒せんせーは適当な黒服に声をかけ、くいくいと挑発するように呼びつけた。

 怖いもの知らずなのか、余程の権力者なのか。……いや、ただ性格が失礼なだけか。


「音黒様!? まさか、こんなところでお会いするとは」

「おう」


 黒服のおっさんが、ちっこいマッドサイエンティストにへこへこしながら駆け寄ってきた。やっぱり、権力者説が濃厚らしい。本当に怖いのは、こっちの先生だったかぁ。


「いったい、本日はどのような用件で?」

「デスゲームの参加だ」

「ね、音黒様がですか!? それは困ります。貴女に怪我でもされたら……」

「私じゃねぇよバカが。後ろのこいつだ。飛び入り参加させろ」


 後ろに居る俺を指さして、音黒せんせーがニヤリと笑う。

 さて、俺はどう反応するべきか。


 ちょっと考えてから、俺は強キャラ感を出す為に、同じく不敵な笑みを浮かべることにした。黒服のおじさんがドン引きしたのを確認して、俺は素の表情に戻す。やれやれ、俺という人間の片鱗を垣間見せてしまったか。人間じゃねぇけど。


「失礼ですが、こちらの方は?」

「私の教え子だよ。金に困ってるらしい。口止めはしてあるから心配すんな」

「そうでしたか。分かりました。音黒様の推薦であれば問題ないでしょう」

「おう、そういうことだ。さっさと参加枠を確保してこい」

「承知しました。それでは」


 男は一礼してから、この場を去って闇の中へ消えていった。

 音黒せんせーが暴君過ぎて恐ろしい。やっぱ逃げようかなって思いましたまる。


「今さら逃げんなよ?」

「に、逃げませんって」


 何この人。ゾンビの心が読めるのか? 恐ろしいちびっこだぜ……


「ま、そう身構えんなよ。さっきも言ったが、お前はゾンビ丸太郎だ。殺しても死なねぇ。安心して殺されて来い」

「何すかそれ。まったく安心できませんよ。それに、ペンダントとか壊されたら、魂抜けちゃいますよね?」

「心配すんな。そんなにヤワなもんじゃねぇよ。銃で撃たれても壊れねぇから」


 ほうほう。それはちょっと安心できる情報だ。

 俺が内側からゾンビになる心配はしなくて済みそうだな。

 一億円もするみたいだし、俺の魂も入ってるし、せいぜい大事に持っておくとしよう。


「! 時間か……!」


 音黒せんせーが呟く。

 汽笛というのだろうか。巨大な船を連想させる人工音を肌で感じた。


「あ、あれは……」


 音の方を見て、俺は自然と声を漏らしていた。

 一言でいえば、豪華客船。安っぽい感じで言えば、ちょー高そうなでっけぇ船。

 それが目先に佇んでいたのだった。

 今までは明かりがなくて気づかなかったが、今はライトアップされて乗船員らしき人の姿も確認できる。


「お前は今から、アレに乗るんだ。カイジで見たことあるだろ、あんな感じの船。まあ、伊藤さんのより血なまぐさいデスゲームだけどな」

「うへぇ、マジっすか」

「名前も確か、それっぽい感じで…… 絶望の船、エスポワ――」


『まもなくエスケープ号が出航いたします。プレイヤーの方々は、乗船してください』

 拡声器で、黒服が言った。


「エスケープ号だ。言ったとおりだろ?」

「さっき、エスポワールって言いかけましたよね?」

「うるせーな。さっさと行ってこい」

「ぐへっ」


 音黒せんせーにケツを蹴られる俺。

 痛みを感じないとはいえ、乱暴に扱いすぎだろ。ゾンビだって感情はあるんだぞ?


「音黒様。準備が整いました」


 見やると、さっきの黒服のおっさんがこっちに歩いてきていた。


「よし、あとはお前が頑張るだけだ。生きて帰って来られたら、ご褒美に私が良い思いをさせてやる。期待してな」

「良い思い…… エロいことですか?」

「死ね」


 と、またケツを蹴られる。って、もう死んでるんですけどね。そういえば、ゾンビって性欲とかあんのかな。


「では、このネームプレートを見える位置につけてください」

「ああ、はい」


 黒服に差し出されたネームプレートを受け取る。それには『ワン公』という文字が印刷されていた。……ワン公?


「深い意味はありません。プレイヤーの識別名だと思ってください。中には、本名を知られると不都合な畜生も居ますので」

「そ、そうなんすね」


 まあ、深くは突っ込まないでおこう。世の中、知らない方が幸せだったことも多いと聞く。これはそういう類のアングラな話なのだろう。


「あとは船に乗るだけです。本日は波も穏やかで、良いデスゲーム日和と言えるでしょう。御武運を」


 良いデスゲーム日和とかあるんすね。初めて何で聞いたことないですけど。

 まあ、何でもいいか。俺はゾンビなんだ。ただ、安全地帯に落ちている大金を拾いに行くだけ。それだけだ。

 そう自分に言い聞かせる。だって、何か緊張するし…… なんやねんデスゲームって……


「なーに、ビビってんだよ。お前は、私が作り上げた最高傑作だ。自信、持てよ」


 バンバンと音黒せんせーに背中を叩かれる。

 べ、別にビビッてなんていないんだからね! 勘違いしないでよね! でも、ちょっと怖いから同伴してくれてもいいんだからね!

 ……などと言えるわけも無く。まあいいや。案ずるより産むが易しってな。


「行ってきますね、音黒せんせ」

「おう、行ってこい」


 それだけ言葉を交わし、俺は船へと歩いて行った。

 さーて、デスゲームの始まりだ……!



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