一章『ラブコメの下準備だから』1-2
「あの、鏡とかあります?」
「おう。ほらよ」
さすがに
おっかなびっくり、俺はその鏡を覗き込んでみる。
すると、
「見慣れたナイスガイ。良かった、俺だ」
「お前、それマジで言ってんのか?」
呆れたように音黒せんせーが言いおる。なんだ文句あんのか、おい。
とまあ、冗談はさておき。
病院で患者さんが着るような服には見覚えが無かったが、この見た目は完全に俺だ。
血色がよく、普通に人間のように見える。頭に殴られた際の血が残っているが、やっぱり傷口は塞がっている。この見た目だが、ゾンビというのはマジらしかった。
まあ、これなら普通に人間として生活出来るだろう。俺はほっと胸を撫でおろした。
「ん?」
撫でおろした指先に、何かが触れる。
今まで気づかなかったが、これは……、ペンダント? 赤い宝石が嵌め込まれたペンダントが俺の首に掛かっていたのだった。
「ああ、それか」
「何ですか? このペンダント」
俺へのプレゼントかな? でも、別に趣味じゃねぇな。高そうだから貰ってやってもいいけど。……メルカリか、ヤフオクか。うーん。
「そう、それが問題なんだ」
「やっぱメルカリですかね?」
「あ゛あ゛?」
「すんません、冗談です。何でもないんです」
「二度と無駄口を叩くなよ? 次はチンコ切り取るからな?」
怖い。この人ならマジでやりかねない。たとえゾンビでも、切り取られたくはない。
「そ、それで問題、とは?」
「まあ、聞け。お前をゾンビにしてやった代償が、そのペンダントに関係するわけだ」
と、急に真面目モードっぽい口調で話し始める音黒せんせー。
また違った怖さが出てくるな……
「そのペンダント、実はかなり高価な代物でな。聞いて驚け、製作費一億円だ」
「い、いちまんえん……」
「一億だクソザコゾンビ。勝手に値引きすんじゃねぇ」
だって一億とか言われてもピンとこないっつーか。一億円なんて見たこと無いし、何なら俺の今後の人生で見る予定すらない。
しかも、製作費って…… これ自分で作ったってこと、なのか……?
まあ、ゾンビが作れるなら宝石のペンダントくらい簡単か。知らんけど。
「それは、私が作った私の為のペンダントだったんだよ。もともと、お前らをゾンビにする際のあれやこれやのSF物質も、ぜんぶ私が死んだ時の為に用意したモンだ。なのに……、お前らが勝手にぶつかったせいで目の前で死にやがった」
「いやー、はは……」
これには俺も苦笑いで誤魔化すしかない。
つまり、もともと音黒せんせーが死んだ時用にゾンビ化する為のものだった材料を、俺たちに使ってしまったと。……この人、意外と良い人なのかな? でも、轢き殺した責任を取っただけ、という風にも見える。
……何でもいいか。都合よく解釈しよう。ゾンビの足りない脳みそでは、高度な思考は出来ないのだ。うむ。
「まあ、ペンダントの方は足りなかったから、こうなっちまったわけだが……」
ぼそりと何やら呟く音黒せんせー。
でも、何故かそれを聞き返すのが怖かったので、俺は難聴系ラブコメ主人公を装うことで事なきを得ることにした。
「とにかく、そのペンダントは特殊なんだ。魂を封じ込めるっつー、超SF的なアレなんだよ。それがないと、お前も身体を動かせねぇ」
「へー、そんなに凄いものなんすね」
「ああ。せいぜい大事にしやがれ」
胸のペンダントをいじいじしながら、先生と話す。
つまり、これが俺の心臓みたいなものなのか。何だか、実感沸かねぇなぁ。
「にしても、魂ってマジであるんですか?」
「昔、マクドゥーガルさんという医者は、魂に二一グラムの重さがあると言った。まあ、それは嘘っぱちだが、私の中では存在する。それが俗にいう魂というものと一致しているのかは、解釈が違うかもしれないがな」
音黒せんせーは、あまり興味が無さそうに呟いた。そして、ペットボトルのコーヒーをぐびっと口に含む。おい、研究室は飲食禁止だろ。
「まあとにかく、その…… それを仮に“ソウルコア”と呼称するが――」
「待ってください。それだと某カードゲームと被ってしまいます」
「そうか? んじゃ、魂の器だから“千年パズル”と呼ぶが――」
「自分から被せにいかないでくださいよ! どっちもカードゲームだし!」
「うるせーな。じゃあもうペンダントでいいよ。めんどくせぇ」
ぐいっと俺のペンダントの鎖を引っ張り上げ、宝石を俺の目の前に持ってこられる。
首が軽く締まっているが、痛覚がないので一旦無視。
「もう一度言うが、これは一億円もする高額なペンダントだ。それも、数が足りなくて今はこれ一つしかねぇ。だから、お前は“足りない分”を弁償しろ。いいな?」
「良くないです」
「だったら、これは返してもらう。魂の抜けた生きる屍として生活しな」
「べ、弁償させてください。お願いしまふ」
「くく。良い返事だ」
にっこりスマイル(当社比)を浮かべた音黒せんせーがペンダントを離す。
足りない分……、つまり、先生が使う分を俺が弁償しろと。
一億円で。……いちおく。
「でも、そんな大金、払えるわけないじゃないですか。無い袖は振れませんよ」
「んなこと、私も分かってんだよ。普通に働いてちゃ、一億や二億なんて、とてもじゃないが稼ぎ出せねぇ。だから、私が特殊な稼ぎ口を斡旋してやる」
「やべー薬の治験とか嫌ですからね?」
「残念ながら、そんなんじゃねぇよ。それじゃ一億は無理だ」
そう言い、音黒せんせーは飲んでいたペットボトルを俺の前に突き出す。
「『迷宮』っていうグループ企業は知っているな?」
「まあ、聞いたことはあります。そのコーヒーも『迷宮』のなんですね」
ペットボトルのロゴマークが『迷宮』グループのものだったので、すぐにその意図は分かった。
「ああ。巨大企業『迷宮』は、様々な事業に手を出している、今や知らねぇやつはいない日本最大の会社だ。このコーヒーのメーカーもそうだし、ここの大学だって、あいつらが管理している施設の一つだ」
「へー。うちの大学も『迷宮』関係だったんですね。知りませんでしたよ。っていうか、そもそもこの場所って、うちの大学だったんですね」
当然、俺の大学生活でこんな部屋など見たことも無ければ聞いたことも無い。
「その地下研究室だけどな。私が勝手に作らせた」
「そ、そうですか……」
音黒せんせーって、やっぱやべぇやつなんだな…… まあ、ゾンビ作れるやつに正常な思考とかあり得ないか。闇の権力とかありそう。
「話を戻すぞ。私はその『迷宮』っつー組織に技術提供をしている。表には出せない技術を色々とな」
「ほうほう」
もう驚かないぞ。そんな気はしていたから、ゾンビ以上のインパクトが無いと俺は驚いてやんねぇからな。
「んで、そんなんだから、私は『迷宮』が行っている闇事業についても知っているわけだ」
「闇事業……」
「そう。バカげた話だが、実在するんだよ。大富豪たちが娯楽で開催する“デスゲーム”ってのがな」
「で、デスゲーム……」
ちょっとまた思考が追い付かなくなってきたぞ☆
あの大企業、『迷宮』が、裏でデスゲームを開催している……?
さすがに陰謀論とかの都市伝説レベルに胡散臭い話になってきおったな。にわかには信じられない話だ。
「マジで言ってます?」
「大マジだ。ふざけてるだろ?」
ホントにふざけた話だな。でも、ここで音黒せんせーが嘘を言っても、何の得にならにだろうことも理解して…… うーん、揶揄われて遊ばれている説も否定は出来ないけどね。
「で、その話が俺にどう関係してくるんですか?」
「は? 分からねぇか? お前が出るんだよ」
「……何にです?」
「デスゲーム、に」
……ああ。そういうことね。なるほど、なるほど。
ふーん。そうか……
「って、ええッ!? 嫌ですよ!? 俺が死んだらどうするんですか!?」
「もう死んでるだろ」
「あ! そういえば!」
そうだった。俺、もう死んでるんだった。
なるほどー! 言われてみれば、ゾンビがデスゲームって、合理的じゃないか。
ゾンビの再生能力があれば、殺されても死なないわけだし。
「お前はアンデットなんだ。だから、デスゲームにおいて、最強の存在になれる」
「なるなるほどほど。ちなみにアンデッドですね、アンデットじゃなくて」
「ちっ、ネタが通じなかったか」
あ、なんか元ネタがあったんですね。まあ(どうでも)いいや。
そんなことより、今はデスゲームの話だ。
「俺がデスゲームに参加すれば、ノーリスクで大金を得られる可能性がある。しかも、参加する伝手は音黒せんせーが持っている、と」
「その通りだ。それで、お前は不足分のペンダントの制作資金を稼ぐ。どうだ?」
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